第5話:黄金の弁論と、泥泥の助言
風の吹き抜ける「青空教室」の石机に、エメトセルクは力なく突っ伏していた。その手元には、青年弁論大会・全国11連覇を賭けた渾身の草稿が広がっている。学園の期待を一身に背負うエースの背中は、いつになく小さく見えた。
「……無理だ。この論理構成では、ラハブレア先生の『存在理由への問い』に0.2秒で論破される。修正案を考えるだけで胃に穴が空きそうだ」
「おや、弱気だね、エメトセルク。君の完璧な弁論に、全国の審判員が涙するという前評判なのに」
隣で優雅に茶を啜るヒュトロダエウスが、愉しげに目を細める。その向かいでは、1年生の期待の新人、アルフィノが背筋を伸ばし、食い入るようにエメトセルクの原稿を見つめていた。
「いいえ、ヒュトロダエウス先輩! エメトセルク先輩のこの『理の構築』こそ、我が学園が10連覇を成し遂げた至宝。……私は、この一字一句を血肉に変える覚悟です!」
アルフィノの瞳はキラキラと輝いている。その純粋すぎる重圧にエメトセルクがさらに沈み込んだ時、青空教室にアゼムがふらりと現れた。
「聞いたぞエメトセルク! また難しい顔をして紙の束と睨めっこしているらしいな。弁論なんてものは、もっとこう……魂を、爆発させるものだろう?」
「……。貴様、弁論大会を何だと思っている。怒号で相手を威圧する野蛮な儀式ではないと言っただろう」
エメトセルクが忌々しげに顔を上げると、アゼムはニヤリと笑い、アルフィノの肩に手を置いた。
「いいかアルフィノ。名門校の看板なんて気にするな。壇上で叫ぶんだ。『私は昨日、校外の荒野で見たこともない色のイモムシと語り合った!』とな。その熱量こそが、聴衆を、そして世界を動かすんだ!」
「なっ……『未知との対話による既存価値観の破壊』……! なるほど、アゼム先輩、それはあまりに前衛的で、かつ哲学的なアプローチです! すぐにメモを……!」
「待て! 書くな! 消せアルフィノ! 貴様、こいつの言葉を哲学に変換するな、それはただの不審者の供述だ!」
エメトセルクが慌ててアルフィノの手からノートを奪い取ろうとするが、アゼムはさらに煽る。
「ヒュトロダエウスもそう思うだろう? エメトセルクの論理は綺麗すぎる。そこに『得体の知れないナニカ』を混ぜるのが、勝利への近道さ」
「ふふ、確かに。アゼムの持ち込んだイモムシを壇上で放流すれば、審判員も驚愕して満点をつけるかもしれないね」
「……貴様ら、いい加減にしろ……! 誰か、ラハブレア先生を呼んでこい! 頼むからこいつらを今すぐ連れて行ってくれ……!!」
エメトセルクの悲痛な叫びが青空教室に響き渡る。
しかし、そんな彼の願いも虚しく、4年生の生徒会長エリディブスが、「先輩方の熱い議論が聞こえたので、勉強に参りました!」と、さらに真面目な顔をしてノートを広げにやってくる。
もはや、エメトセルクにできることは、胃を押さえて天を仰ぐことだけだった。




