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第2章 凍った雪を溶かす暖かさ 三

「それじゃあ水無さん、自己紹介して」

簡単な転入して来たことを告げると、女教師は美羽に譲った。

「あ、そうそう私は深山千沙。これでも担任だよ」

闊達そうなボーイッシュな短い髪を、側頭部で髪留めを使い留めている。そんな、若さ一杯の少女のような女性――それがこのクラスの担任――深山千沙である。

「……はい」

今、美羽は今日から一員になるクラスに来ていた。と言っても転校して来たことを伝えるためと、自己紹介するためである。

前面の壁一面に埋め込まれた黒板には「水無美羽」と書かれている。

「……」

―――みんなが見ている。

どこか冷えたような目で見つめている。

主に見ているのは美羽の雪より白い白髪であった。やはり、気になるのだろう、チラチラとではあるが見ている。

「……」

急かすような視線。美羽は思わず泣きそうになる。

その衝動を何とか意思で押さえ込み、しっかりと前を向く。喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。しかし、思いのほか大きな音が立ってしまう。

自分にはボルグアイが付いていてくれてる―――そう言い聞かせて、口を開いた。

「は、はじめまして。ミル……じゃなくて水無美羽です。こ、これからよろしくお願いします……です」

―――言った。言い切った。

昨日何度も考えて、練習し、今日に備えていた。その成果が出たのだ。

美羽は言い遂げた。緊張で止まるのではないかというほど、速くなっている鼓動を静める。

(言えた……!)

達成感が美羽の心を潤す。ほっ、と息をつき、クラスのみんなを見た。

「……」

まだクラスのみんなは黙ったままだった。沈黙が場を支配する。

またここでもか―――心に闇が広がる。

今まで虐げられた数々の行為が浮かぶ。自然と目を伏せ、スカートの端を強く握りしめた。

ひそひそと話し声が聞こえ始めた。

聞こえはしないが美羽には大体分かっていた。

言われ慣れた言葉。おそらく髪のことを言っているのだろう。

遥の配慮で外人とのハーフということにはなっているが、まず白髪の女子高生などいない。故に話す内容は自然と美羽の髪のことになるのだ。

今までもそうであったように。

だが―――

『うおおおおお!!』

『きゃぁぁぁぁ!!』

男女それぞれから悲鳴が放たれた。

美羽は驚いて顔を上げる。そこには―――笑顔やら目を丸めた顔があった。

今までにない反応にさらに驚いてしまった。

「……? ??」

わけが分からず困惑した。口に手を当てて右に左に顔を向ける。

皆、さげずむ―――とは言えない、嬉々とした顔で美羽を見ていた。

「???」

困惑するばかりであった。転入といえば必ず虐められ、時には殴られることすらあった美羽にこの反応は予想外だった。

いろいろな質問という質問が雨あられと美羽に降り注ぐ。その度に美羽は困惑し、びくびくしながら答えて――答えようとして――いた。

「だぁ~!! あんた達水無が困ってるでしょーが!! ちっとは落ち着いてまとめてからひつもんしなさい!!」

「せんせー「ひつもん」じゃなくて質問だと思います~」

坊主頭の少年がすぐに担任教師の間違いを指摘する。

「うっさい福田!」

キッ、と坊主頭の少年――福田というらしい――を睨み、ぎゃあぎゃあ子供みたいに喚く千沙。

「ふふ」

そんな騒がしくも和やかな雰囲気につい笑みが漏れる。すると、周囲の目が全て美羽に向いていた。

「……っ!?」

ビックリして、首を傾げた。何故か男子が――女子も含めて――顔をだらしなく緩めている。

「? ??」

クラスの反応にさらに首を傾げてしまう。

なにか悪いことでもしてしまったのだろうか、そんな考えが頭を過ぎる。

「あ、あの……」

『笑顔がいい~!!』

おずおずと声をかけようとした時、男子が一斉に叫んだ。先頭に先程の坊主頭―――福田がいた。

また美羽はビックリして肩を縮ませた。

「はいはい、変態男子の妄想はいいから質問はない~?」

千沙がどこかけだる気な感じで先を促す。するとすぐにあらゆるところから手が上がった。

「んじゃあ、福田」

「よっしゃあ~」

ガッツポーズを取る福田。周りの男子が明らかに――主に舌打ちなどをして――不機嫌になる。

「せんせー福田贔屓しすぎー」

「福田は馬鹿な質問しかしないよー」

とブーブー文句を言ったりしている。

「全員質問できるんだから順番なんて気にすんな・・・」

手をひらひらさせて文句を言い、口を尖らせていた男子達を黙らせる。その姿は教師というよりは姉のようなものだった。

「んじゃあ質問!」

「あ、はい。なんでもどうぞです」

「お? じゃあスリーサイ―――んぎゃ!!」

福田が不樣な声を上げて前のめりに倒れる。

「くだらない質問してるんじゃないわよ!!」

一瞬千沙が投げたチョークかと思ったが、そのチョークはあらぬ方向に飛んでいき、全く関係ない男子生徒に当たっていた。

福田を倒したのは―――少女だった。と言ってもその少女は別格だった。

福田もかなりの背があるのだが、少女はそんな彼とほぼ同じ背であった。

セミロングの髪は特に加工せずそのまま。顔立ちは整っており同性の美羽でも思わず見取れてしまった。

「なにすんだよ未希!」

「なにすんだよ……じゃないわよ! あんたなに失礼なこと言ってんのよ!」

「何だとぉ!? みんなだって聞きたがってるじゃないか!」

「ばっかじゃないの!? デリカシーのかけらもない!!」

「あんだとぉ!? やるかぁ!?」

「やったげるわ! 返り討ちにされないようにねぇ!?」

「こっちの台詞だぁ!!」

何故か言い合いが喧嘩に発展してしまった。担任は我関せずと言った様子で漫画を読んでいる。皆は皆で二人を囃し立て、賭けて遊んでいる者さえいた。

美羽の学校ではまず有り得ない光景だった。だからこそ、美羽は止めようと間に入った。

「や、止めてください!!」

「あ……」

少女―――未希の間抜けな声がした。

次の瞬間、美羽の視界が揺れ、地面に倒れていた。

「―――! ―――!!」

「――――――!! ―――!?」

周りがうるさかった。なにか叫んでいる。

周りがぼんやりして見えない。段々視界が狭まっていく。

(あ、私叩かれたんだ……)

そう思った時、美羽の意識は闇に沈んでいった。


       ● ● ●


「汚れた存在め! うちに近づくな!! 出ていけ!!」

突然変貌した大家。

今までいつ何時でも優しく、ミルトランジェにもその優しさを振り撒いていた大家は、変わった。

「……」

「……」

周りがミルトランジェを見る目が変わった。皆、汚物を見るような目で彼女を見た。

教師も話はする。だが、事務的で彼女に話しているというよりは、なにもない空間に独り言を言っているようであった。

そして、教師は彼女を事あるごとに叩き、殴った。時には骨折したこともあったほどに。

彼女は、住む家を失った。

彼女は、居場所を失った。

彼女は、縋るべきものを全て奪われ、壊れていった……

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