プロローグ:十四人委員会の優等生、その静かなる絶望
「……はぁ。なぜ、私だけがこれほどまでに周囲の無策に振り回されねばならんのだ」
アーテリス学園、5年生の教室。
私は手元の魔道書を閉じ、眉間に指を当てて深くため息をついた。
私の名前はエメトセルク。
この学園で最高学年とされる「黄金世代」こと十四人委員会のメンバーの一人だ。
理知を重んじ、秩序を愛し、平穏な学園生活を何よりも尊ぶ。
――少なくとも、私はそうありたいと願っている。
だが、現実は非情だ。
この学園には、平穏という言葉を辞書から抹消したような連中が揃いすぎている。
「おいエメトセルク! 中庭の噴水でアログリフが『闇の階梯』の実験してたんだが、なんか異次元の穴が開いたぞ! 面白いから見に来いよ!」
教室の扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、私の親友であり、同時に私の胃痛の最大要因であるアゼムだ。
その後ろでは、もう一人の親友ヒュトロダエウスが、これっぽっちも危機感のない声を上げている。
「あはは、アゼム。あれ、ラハブレア先生の実験棟まで飲み込もうとしてるよ。魂の色が真っ黒で、とっても不吉だね」
私は椅子から立ち上がり、窓の外を見下ろした。
そこには、5年生の威厳など微塵も感じさせないカオスが広がっていた。
中庭の端では、5年生の不良代表ナプリアレスが、入学したばかりの1年生コンビ、サンクレッドとエスティニアンと、年中行事のように睨み合っている。
特にエスティニアンの奴は、備品の「長いホウキ」をまるで戦場の槍のように鋭く構え、今にもナプリアレスの喉元を突き破らんんばかりの殺気を放っている。
サンクレッドは不良の分際で、同じく1年生のウリエンジェとは幼馴染らしく、時折その小難しい説教に毒気を抜かれているようだが、今はそれどころではないらしい。
彼もまた、短く持ったホウキの柄をナイフのように構えて加勢している。
「……1年生の分際で、5年生に備品のホウキで楯突くとは。最近の新入生は教育がなっとらん」
私が毒づくと、ヒュトロダエウスが楽しそうに付け加えた。
「でも、あの不良二人組を止めるのは大変だよ? さっきも1年生のグラハが、工芸部部長のデュダルフォンに泣きついてた。『部長の新作魔具で、あの人たちの頭を冷やしてくれ!』ってね」
5年生のデュダルフォンも、後輩のグラハには甘い。
今頃、工芸部室で怪しげな冷却魔具を調整しているに違いない。
そんな混沌とした状況を、4年生ながらに完璧な采配で鎮圧しにいく「可愛い系」生徒会長、エリディブスの毅然とした怒鳴り声が遠くから聞こえてくる。
彼は私やアゼムを尊敬していると言うが、あんなにしっかりした後輩が、なぜ私のような苦労人の背中を追うのか、理解に苦しむ。
「……何が黄金世代だ。ただの、手に負えない問題児の集まりだろうが」
私は二度目のため息をつき、渋々歩き出した。
放っておけば、アゼムの開けた穴から何かが這い出し、学長ルイゾワの穏やかな笑顔を曇らせるだけでなく、スパルタ副担任イゲオルムの「再教育(物理)」の対象に、私まで連帯責任で含まれてしまう。
「アゼム、ヒュトロダエウス。……行くぞ。ただし、もしラハブレア先生に見つかったら、私は貴様らを置いて全力で転移する。いいな、絶対に私を巻き込むなよ」
これが、私エメトセルクの日常。
アーテリス学園という名の、混沌に満ちた箱庭での物語が、今日もまた頭の痛い幕を開ける。




