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第6話:白い処刑場と、沈黙の処置

「……入るぞ。エメロロアルス、いるか。例の、いつもの胃薬を……」



青空教室での「アゼムによる弁論革命イモムシ」の騒動から命からがら逃げ出したエメトセルクが、縋るような思いで保健室の扉を開けた瞬間、室内の異常なまでの「静寂」に足が止まった。



清潔な薬品の臭いが漂う室内。そこには、1年生の不良コンビ、サンクレッドとエスティニアンが、借りてきた猫のように丸くなってパイプ椅子に座らされていた。



「……あら、エメトセルク。ちょうどいいわ、今この『不摂生の塊』たちの精密検査——いいえ、精神構造の再構築を始めようとしていたところよ」



保健委員部長の腕章を光らせたエメロロアルスが、眼鏡の奥の瞳を冷徹に輝かせながら、広辞苑ほどもある分厚い「学園健康管理規定」を無造作に机に叩きつけた。重低音が室内に響き、1年生二人の肩が跳ねる。



「……おい、エメトセルク、助けてくれ。この女、俺が裏庭で昼寝をしていただけで『心拍数の不規則な揺らぎは、怠慢による魂の腐敗の兆候』だとか言い始めて……」



サンクレッドが引き攣った笑みで助けを求めるが、その隣のエスティニアンは、もはや言葉を失い、窓の外の雲を死んだ目で見つめている。 



「黙りなさい、サンクレッド。あなたのそれは、隠密行動による緊張ではなく、単なる夜更かしによる自律神経の失調。そしてエスティニアン、あなたもよ。修練場に籠もって肉体を酷使しすぎるのは、自己管理能力の欠如以外の何物でもない。筋肉を鍛える前に、自分のバイオリズムを論理的に制御しなさい」



エメロロアルスの「宣告」が、不良たちのプライドを容赦なく切り刻んでいく。弁論部の主要メンバーでもある彼女の舌鋒は、ラハブレア先生の説教にも劣らぬ鋭さと、逃げ場のない正論で構成されていた。



そこへ、保健室の扉が乱暴に蹴破られた。



「……クソッ、なんてこった……! おい、エメロロアルス! 早く俺様のこの腕を治療しろ!」



現れたのは、右腕を抑え、苦悶の表情を浮かべた5年生のナプリアレスだった。どうやら単独での魔力演習中に制御を誤り、自爆したらしい。不格好に焦げた袖が、彼の「失態」を雄弁に物語っていた。



エメトセルクは、静かに胃を押さえた。最悪のタイミングで、最悪の人物が登場した。

エメロロアルスは、ゆっくりと立ち上がり、ナプリアレスの元へ歩み寄る。その瞳には、同級生への同情など微塵も存在しない。



「……ナプリアレス。その無様な負傷、一体どういう論理的帰結かしら?」


「……あ、あァ!? 何だとコラ、俺様がちょっとした出力ミスをしただけで……」


「『ちょっとしたミス』? 笑わせないで。5年生でありながら、自身の基礎魔力制御に失敗して負傷するなど、弁論の余地もないわ。……サンクレッド、エスティニアン、よく見ておきなさい。これが、己の器を過信し、管理を怠った者の末路よ。肉体の損傷は、精神の弛緩から始まるの」



エメロロアルスの冷徹な言葉は、治療を求めるナプリアレスを労わるどころか、彼の「未熟」を証明する実例として、1年生たちの前で晒し者にした。



「おい、エメロロアルス! 俺様は患者だぞ! 講釈垂れる前に包帯を……!」


「黙りなさい。痛みは最高の教材よ。その痛みを感じている間、あなたは自分の無能を反省できる。……さて、全員。まずは、この保健室における私の『絶対規律』についての特別講義から始めるわ。異論がある者は、論理的に反論しなさい。できないのであれば、私の処置(教育)を全面的に受け入れること」



エメトセルクは、静かに扉を閉めようとした。しかし、エメロロアルスの視線が、逃走を図る彼を射抜いた。



「エメトセルク、あなたもよ。周囲の騒動に胃を痛めるのは、精神の防壁が脆弱な証拠。そんなことでは、次の全国大会でパシュタロットにエースの座を奪われるわよ。……全員、そこに並びなさい」


「……。すまない、サンクレッド。私は、何も見ていない」



エメトセルクが絶望と共に整列させられたその時、保健室の窓から、1年生のグ・ラハ・ティアが、顔を煤けさせて飛び込んできた。



「た、大変だ! 歴史資料館の地下で、古代の魔道具が暴走を……あ、先輩方もここに! ちょうどいい、助けて……」


「……グ・ラハ。窓からの不法侵入、及び学園備品の不適切な管理……。素晴らしいわ、教育のサンプルがまた一つ増えた」



エメロロアルスの眼鏡がキラーンと白く光り、保健室の鍵がガチャンと内側からかけられた。



「……地獄だな」



エスティニアンのその一言が、その場にいた全員(エメロロアルスを除く)の総意だった。

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