偽物勇者
ヨクトはゾンダルク王国と魔族領の境にある要塞都市、オルトディーンに産まれた。
そこは絶え間なく魔物が襲い来る都市であったが、都市を守護する王国の騎士団のおかげで、平和に暮らすことができていた。
それ故に、幼かった彼は騎士に憧れた。いつか自分も騎士になって、人々を魔族の脅威から守れる理想の騎士になりたいと願った。
しかしながら、彼には騎士の適性が無かった。記憶力だけは人並優れていたが、目が少しばかり悪かった。騎士団に入る試験には視力検査も含まれている。入団は絶望的であった。
15歳になり、どうしても騎士になる夢を諦めきれなかったヨクトは、一か八かで入団試験を受けに行った。
そこで、彼はズルをしてしまった。詳細は伏せるが、彼は己の記憶力を最大限に活用し、見えていないのに見えているフリをしたのだ。
結果、彼は入団することができてしまった。
しかし、ヨクトは目が悪い。木剣を使った模擬試合をすると、必ずめった打ちにされて負けていた。視力が悪いせいで距離感が上手く掴めず、それが足を竦ませたのだ。
必死に訓練を頑張ったものの、メキメキと実力を伸ばしていく同期たちに置いて行かれ、彼は「最弱の騎士」と呼ばれるようになった。
それでもヨクトは騎士団に居座り続けた。夢を諦めきれなかったのだ。
少しでも理想の騎士に近付けるよう訓練を積み続けて3年が経ち、すっかり雑用係と化していた彼は、とあるひとりの男の入団をきっかけに雑用係を卒業し、代わりにたったひとつの役割を背負うことになる。
それが、盲目の第三王女ことリミア・ゾンダルクに、王国に産まれた勇者エイトの偽物として彼の冒険譚を語ることであった。
──
「お待たせしました。リミア王女」
私が声をかけると、腰かけていたリミア王女は持っていたカップを置いてこちらを向く。
城の庭園で優雅に紅茶を飲む彼女の姿は、やはり美しかった。
「お待ちしておりました、エイト様」
エイト。勇者の名で呼ばれる度に私の心はチクリと痛んでいたが、気づいた頃にはその微かな痛みに慣れてしまっていた。
「それで、今日はどんな冒険譚を聞かせてくれるの?」
ひと月かふた月に一度、魔物の討伐遠征から戻ってきた勇者の報告を細大漏らさず記憶し、リミア王女に語る。それが、下級騎士の私に任された唯一の仕事であった。
「今回の冒険では、炎竜ヴリドラを討伐しました」
「まぁ! ドラゴンを討伐したのね!」
「……はい。どこからお話を聞きたいですか?」
「もちろん、最初から!」
呪いを受けて産まれたとは思えない、優しい鈴の音色を思わせる声に、私は笑みがこぼれていたと思う。
「長くなりますよ?」
「願ってもないわ!」
お決まりのやり取りを交わして、私は玉座の間で聞いた長い長い勇者の報告を最初から思い出し、語り始めた。
「今回の旅は、王都から西に2週間ほど馬車で移動した先にある、プーマットという小さな村に向かうところから始まりました」
勇者の旅は、いつも温かみに溢れていた。
彼は、ただ強いだけではなかった。目の前に困っている人がいれば、それが誰であろうと手を差し伸べるような、深い優しさも持ち合わせていた。
王に選ばれし者である上級騎士ですら足の竦むようなドラゴンが相手の旅でも、それは変わらなかった。
行きの道中では馬車が壊れて立ち往生していた商人を助け、彼の目的地までの護衛を買って出た。村に着いてからは、同行したどの騎士よりも先に、炎竜によって壊された家々の修理を手伝った。
そんな勇者の善行の数々を、私はまるで自分の経験を語るかの如く、事細かに彼女に聞かせた。
「流石はエイト様。お優しいのですね」
「商人のロインさんはたまたま行き先の方向が一緒だっただけですし、家が壊れたままでは生活ができませんからね。当然ですよ」
報告の際、第一王女のコルネラ様にお褒めの言葉を授かった勇者が返したセリフを一字一句違えずに、リミア様に返す。
