第2章 凍った雪を溶かす暖かさ 七
遅くなってすいません。
「ん、んん……」
眩しい。眼を焼くような明かりに眼をしばたたせ起きる。
「……目ぇ覚めた? みうっち」
「……? 未希ちゃん!?」
「お、おぅ……な、なにそんなに驚いて」
「だ、だって……」
美羽は戸惑った。一度魂を引き剥がされかけた人間がこんなに素で接しているのだ、戸惑わないわけがなかった。
「ああ、私さ、みうっちを追って屋上行ったんだ。そしたらみうっちが倒れててね、ビックリして近寄ったはいいんだけど私もこけて気失ったらしいんだ……ごめん」
「えっ? えっ??」
いきなりの未希の説明に困惑する。何故か魂が引き剥がされかけたことを覚えていないらしい。
もちろん美羽にとっては好都合だが、記憶のすげ替えなどそうそうできるものはいない。
美羽もできないことはないのだが、上級の死神に比べれば天と地ほどの差があった。せいぜいできていま考えていた今晩のおかずを変える程度である。
「お、起きたんですか……よかったです」
突然、二人以外の―――いや、少年の声がした。
美羽が驚きそちらを見遣る。今まで未希以外に人の気配がなかったというのに、突然現れた。
美羽も落ちこぼれとはいえ、死神の端くれである。人の魂がどこにあるかくらいは分かる。にもかかわらず、今少年の気配はしなかった。驚くのも仕方なかった。
「僕……久保琉衣って言います。よかったぁ……お二人に何もなくて」《俺だ……ボルグアイだ》
頭に直接響く声と現実の声が交差する。
「あ……っ!」
「ん? みうっち知り合いなの?」
未希が訝しみ、聞いてくる。
「い、いえ違います!」
「そ、そうですよ! 僕だって初めて会いましたよ!」
慌てふためく二人にさらに怪しみ、半眼で睨んでくる。
冷や汗を垂らしながら苦笑いする二人。未希が口をへの字に曲げて無言の圧力を放つ。
「え、えっとぉ……」
「あ、未希さん! ぼ、僕、朝彼女とぶつかったから知ってるんです!!」
顔を引き攣らせて無理矢理な理由を述べまくる琉衣―――もとい化けたボルグアイ。
(普通、そんなベタなことを言う?)
《仕方ねえだろう、この場合仕方ないんだ!!》
(通用するかなぁ?)
《いや、通じてるぞ?》
(……へぇっ!?)
心の中で会話しているから気付かなかったが、未希の顔が笑顔で頷いていた。
呆れて言葉も出なかった。口をぽかんと開けたまま固まってしまう。
言い訳を言った本人が呆れているのだ、美羽が呆れるのも仕方なかった。
「み、未希ちゃん……?」
「……えっ? あ、なに? みうっち」
「う、ううん、なんでもないです……」
呆けたまま固まった未希はまるで―――そう、まるで恋する乙女だった。よく見ると心なしか頬もほんのり赤くなっていた。
「あ、あのく、久保さんは……せ、先輩さんなんですか?」
「ん? あ、ああ君達の一つ上だよ」
「じゃ、じゃあ……く、久保さんはご、ごふみ―――」
未希の口を素早く塞いだ。このままいけば、何を言い出すかわからなかった。あまり人間と会話し慣れていないボルグアイではいつかボロが出る。そうなる前に会話を止める必要があった。
「み、未希ちゃん。授業始まっちゃうから早く帰るよっ!」
「も、ももが、もももがぁ!!」
「はいはい、お別れ言って……はい、さようなら!」
「さ、さようなら! く、久保さん! また会えますか……?」
口を塞いでいた手を離した瞬間、未希が矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「ええ、多分会えますよ」
「はい……それじゃあ……」
「はい、さようなら」
浮ついた未希を引きずるようにして保健室を出た。とりあえず後で合流する旨をボルグアイに頭の中で言い、ため息混じりに未希引きずった。
《俺……こんな役ばっかだなぁ……ていうか大事なこと言うの忘れた》