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第9話:迷い鳥と、星を巡る遁走曲

放課後の廊下に、場違いなほど悲痛な叫びが響き渡った。



「あああぁぁぁ! 待って、行かないでメーティオン! まだ今日の『世界の美しい言葉リスト』の唱和が終わっていないんだ!!」



頭を抱えて全力疾走しているのは、5年生のファダニエルだ。普段から情緒が不安定な彼だが、今はその限界を突破している。



彼の視線の先には、一羽の小さな青い文鳥——メーティオンが、楽しげに羽を羽ばたかせながら、天井近くを器用に飛び回っていた。



「……ファダニエル、必死。でも、外の世界、もっと広い。私、見てきたいの」


「外なんてダメだ! あそこは残酷な論理と、パシュタロットの小難しい説教と、アゼムの予測不能なカオスに満ちているんだぞ!」



ファダニエルの必死の説得も虚しく、メーティオンは図書室の開いた窓へと吸い込まれていく。

その図書室では、1年生のヤ・シュトラが、エーテル学の古文書を静かに紐解いていた。そこへ、青い影が音もなく舞い降りる。



「……あら。珍しい客ね」



ヤ・シュトラが視線を上げると、メーティオンは彼女の肩にちょこんと乗り、首を傾げた。



「……お姉さん、静か。深い海、みたい。……でも、少しだけ寂しい色、してる」


「……。鳥の分際で、随分と踏み込んだことを言うのね。ファダニエルの仕込みかしら」



ヤ・シュトラが呆れたように呟いた瞬間、廊下からファダニエルが雪崩れ込んできた。



「メーティオン! 無事か! さあ、大人しくこの『論理的に安全な籠』に戻るんだ!」


「……ダメ。私、もっと色んな人の『心』、知りたい。……次は、あっち!」



メーティオンはファダニエルの網を鮮やかに入れ替わりで回避し、今度は工芸棟の方へと飛んでいく。



工芸棟では、部長のデュダルフォンが、新入部員のグ・ラハ・ティアと共に、壊れた魔導具の修理に追われていた。



「よし、ラハ、そこを押さえろ。一気にエーテルを流し込むぞ」


「はい、部長! ……って、うわっ、鳥!?」



作業台の真ん中にメーティオンが着地し、精密なパーツの上で器用にステップを踏む。



「……お兄さんたち、熱い。何か、作ってる。……形になるもの、好き」


「おい、危ないぞ! それはまだ絶縁処理が終わって……」



デュダルフォンが慌てて手を伸ばすが、メーティオンは既に空へ。後から追いついたファダニエルが、作業台に突っ込みそうになりながらブレーキをかける。



「デュダルフォン! 私のメーティオンを見なかったか!?」


「見たも何も、今そこを横切っていったぞ! おいファダニエル、部室を散らかすな!」



結局、メーティオンの「社会見学」は、学園中を巻き込んだ大捕物へと発展した。



最後には、夕暮れ時の屋上で、黄昏れていたエメトセルクの頭の上にメーティオンが着地し、「……この人、一番めんどくさい。でも、一番温かい」と言い残して、ようやく力尽きたファダニエルの手に収まった。



「……全く。学園全体をこれほど振り回すとは、飼い主に似て度し難い鳥だ」



エメトセルクが不機嫌そうに鼻を鳴らす中、ファダニエルはメーティオンを抱きしめ、涙ながらに再会の喜びを噛み締めていた。



「……良かった。さあメーティオン、帰ったら今日の冒険を論理的に整理して、報告書にまとめよう。」


「……それは、ちょっと、遠慮したいな」



メーティオンの小さな呟きは、ファダニエルの歓喜の声にかき消されていった。

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