勇者を騙り、彼の功績をさも自分の手柄の如く語り、あまつさえ称賛の言葉を頂くことに初めは心を酷く痛めていたが、その痛みにも、とうに慣れてしまっていた。
「それで、炎竜ヴリドラとの戦いはどんな激戦だったのかしら」
「勝負は一瞬でつきました、と格好をつけたいところですが、相手は地獄の業火を吐き出すあの炎竜です。討伐は簡単にはいきませんでした」
そう言いつつも、勇者の戦いぶりには危なげが無かった。
炎竜の吐き出す業火を何の変哲もない鉄の剣の一振りで切り裂き、鋭い爪による攻撃を踊るようにいなし、硬い鱗に覆われた体を一突きで貫いた。
勇者には、同行した騎士たちが巻き込まれて怪我をしないよう戦い方に気を配る余裕さえあった。
「そして力強く踏み込み、一息でヴリドラの真下まで到達した私は、上段に構えた剣を振り下ろし、かの竜の首を切り落したのです」
「凄いわ! 今回も無傷だったのね! 流石はエイト様」
パチパチパチと、手を鳴らし勇者を褒め称えるリミア王女。
庭園のガゼボで語られる冒険譚は、盲目の第三王女にとってただひとつの楽しみで、同時に、城内で孤立していた私にとってただひとつの心の癒しだった。
とはいえ、あらゆる称賛も、彼女の花のような笑顔も、私ではなく、すべて勇者エイトに向けられたものだ。
私は、それが羨ましかった。いや、ハッキリと言おう。妬ましかった。彼の強さがあれば、私も騎士として人々を守れるのに、と。
そもそも、何故私が偽物の勇者としてリミア王女に冒険譚を語るようになったのか。それを語るには、今から20年前まで遡る必要がある。
王都から遥か南西にある辺境の農村、アインハットに、後の勇者であるエイト様が誕生した。彼の右手の甲には,≪祝福の証≫である雫型の痣があった。
生まれながらにして神に選ばれし者には、必ずこの雫型の痣がある。故に、この痣は≪祝福の証≫と呼ばれていた。
この痣を持つ者は、漏れなく天賦の才と呼ぶに相応しい才を生まれ持っている。その才は剣術の才かもしれないし、魔術の才かもしれない。はたまた、商人や鍛冶の才であることもあった。
エイト様が授かったのは、比類なき剣の才能であった。
初めて剣を握ったのが10歳の頃。
初めて魔物を殺したのが11歳の頃。この頃から、彼は村の護衛を買って出るようになった。
驚くべきことに、彼が15歳で村を離れることになるまでの4年の間、村は一切の魔物による被害を負わなかったという。
彼が村にいる間に葬った魔物の数は、優に300を超えると言われ、その頃から、彼はその地方で「勇者」と呼ばれるようになっていた。
それほどの逸材を、この国が、王が見逃すわけもなかった。15歳になったエイト様はゼプタル王に招喚され、王国のお抱え剣士となった。
当時18歳で下級騎士だった私は、初めてエイト様を見たときのことを鮮明に覚えている。
3歳も年下の彼から立ち昇る魔力は上級騎士のそれを優に超えており、立ち居振る舞いには一部の隙も無かった。
僅か15歳という年齢で、既に彼は剣士として完成されていた。
神に選ばれし者とは、こういう者のことをいうのだと、私は肌で体感した。
人格者であったエイト様はすぐに城の騎士たちに気に入られ、受け入れられた。
ここで不幸なことに、私はエイト様と声がそっくりだった。目を瞑れば、どちらがどちらかわからないほどに。
最弱の騎士でありながら声だけがそっくりであった私は「偽物勇者」と呼ばれ、からかわれるようになった。
また、端正な顔立ちをしていたエイト様は、第一王女のコルネラ様に気に入られることとなった。
コルネラ様は、遠征から帰ってきたエイト様の報告を玉座の間で聞くのを何よりの楽しみにしていた。
ベイリーン湖の主、【湖竜】デルギスの討伐の話。王国西端を支配していた【魔将軍】ゴルドの討伐の話。
勇者の語る報告は、報告というよりも冒険譚に近く、聞く者を楽しませる力があった。
そんなエイト様の噂を聞き、冒険譚を聞きたいと願ったのが、第三王女のリミア様である。
