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第10話:三位一体の遁走、あるいは放課後の境界線

放課後の廊下。西日に照らされた静寂を切り裂くように、エメトセルクの鋭い溜息が響いた。



「……いいか、私は今日こそ定時に帰る。工芸部のメンテナンス依頼も、弁論部の追加資料作成も、すべて『明日の私』に放り投げた。誰にも邪魔はさせん」


「あはは、エメトセルク。そう意気込む時ほど、ろくなことが起きないのがこの学園の定説だよ」



隣で楽しそうに歩くのは、同じ5年生のヒュトロダエウスだ。



「……。何を不吉なことを。ラハブレア先生も会議中だ、捕まるはずが——」


「——いたあああぁぁぁ! エメトセルク! ヒュトロダエウス!」



背後から爆風のような勢いで突っ込んできたのは、アゼムだった。

彼は中庭から飛び乗ってきたのか、制服に芝生をつけたまま、二人の肩を左右からガシッと掴んだ。



「大変だ! 資料館の地下で、グ・ラハとデュダルフォンが作った『古代魔導具のレプリカ』が、アログリフたちのギャル・マインドを吸い込んで巨大化してる!」


「…………は?」


「メーティオンが落とした『美しい言葉』に、アログリフが『これ、エモくない?』って魔力を流したら、なんかピンク色の霧を吐き出し始めて……早く行かないとエリディブスが人格崩壊しちゃう!」


「……待て。情報の渋滞がひどい。そもそも、なぜお前がそこにいる」


「歴史資料館で昼寝してたら、爆発音で目が覚めたんだよ! ほら、早く行かないとエリディブスが『論理的説得』を試みて、ピンクの霧に呑み込まれる!」



ヒュトロダエウスが視線を遠くに向けると、校舎の向こう側から確かに、禍々しくも「ファンシーな色合い」の霧が立ち上っているのが見えた。



「……あーあ。エメトセルク、どうやら『明日の自分』に頼る前に、今の自分を使い果たすことになりそうだね」


「……なぜ、私の周りにはこうも『正気』が足りないんだ!」



エメトセルクは毒づきながらも、指をパチンと鳴らした。



「アゼム、お前は先行してエリディブスを引っ張り出せ。ヒュトロダエウス、霧の核を視ろ。構造の綻びがあるはずだ。……行くぞ!」



30分後。


霧が晴れた資料館の地下に、静寂が戻ってきた。しかし、その中心には「悲劇」が佇んでいた。



「……。………………。……殺してくれ」



霧が晴れた資料館の地下。そこには、頭の先から靴の先まで、文字通り**「どピンク色」**に染まったエメトセルクが立ち尽くしていた。



霧の核を封じる際、最も濃いエーテルを正面から浴びた結果だ。しかも、アログリフたちの感性が混ざったせいか、制服のあちこちから、キラキラとしたエフェクトと小さなハートの粒子が、本人の意志に反して絶えず溢れ出している。



「…………ぷっ。……あはははは! お前、最高にエモいぞエメトセルク!」



最初に沈黙を破ったのはアゼムだった。腹を抱え、床を叩いて転げ回っている。



「似合ってる! マジで『エモい』ってこういうことか! そのまま職員室に行けば、ラハブレア先生も一瞬で毒気が抜けるんじゃないか!?」


「…………く、くっ……ふふ、あはははは!」



普段は優雅なヒュトロダエウスまでもが、目元を真っ赤にして、膝を折り、震える声で爆笑している。



「ごめん、エメトセルク……。君の魂の輝きが……今、かつてないほどキュートで……キラキラしているよ……!」


「黙れ!! 二人とも笑うなと言っているだろう!! お前ら、一応は私の友人じゃないのか!!」



怒鳴れば怒鳴るほど、エメトセルクの周囲からは可愛らしい花びらとピンクの煙が「ポフッ」と舞い上がる。



「友人だから笑ってるんだよ! こんな面白い姿、一生に一度だろ!」


「そうだよ、エメトセルク。むしろこの姿を記録に残さない方が、友人として不誠実というものさ」


「貴様らああぁぁぁ!!」



夕暮れの資料館に、二人の絶え間ない爆笑と、ピンク色に染まった賢者の絶叫が響き渡り、この日の騒動は幕を閉じた。

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