第1話:購買部の賢者と、血の気の多い1年生
「……おい。なぜ私が、こんな埃っぽい人混みに並ばねばならんのだ」
私は購買部の入り口で、押し寄せる生徒たちの熱気に当てられていた。
早くも帰りたい衝動を、深い溜息とともに吐き出す。
「……死ぬのか? 死ぬほど腹が減っているのか、貴様は」
隣ではアゼムが目を輝かせながら、戦場のような人混みの先を見据えていた。
「何を言ってるんだエメトセルク! 今日は月に一度の『メテオ・クロワッサン』の販売日だぞ!」
アゼムは鼻息荒く拳を握る。
「これを食べなきゃ、午後の魔法実習を乗り切れるわけがないだろう!」
「……そうか。なら勝手にしろ。一人で並べ。私は図書室へ行く」
踵を返そうとした私の法衣の裾を、ヒュトロダエウスがひょいと掴んだ。
「あはは、待ちなよエメトセルク。見てごらん、あそこでホウキを構えてる1年生たちを」
ヒュトロダエウスが楽しそうに指差す先。
購買部のカウンター前では、1年生のエスティニアンが、武器の代わりに「長いホウキ」を天高く掲げ、周囲を威圧していた。
「どけッ! このメテオ・クロワッサンは、俺たちが先に予約……」
「予約なんてシステムはねぇんだよ、エスティニアン! 力ずくで奪るのが流儀だろ!」
隣でサンクレッドが、これまた短いホウキの柄を二本、器用に回しながら不敵に笑っている。
1年生の不良コンビが、5年生の先輩たちを相手に一歩も引かずに睨み合っていた。
「……1年生の分際で、食い物のために備品のホウキを武器にするな。見苦しいぞ、全く」
私は溜息をつき、指先で小さな術式を編み始めた。
このままでは、生徒会長のエリディブスが飛んできて、説教の連帯責任を負わされる。
その未来が、火を見るよりも明らかだったからだ。
「よし、俺が突っ込む! エメトセルク、援護しろ!」
アゼムが叫ぶのと同時に、弾丸のように人混みの中へと飛び込んでいく。
「ちょっ⋯待て!、この猪突猛進男め……ッ!」
私は仕方なく、アゼムの周囲にだけ「物理的接触を緩和する障壁」を展開した。
優等生としてのプライドが、パンを買うための補助に魔法を使わせている。屈辱以外の何物でもない。
「あはは、アゼムがサンクレッドのホウキを飛び越えたよ! 凄いね、やっぱり君が援護すると安定感が違うよ」
ヒュトロダエウスがのんきに解説する間にも、アゼムはエスティニアンのホウキの隙間をすり抜けた。
そして、最後の一個となったクロワッサンを掴み取る。
「捕った――ッ!!」
アゼムの勝ち誇った声が購買部に響き渡る。
だが、その背後から、凍りつくような冷気が漂ってきた。
「……5年生。そこで何をしているのかしら」
現れたのは、スパルタ副担任のイゲオルム先生だった。
彼女の視線は、アゼムの手にあるパンと、エスティニアンたちが構えるホウキ。
そして――魔法を発動させたままの私の指先に注がれた。
「……アゼム、エメトセルク。5年生にもなって、1年生とパンの取り合いで術式を使うとは」
眼鏡の奥の瞳が、スッと細められる。
「放課後、再教育室へ来なさい」
「…………」
私は天を仰いだ。
手元には、アゼムが「半分やるよ!」と差し出してきた、無惨に潰れたクロワッサン。
「……アゼム。今すぐ、貴様をこのパンごと次元の狭間に放り込んでやろうか」
「えー!? 美味しいのに!」
「あはは、エメトセルク。再教育室なら、ウリエンジェ君もホウキを振り回した(ことにされた)罰で呼び出されてるみたいだよ。賑やかになりそうだね」
ヒュトロダエウスの笑い声を聞きながら、私は二度目のため息をついた。