彼女は、生まれながらにして邪神に呪われていた。左手の甲に、稲妻型の痣があったのだ。この痣は《呪いの証》と呼ばれ、人々に忌み嫌われている。リミア王女の目が見えないのも、この呪いのせいであった。
そんな彼女は城の片隅に閉じ込められ、外に出ることもできず静かに暮らしていた。
故に、誰よりも退屈していたのだ。彼女にとって、勇者の冒険譚は何よりも魅力的であったのだろう。
リミア様は父であるゼプタル王に自分も勇者の冒険譚を聞きたいと願い出た。王はそのぐらいなら良いだろうと許すつもりでいたが、その願いを面白く思わなかった者がいた。
第一王女のコルネラ様である。
コルネラ様は≪呪いの証≫を持つリミア様のことを大層嫌っていたため、お気に入りのエイト様に呪われし第三王女が近づくことが許せなかったのだ。
そこで、コルネラ様はとある噂を思い出した。
──この城に、人並優れた記憶力だけが取り柄で、勇者にそっくりな声を持つ騎士がいる、という噂だ。
言うまでもなく、私のことである。
すぐさま私を呼び出したコルネラ様は、私にこう命じた。
「エイトの報告を細大漏らさず記憶し、勇者の代役として、アレに語ること」
コルネラ様の言い分では、「この国で最も優れた剣士の時間はかけがえのないものであり、彼の心身が許す限り、勇者は魔物の討伐にのみ尽力すべきである。しかし、勇者から直接話を聞けないとなると精神的に幼いリミアが癇癪を起こす恐れがあるため、勇者のフリをして報告を伝えるのが最善だろう」ということになっていた。
それらしい言い分ではあるが、まったく正当性のない、意地の悪い命令であった。コルネラ様は、目の見えないリミア様を騙してからかおうと考えていたのだ。
その意図を見抜いていたとて、私に第一王女の命令を断ることなどできるわけもなかった。
その日から私は、遠征から帰ってきたエイト様の冒険譚を一言一句違わず記憶し、それをリミア様に偽物の勇者として語ることになった。
私は、本当の意味で「偽物勇者」になってしまったのである。
それから2年近くが経ち、エイト様が災厄と恐れられていた6人の魔人の一人、【国崩】のジュヴァスを討伐し、「救世の勇者」となったその日、私の人生は大きく変わることとなる。
エイト様が帰還し、ジュヴァス討伐の報告をしたその日、城はゼプタル王の命令で祝宴を開いた。
城内は稀に見るお祝いムードで、誰も彼もが浮かれていた。だが私はというと、宴には参加せず、城の訓練場でひとり剣の素振りをしていた。
理由は2つあった。
ひとつは、からかわれるのが嫌だったからだ。
城の中での私のあだ名は「偽物勇者」だ。もう私のことをヨクトと名前で呼んでくれる者はいなかった。
ほとんどの騎士たちに悪気が無いことはわかっている。皆驚くほどエイト様に声の似ている私を面白がってそう呼んでいただけだ。
運の悪いことに、骨格や背格好も似ていた。似ていないのは顔と、その実力だけ。
とはいえ、呼ばれている当人は面白くない。どうしてもエイト様と自分を比較してしまうし、惨めな気持ちになってしまう。
もうひとつは、罪悪感があったからだ。
翌日、私はリミア様に今回のジュヴァス討伐の報告をしに行くことが決まっていた。
その頃にはすっかり罪悪感にも慣れていたとはいえ、今回に限ってはあの【国崩】のジュヴァスの討伐だ。言うに及ばず偉業である。きっと、リミア様は私を褒めちぎるだろう。本当の私は何も成し遂げてなどいないのに。
それが憂鬱だった。
だから、私は訓練場で無心になるためだけに木剣を振るった。
何度も何度も、握力が無くなり、剣が手からすっぽ抜けるまで。
すっぽ抜けた木剣を目で追うと、そこにはエイト様がいた。
エイト様は「よかった、ここにいたんですね」と言いながら、飛んで来た木剣をチラリとも見ずにキャッチした。
「随分と探しました」
「え?」
ずんずんと近付いてくるエイト様を眺めながら、私は間の抜けた声を出した。心当たりなどあるわけもない。
いや、ひとつだけあった。
