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第7話:禁書の聖域、微熱の攪乱

アーテリス学園の図書室は、パシュタロットが管理する「知の要塞」である。



そこでは、本をめくる音と、パシュタロットが1年生のウリエンジェに授ける低く厳かな指導の声だけが許されていた。



「……いいか、ウリエンジェ。弁論における『沈黙』とは、言葉の欠如ではない。それは、次の一手で相手を完全に詰ませるための、論理的な真空状態だ。理解できるか」


「……然り。言の葉をあえて紡がざるは、深淵なる策の一端。静寂の中にこそ、真実の響きが……」



師弟が陶酔し、図書室の空気密度が「全国10連覇」の名門校らしい知的な重みに達した、その瞬間だった。



「あー、いたいた。パシュタロット、またウリエンジェくんをこんな暗いところに連れ込んでる」



扉が音もなく、しかし迷いなく開いた。現れたのは、5年生のアログリフとミトロンだ。彼女たちは、パシュタロットが必死に維持している「静寂」という結界を、まるで放課後のカフェに入るかのような気軽さで踏み越えてきた。



「ねえ、パシュタロット。その『論理的真空』だっけ? それ、ぶっちゃけ息苦しくない? ウリエンジェくん、顔色が本と同じ色になってるよ」



アログリフは軽やかな足取りで近づくと、パシュタロットが広げていた難解な文献の上に、お洒落なケースに入ったミントタブレットを無造作に置いた。



「アログリフ、ミトロン……。貴様ら、ここは図書室だと言ったはずだ。そして今は、弁論の真理を説く神聖な時間だ。……あと、その得体の知れない小箱を私の文献に載せるな」



パシュタロットが眼鏡を指で押し上げ、鋭い視線を向ける。だが、ミトロンはそれを柳に風と受け流し、隣の椅子に腰を下ろして足を組んだ。



「真理ねえ。さっき青空教室でアゼムが『魂の叫び』がどうのって暴れてたけど、あれを見てるとパシュタロットの論理って、ちょっと綺麗すぎて『映え』がないんだよね。もっとこう、パッと見で刺さる感じがないと、全国11連覇はキツくない?」


「……アゼムのあれはただの騒音だ。論理的な整合性が欠片もない。大体、その『映え』とは何だ、定義を言え」


「あはは、出た、定義厨。そういうガチすぎるところ、マジでパシュタロットって感じ。あんまり型にハマりすぎると、本番で審判に飽きられちゃうよ? 『あー、またこの理屈ね』って」



ミトロンの言葉は、少し軽薄な響きを装いつつも、弁論の本質——「聴衆を惹きつける力」——を突くような鋭さが混じっている。パシュタロットは一瞬言葉に詰まり、苦々しげに口を閉ざした。



「ほら、ウリエンジェくんも。パシュタロットの言うこと全部真に受けなくていいからね。今度、アログリフと屋上で新作のスイーツ食べるんだけど、一緒にどう? パシュタロットに教わった難解な言葉の『活用法』、そこで教えてよ」



アログリフがウリエンジェの肩をポンと叩くと、彼は困惑しながらも「……斯様な、感性への直接的な働きかけも、あるいは一理……」と、つい視線を泳がせてしまう。



「ウリエンジェ、毒されるな! 貴様ら……用がないなら即刻立ち去れ。これ以上私の論理を攪乱するなら、次の大会のテーマを『現代における言語の形骸化とその対策』にして、貴様らを実例として論破し尽くしてやる」


「あはは、またそれ? パシュタロットのそういうマジメなとこ、嫌いじゃないけどさ。じゃ、私たちはウルテマのところ行ってくるわ。あ、そのタブレット、後でパシュタロットの機嫌が悪くなったら食べさせなよ、ウリエンジェくん」


「マジで機嫌悪くなったら、写真撮ってグループに流そ。じゃあね、パシュタロット、あんまり根詰めすぎんなよ!」



二人は嵐のように去っていき、図書室には再び静寂が戻ってきた。

しかし、先ほどまでの「知的な静寂」とは違い、そこには言いようのない敗北感と、どことなく甘い香水の残香だけが漂っている。



「……ウリエンジェ。今のやり取りから、何か学んだことはあるか」


「……。強固なる論理も、時に『興味の欠如』という名の盾……いえ、『圧倒的な自分たちのペース』には通じぬということ……でしょうか」


「……。……今日の勉強会は、ここまでにしよう。少し、外の空気を吸ってくる」



全国10連覇のエースをもってしても、5年生女子たちの「自然体」を論破することは不可能であった。

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