第11話:秘密のクッキーと、驚愕の包囲網
学園併設のカフェ「ラストレムナント」。午後の柔らかな光が差し込む店内の最奥、観葉植物に隠れたボックス席で、不穏な光景が繰り広げられていた。
「……いいか、アログリフ。ここの術式は、もっと『情熱』を流し込まないと安定しない。君の想い、そんなもんじゃないだろ?」
「分かってるって。……でも、これ以上盛ると、ミトロンが着けた瞬間に爆発しそうで怖いんだよね。……マジで、究極のバランスがムズい」
声を潜めて語り合うのは、5年生のアゼムと、同じく5年生でギャルのアログリフだ。アゼムは真剣な面持ちで、テーブルの上に置かれた怪しく光るブレスレットを指先でなぞり、緻密なエーテル回路を調整している。
そこへ、偶然コーヒーを買いに来た執行委員のエリディブスが通りかかった。彼は植栽の隙間から見えた二人の姿に、手に持っていたトレーを落としそうになるほど驚愕した。
(……アゼムと、アログリフ!? あの二人が二人きりで、あんなに熱心に話し込んでいるなんて……。一体、どういう組み合わせなんだろうか……!)
普段、誰とでも分け隔てなく接するアゼムだが、よりによってアログリフと密談している事実に、エリディブスは強い違和感を覚えた。彼はすぐさま、廊下へ駆け出した。
「エメトセルク! ヒュトロダエウス! 大変だ、あのアゼムがアログリフと二人で何かを企んでいる!」
廊下で雑談していた5年生のエメトセルクとヒュトロダエウスに追いついたエリディブス。話を聞いたエメトセルクは、額を押さえて深い溜息をついた。
「……アゼムとアログリフだと? 何だその組み合わせは、またロクでもないことに知恵を絞っているんだろう。放置すれば、また我々が後始末をさせられる羽目になるぞ」
一方のヒュトロダエウスは、楽しげに目を細めて笑った。
「へえ、それはまた……なんとも不思議で、面白そうな色の組み合わせだね。私も混ぜてほしいな、どんな術式を編んでいるんだろう?」
さらに、その近くにいたアログリフの相方で、同じくギャルの5年生、ミトロンも、自分の親友の名前を聞き捨てならず詰め寄った。
「……何ですって? アログリフがあのアゼムと密会!? ちょっと、それ聞き捨てならないんだけど!」
四人がカフェに踏み込んだ時、ターゲットの二人は、術式が刻まれたブレスレットを挟んで、いよいよ最高潮の議論を戦わせていた。
「そこだ、アログリフ! 今、愛の思念を最大出力で叩き込め!」
「オッケー! ……いっけぇ、アタシの魂!」
「——そこまでだ!」
エメトセルクの鋭い声が響き、テーブルを包囲する。ミトロンはアログリフの前に身を乗り出し、顔を赤くして問い詰めた。
「アログリフ! 貴女、アゼムを巻き込んでまで何を作っているの! そもそも、なぜ二人きりでこんなところで……!」
アログリフは驚いて跳ね上がり、アゼムは平然と顔を上げた。
「なんだ、みんな揃って。……いや、アログリフがさ。ミトロン、お前に贈るブレスレットに、『二人のエーテルと愛の思念を恒久的に調和させる魔方陣』を仕込みたいって言うから、俺が構造の監修をしてたんだよ」
「……私への、プレゼント? 愛の、調和だなんて……マジなの?」
ミトロンは一瞬で戦意を喪失し、真っ赤になった顔を両手で覆った。ヒュトロダエウスはブレスレットを覗き込み、感心したように声を弾ませる。
「あはは、なるほどね! 二人のエーテルが綺麗な螺旋を描いているよ。……でもこれ、少しでもバランスが崩れると、愛の力が暴走してカフェ中のカップが割れちゃうんじゃないかな?」
「……。…………いいか、お前たち」
エメトセルクは深く、深く天を仰いだ後、眉間を指先で強く押さえた。
「他人の恋愛感情をエーテル演算で増幅させるなど、正気の沙汰ではない。そんな不安定な術式をこの公共の場で走らせてみろ。万が一暴走すれば、隣で平然とクッキーを食っているアゼムの無駄に高い魔力まで巻き込んで、このカフェの磁場そのものが一生狂い続けることになるぞ!」
「……え、マジ? そこまでヤバいの?」
「そもそも、なんでこんな公共の場でこんな危険な事を……。」
エメトセルクが毒づきながらも、アゼムが開いたままにしていた魔方陣の「穴」を溜息とともに完璧な精度で塞ぎ始めると、アゼムとアログリフは顔を見合わせ、手元にあった皿を指差しながら声を揃えて言った。
「「だって、ここの新作のコーヒークッキー、美味しいんだもん!」」
「……もう、勝手にしなさいよ、アンタたち!」
真っ赤になったミトロンの叫びが響く中、アゼムとアログリフは最後の一枚のクッキーを同時に掴み、またしても声を揃えた。
「「これ、お代わりしていいかな?」」
「「……駄目に決まっているだろ!!」」
エメトセルクとミトロンの怒号がハモり、午後のカフェに笑いと混沌が溶けていった。