私が偽物勇者として勇者の名を騙り、リミア様に彼の功績を語っている件である。
冷や汗が頬を伝う。何を言われるのだろうか。第一王女の命令とはいえ、私の方から先に謝るべきだろうか。ぐるぐると目まぐるしく逡巡していた私に、
「申し訳ありません、ヨクトさん!」
エイト様は勢いよく頭を下げた。
「……え、え!?」
思いもよらぬ謝罪に、私は更に混乱した。
「顔をお上げください! エイト様!」
何もわからぬまま、とりあえず急いで国の宝に頭を上げさせる。
「許して、くださるのですか?」
「許すも何も、謝るのはこちらの方です!」
「え?」
今度は、エイト様が間の抜けた声を出す。
どうにも話が見えない。そう思った私は、彼に最初から話をしてもらうことにした。
「ヨクトさんが『偽物勇者』という不名誉なあだ名でからかわれていることを、私は知っていました」
呟くように言ったエイト様は、私と目も合わせられないほどに罪悪感を覚えている様子だった。
曰く、一刻も早く謝りたいと考えていたが、中々タイミングが掴めず、どんどん気まずさだけが募っていき、余計に合わせる顔が無くなっていたのだそうだ。
それはこちらのセリフですと、私は返した。
エイト様が何か言う前に、私は勇者の名を騙っていることをまくし立てるように謝罪した。
「…………」
少しの沈黙の後、
「アハハ、僕たち、似た者同士ですね」
そう言って、エイト様が笑った。眩しい笑顔だった。
「そんな! 私のような最弱の騎士が勇者様に似ているなど、畏れ多いお言葉です!」
反射的にそう返した私を見て、エイト様は本当に寂しそうな顔をしたのを今でも覚えている。
「ヨクトさんは、騎士とはどういう存在だと考えていますか?」
「……エイト様のように、強大な魔物を幾体も葬り、この国に安寧をもたらす存在だと、考えています」
突然の問いに戸惑いながらも、私はそう答えた。
しかし。
「違います」
エイト様はぴしゃりと否定した。
「……では、エイト様にとって、騎士とは?」
「騎士とは、己の前に立ちはだかる壁に何度拒まれようと、決して諦めず、何度でも立ち向かう者のことを指します」
エイト様は諭すように答えた。
「だから、ヨクトさんは既に立派な騎士なんです」
私の胸に、熱い何かがじわりと広がった。
そんな私を優しく温かい目つきで見つめながら、彼は意を決したように、口を開く。
「──ヨクトさんがずっと下級騎士なのは、目が良くないからではないですか?」
瞬間、心臓が跳ねたのがわかった。
「……どうして、それを」
辛うじて絞り出せたのが、そのひと言だけ。
そう。私は目が悪い。
だがしかし、そのことは誰にも言っていない。言えば、騎士団の規定により除籍になるからだ。
入団試験の視力検査は記憶力だけで乗り切った。どうしても騎士になりたかったのだ。エイト様のように、数多の魔物を屠る騎士になりたかった。子どもの頃から、ずっとずっと、憧れていた。
けれど、振るわれる剣を正確に捉えることが一向にできなかった。私の世界は、いつもぼやけていた。誰にも相談などできない。相談すれば確実に除籍される。
故に、私は騎士団の中で誰よりも弱かった。
故に、私は「最弱」の汚名を、「偽物」の汚名を、甘んじて受け入れた。
「失礼します」
言いながら、エイト様が私の頬に手を当てる。
一瞬その手が淡い緑色の光を放ち、次の瞬間。
私の目が、世界の輪郭を明瞭に捉えた。
「…………!」
エイト様の整った顔が、夜の帳に覆われた訓練場の様子が、ハッキリと見えた。
生まれて初めての経験だった。
「アインハットのある地方に伝わる民間魔法、目の良くなる魔法です」
「目の良くなる、魔法?」
「あ、とは言っても、永続するわけではありません。効果は半日ほどで切れます。すみません」
「そう、ですか」
では、一体なぜ今その魔法を使ったのか。私がそう問う前に、
「ヨクトさん。見て、そして、覚えてください。あなたになら出来るはずです」
