第2章 凍った雪を溶かす暖かさ 四
「……ん、んん」
眩しい。目をつぶっているにもかかわらず、明るいのが分かるほど眩しかった。
「……?」
目を開けると、そこはベッドの上だった。
(あれ? 私、なんでベッドで寝てるの……?)
記憶が抜け落ちていた。どうにも、ベッドで寝ている理由となった出来事が思い出せない。
「あ……教室行かないと……」
起き上がる―――いや、起き上がろうとするが力が入らない。
「水無、あんたそんな性格じゃ疲れるわよ」
シャッとカーテンが開けられ、担任である千沙が顔を覗かせた。
「え? あ、先生……何のことですか?」
「別に……まぁとにかく今は寝てなさいよ」
「あ、あの……もう大丈夫です」
そう言って起き上がる。今度はなんとか起き上がることができた。
「まだいいってのに……」
言葉とは裏腹に、千沙は美羽が起き上がるのを手伝う。
「最初……が、肝心……ですから」
どこかクラクラする。やはりまだ何があったか思い出すことができない。
「あの……先生」
「千沙でいいよ、千沙ねぇってのもありね。どうせ今は先生ってよりも妹を心配する姉って感じだしね~」
「……」
軽かった。美羽が今まで会った――と言っても、記憶のない美羽は十人もいないが――どの教師よりも生徒に近いと言うか、親しい。
「じゃ、じゃあ千沙……さん」
「ん? なに?」
「……あ、あの。何で私はここで寝てるんですか……?」
「ああ~そのことね。それならあいつらに聞いてみたら~?」
くいくい、と親指だけを立てた右手で扉を指差す。その顔は、ニヤニヤと、嫌な意味ではない、楽しんでいる笑みが浮かんでいた。
その先には―――
「あ……みんな……?」
クラスの全員が押しに押して、少しだけ開けた扉の隙間に犇めいていた。主に見えているのは争っていた二人―――福田と未希である。
カラカラと、引き戸を開けて二人が入ってくる。隠れているつもりであったのだろう、他の生徒たちはそれぞれがすぐに隠れていった。
「……」
「……」
二人とも入って来たはよいが押し黙り、俯いたまま喋ろうとしない。
そんな二人を見て、美羽はようやくなにが起こったのかを思い出した。
(あ! そっか、確か私……えっと未希さんだっけ、のビンタに当たっちゃったんだ)
ポンと手を叩き、考える。
「あ、あの……喧嘩は駄目です……よ? ね?」
『あ……』
二人揃ってぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
なるべく気にならないように言ったつもりだったのだが、ハズしてしまったらしい。
「えっと……」
『すいませんでしたぁ!!』
再び二人揃って―――謝る。今度は逆に美羽がぽかんと口を開けて固まってしまった。
「あ、あの? 私謝られたりするようなことされたんですか?」
「はぁ……?」
「へっ?」
今度は揃わなかったが、それぞれが驚く。
(あれ? また変なこと言っちゃったかな……?)
二人の反応に困ってしまい、首を傾げる。
「で、でも私……あなたのことぶっちゃったし……」
未希が先程とは比べものにならないほどの沈んだ声で言う。
「あ、あのもう大丈夫ですから……」
どう言えばいいか考えてみるが、なかなかいい言葉が見つからない。
もう自分は気にしてない―――そのことを言いたいだけなのに、言葉にすることができない。
いや、できないことはなかった。
「で、でも……」
「気にしなくていいですよ……慣れてますから」
「……っ!?」
未希の顔が悲痛に歪んだ。
またなにか場違いなことを言ったらしい。打たれる、瞬間的にそんな考えが浮かび頭を庇い、縮まった。
「ほ、本当にごめんなさい!!」
飛んできたのは拳ではなく謝罪の言葉であった。
「……えっ?」
呆気に取られてしまった。今までこういう状況で美羽が場違いなことを言うと、たいてい打たれるか、殴られた。
それなのに、謝罪の言葉である。美羽には訳がわからなかった。
「あ、あの……そんな謝るようなことはしてないですよ?」
「そんなって私……あなたをぶったのよ? なのに謝らなくていいって」
「え? こういう時はもっとぶつんじゃないんですか?」
「……!!」
未希がさらに目を見開いて固まった。いや、周りのみんな――千沙すらも――口を開けて固まっている。
「あ、あれっ? 違うんですか? 今までの学校だったらそうだったんですよ?」
「……っ!」
何故か未希―――と言わず、全員が口に手を当てるなどして驚いている。
そう、美羽の顔や体には見た目こそわかりづらいが、所々に痣や傷がある。それら全てが、今まで美羽がどんな環境にいたかを語っていた。
「水無……お前……」
「ち、千沙さんまでどうしたんですか?」
「水無、私たちはあんたをぶったりしないよ。今日はたまたまだ……だから……」
「ち、ちちち、千沙さん!? なんで泣いてるんですか??」
抱きしめられ、涙声になっていることに気付き、美羽は慌てた。
「水無さん……!」
「美羽ちゃん……!!」
クラスのみんなが保健室になだれ込んで来た。皆美羽を抱きしめたり――もちろん女子のみだが――頭を撫でたり、泣きながら美羽の名前を呼んでいる者もいた。
「あ、あの、みんな!?」
いきなりのことに成り行きにまかせるしかできなかった。
何故こんなことになっているのか、訳がわからない。
「???」
美羽は首を傾げてみんなが離れるのを待った。