エイト様は力強く断言して私から少し離れ、それを始めた。
木剣を振るい始めたのだ。
空気が切り裂かれる音を聞いたのも、生まれて初めてのことだった。
舞うように剣を振るうその姿は、最早神々しかった。
「……美しい」
月明りに照らされた訓練場で、その舞はしばらくの間続いた。
有り得ないほどに素早く振るわれる木剣が、魔法のおかげで、完璧に見えていた。
私は、夢中になってその姿を見続けた。この舞には、意味があると直感で理解していた。
そして息ひとつ切らすことなく剣を振り終えた彼は、私を真っ直ぐに見据え、問うた。
「覚えましたか?」
私は答えた。
「もちろんです」
「今の一連の動きを、私と同じ速度で出来るようになってください。そうすれば──あなたとぼくは、いつか肩を並べて戦える」
「……はい!」
「ついでに、目の良くなる魔法も覚えてしまいましょう。いずれ必要になります」
私の心に、長らく消えていた火が宿った瞬間だった。
その日から、エイト様に見せてもらったあの剣技を真似することが私の日課となった。
来る日も来る日も、私は脳裏に焼き付いて離れない彼の剣技を真似した。
最初は、彼が1時間足らずで終わらせたそれをやり切るのに半日もかかっていた。朝から夕方まで休まず無心で剣を振り、全身の筋肉が千切れる寸前まで剣を振ったにもかかわらず、だ。日課が終わった後は、口もきけないほどに疲弊していたし、手には血豆がいくつもできていた。
けれど、何もかもがエイト様の剣技とは似ても似つかず、もどかしい思いをした。
そんな私を見て、周囲の騎士たちは私に生暖かい目を向けるのだ。
「最弱の騎士が頑張っている」
「偽物勇者が偽物なりに足搔いている」
握り締めた拳から血が滲んだ。
それでも、私は剣を振るうことを止めなかった。
なぜなら、エイト様が断言してくれたから。
こんな私でも立派な騎士であると、断言してくれたから。
無論、その間にも私はリミア様に冒険譚を語る責務も果たし続けていた。
【炎竜】ヴリドラ討伐の話。【全能】のシュラーク討伐の話。【自戒】のペーリヴァルト討伐の話。
いつか私も自分の功績を語れるようになりたい。そう思いながら、勇者の冒険譚を彼女に伝えた。
1年が経った頃、私はとあることに気が付いた。
いつもの日課を終えても、日が沈んでいないのだ。全身の痛みもそれほど無い。それどころか、体力に余力さえあった。
この頃から、私に向けられる周囲の目は変わり始めた。
私を最弱の騎士と呼ぶ者はいなくなっていた。実力が認められ、中級騎士に昇進した。
だが、私のやることは変わらない。ただひたすらに剣を振るい、リミア様に冒険譚を伝えるだけ。
【剣魔】エギル討伐の話。【堕ちた英傑】クォルト討伐の話。【夢幻】のユフィア討伐の話。
エイト様の武勲はとどまることを知らず、それでも私は彼の背中を追い続けた。
更に1年と半年が経ち、私は遂に、たったの数時間であの剣技を終えることが出来るようになっていた。剣を振り終えても息が切れることはなくなった。力の込め方、抜き方を理解したのだ。私の剣技から無駄がそぎ落とされ、研ぎ澄まされていくのを実感した。
実力は上級騎士を超え、王の護衛を任されし騎士、通称王衛騎士たちすらも超越していたと思う。
依然として私は勇者を演じていたが、私のことを「偽物勇者」と呼ぶ者はもういなかった。
ようやく勇者の背中が見え始めた。
そんなタイミングで、エイト様が魔王の討伐に向かわれたことを知った。
今までどんな戦いにおいても傷一つ負うことなく終わらせた勇者エイトが、魔王の討伐を宣言したのだ。
誰もが彼の勝利を確信した。私もそうだった。
結局最後まで彼と肩を並べることはなかった。
そんな寂寥感を抱きながら私は、
「エイト様、ご武運を」
「ありがとうございます、ヨクトさん。必ず、勝ってきます」
と短く言葉を交わし、彼の背中を見送った。
それが、私とエイト様の最期の会話だった。
魔王は狡猾だった。各地に散らばり猛威を振るっていた6人の魔人たちの残り5人全員を集め、要塞都市オルトディーンに奇襲をかけたのだ。
ここを落とされれば大量の魔族が一挙に王国に押し寄せることになる。それを理解していたエイト様は、5人の魔人を一度に相手取らざるを得なかった。
1人でも十分に都市を落とせる災厄の魔人を、5人相手取ったのだ。
そして、勇者は死んだ。
【泥王】ドルヴァス。
【伝染】のペトリス。
【戦神】ムーラン。
【惨憺たる女神】グーリエ。
【雷光】のライラボルト。
5人の魔人全員を斃し、相打ちとなった。
私は激しく後悔した。なぜ私もついていかなかったのかと。エイト様の強さに甘えていた己を恥じた。
私がいれば、きっと役に立てた。死んでいたのはエイト様でなく私だった。そうすれば、きっとエイト様は魔王を打ち倒せたのに。
私はすぐさま王に進言した。
私に、勇者エイトの仇を取らせてほしいと。
この頃の私は、エイト様を除けば騎士団の中で最も強かったため、進言を聞き入れてもらえた。私はオルトディーンの先、魔族領にある魔王城へと向かった。
魔王城にいた魔物を殲滅し、玉座の間へと入る。そこには、不敵な笑みを浮かべた魔王が鎮座していた。
「おぉ、随分と貧相な勇者が訪れたな」
「貴様と言葉を交わすつもりはない。覚悟しろ」
私が剣を抜く。
「クハハ、そうか。では死ね」
それと同時に、魔王が魔力を解放する。
凄まじい魔力だった。魔力量だけで言えばエイト様をも凌駕している。
戦いは、やはり劣勢であった。
圧倒的な魔力に任せた魔法の嵐のせいで、私は防戦一方を強いられた。
裁きの雷を放つ魔法。すべてを燃やし尽くす魔法。生命を終わらせる凍結の魔法。
螺旋の岩槍を放つ魔法。幻惑を見せる魔法。火球を音速で飛ばす魔法。
ひとつひとつの魔法が、命を刈り取る威力を持っていた。
それに対し、私の武器はエイト様から授かった剣技と、目の良くなる魔法のただふたつ。
徐々に押され始め、体に生傷が増えていく。だが、私にも何度か魔王に剣を掠めさせることができていた。
勝てるかはわからない。けれど、決して勝てない戦いではない。そう信じて、剣を振るった。何度も何度も。エイト様の剣技をなぞるようにして、剣を振るった。
「クハハ、中々足搔いてはいるが、やはりアイツでなければ恐れるに足りんな」
魔王が嘲笑する。明らかに魔力量は減ってきている。着実に、魔王の力は削れつつある。
今の私は確かに強くなった。しかし、エイト様は私の倍は強い。そんな実力で、魔王に勝てるのだろうか。
一瞬の間に不安が過った時、
──騎士とは、己の前に立ちはだかる壁に何度拒まれようと、決して諦めず、何度でも立ち向かう者のことを指します。
エイト様の言葉を思い出した。あの偉大な勇者はこうも言っていた。
──だから、ヨクトさんは既に立派な騎士なんです。
であれば、臆している場合ではない。
私は柄を力強く握り締め、勢いよく踏み出した。
襲い来る魔力の奔流を耐え抜き、あるいは切り裂いた。
100を超える魔法の嵐を耐え抜き、幾度となく立ち上がり、剣を振るった。
徐々に徐々に、戦況の天秤は傾きを変えていった。
魔王の身体にも傷が増え始めた。不敵な薄ら笑いが、消え始めた。
無限にも思えた魔力は、いつしか底が見え始めた。
そして、遂に────
──
「その戦いは、三日三晩続きました」
私が言うと、リミア様が口を手で覆う。
「それで、ヨクト様は」
「はい、エイト様の仇を討つことが出来ました」
「ありがとう、ございます……!」
リミア様の瞳から涙が溢れる。同時に、私の瞳からも一雫の涙がこぼれた。
もう、私は「偽物勇者」ではなくなった。
もう、この世界に魔王の脅威はなくなった。
それでも、私は騎士であり続けるだろう。この国を守り続けるだろう。
私を偽物から本物にしてくれた、彼のためにも。
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