人の心がよめる人
「……ってさ、本当に空気読めるよね」
と、彼に言われて少し罪悪感を感じた。
私は超感覚的知覚者だ。Extrasensory perception、略称: ESP、いわゆるエスパーなどと呼ばれることもあるが、私からすれば「ただ感が鋭い」だけだ。
人の心を読んだり、サイコメトリー、それらはもちろん外れることもあるし、……小学生のころは間違うこともあった。大人になるにつれて、その精度はあがっていき、今では外れることはほぼないけれど。ただ空も飛べなければ、物も動かせないし、瞬間移動もできない。
この能力はもともと物心ついたときからのことで、あまり気にしていなかった。他の人も使えていると思っていたが、小学校に入る頃には、自分は人と違うことを理解した。
人の視線、目線の動きや仕草、所作、言葉尻や言葉遣い、聞こえてしまう雑音、汗の湿度、口臭や体臭、……幾つもの外的情報を予測推測の延長線上に、人の心の内を言語化してしまう。ただそれだけなのだ。
私が思うに、これは一種の脳機能の病気なのだと思う。勿論これは偏見だし、根拠はない。思春期真っ盛りの頃は、この能力を使って楽して生きていけると思っていた。私は勝ち組なのだと、ありがとうカミサマと。
テストは幾つもの筆記の音や試験管の先生の顔色でカンニングめいたことも出来たし、運動もプロアスリートの動きを見ただけで7割程度トレースできてしまうのだ。10代の私が調子に乗ってもおかしくはない。誰にだって調子に乗る時期はある、と言い訳をさせてほしい。
ただ大学に入り、彼にあったときから私の人生は変わった。
心が読めるというのは一種の“呪い”だと当時の私は思っていた。
初めての彼の第一印象はあまり良くない。
『普通だな』
彼が私に抱いた感想だ。友達宅の飲み会で出会ったのだが、私はこの頃人間というものについて諦めをつけていた。まずは異性を見下し始め、次に同性だった。理由は、……まぁ、想像におまかせする。そして誰かに気を許すという恋愛という行為が私には縁のないモノだと決めつけていた。
人の心を見透かせる私は、気遣い上手と言われた。それはそれは、人気者になった。ハリボテの成績優秀者で、運動も出来る私はスタイルよく育ったおかげで、そこそこにモテた。人生にモテキがあるとしたらあの時だったと言えるし、心苦しいけれど何人かの告白を「ごめんなさい」とお断りさせていただいた時期でもある。
彼はそんな前評判を踏まえて、普通だなと思ったらしかった。
どうやら高飛車な美人、それかとんでもなく卑屈な女かを想像していたようだった。
そんな感想を抱かれたのは初めてではない。いつものように受け流そうとして、彼の鞄からのぞかせた小説で流れが変わった。好きな小説家の話になって、盛り上がった。手書きのものとは違い活字になったものからは、あまり思念のようなものは読み取れない。情報過多の世界にいる私はそれが慰めだったのだ。
彼はずいぶんと表情は変わらない生き方をしているようで、周りからは「変人」だとか「本の虫」とか呼ばれているらしい。ただあの小説を読んだ読んでない、面白かった面白くない、と会って繰り返せるほどに本好きという間柄になり、その趣味趣向、好みは私とよく一致していた。
私と珍しく連絡先を交換していたのも一つの要因だったのだろう。
未来予想の能力は彼と恋人になって結婚する未来を見せてくるようになった。私が彼に好意をもったせいなのか、それとも彼が私に好意をもってくれたからなのかはわからない。
ある日、共通で好きな小説が映画化されるということで二人で出かけることになった。
私が少し待ち合わせ場所に早く着きすぎ、彼が歩み寄ってくる。ゆったりとけれど私から視線をはずさない。彼の姿を見つけた瞬間に防護用の耳栓を取り外した。
『うわ、可愛ぃ!写真取るべきか?むしろ持ち帰りたい、いや映画を観に行くのか』
思わず私は顔を下向ける。顔があつかった。
「ごめん」『待たせるなんて万死に値するわぁ、駆け寄ってくる彼女を見たかったわぁ。……、あぁ、またデートに誘えばいいのか』
「ううん、大丈夫だよ。映画始まっちゃうから行こ」
私は誤魔化すように遠くない目的地に先んじて歩き出す。今、顔を見られれば真っ赤だろう。
「顔赤いけど?」『え?風邪、もしかして風邪?マヂで大丈夫?看病をして好感度を上げれんもんか……、あぁキモイか。いやでも健康が一番だしな』
バレていた。
「うん、ちょっと外寒かったから」
「そっか」『手握りてぇ。温めてぇ。コンビニとか寄った方がいいかな、カイロとか買っといたほうが良いか?』
「大丈夫だから、映画館はいれば温かくなるでしょ」
最近は彼の心に大いに照れてしまう。彼の口から好きだとか言われたこともないのにその気になっている私は、慌てて自分を戒めた。「好きだ」とか「付き合って」とかを言われてもない。言わせたいが、彼はなかなかそんなことを言わない。私があまりにも普通で呆れているのか……、いやそんなことは彼は考えていないことは確かだ。けれど、私の能力にも間違いはある。能力があっても正解かどうかは、その人のみぞ知るだ。
そんな葛藤をもったまま映画を観終わり、案の定というか予想通り、私は酔った。
映画に出てくる人間の感情と演じている役の感情、それにスクリーンを見ている客席からの感情が一挙に押し寄せ、幾つもの感情に私が疲れてしまう。
あえて客の少ないであろう平日の午前中を選んだが、酔うものは酔うのだ。
とりあえずオーバーフローを起こした私の脳みそは、休憩を欲していた。足が真っ直ぐに立ってくれない。彼が私を支えてくれた。
「気分悪い?」『うわ、不機嫌なのかな?それとも体調やっぱ悪かったのに無理してくれた?』
「だいじょうぶ……だから」
彼に心配をさせてしまっていると、自己嫌悪に陥ってしまう。彼の気遣いを嬉しくお思いながら、どうにか映画館という場所から移動を彼に願い出た。
「わかった」
働かない怠い頭の片隅でぶっきらぼうの彼から『声』が聞こえないことに気がつく。
聞こえなく『声』に動揺する私を庇いながらゆっくりと別の場所へ、人気がいないところへ場所を変えた。
歩きながら、彼の声が聞こえなかった理由を考える。私が知りたくない理解したくないことを彼が考えたのかもしれない。それは私にとっては受け入れたくない事実だ。だから聞こえなかった、脳が拒否したのかもしれない。普段とは違う状況に私は、感情のままに叫びたくなっていた。
幼い頃、私が能力で不正解や間違った心の言語化をしたのは、大体その理由だ。今回もそれが起こったと私は思っていた。
小さな公園のベンチ。
彼は自販機で薬品会社が販売する清涼飲料水を買ってきてくれた。
脳味噌は乾いた砂漠に雨が降った如く、足りなかったブドウ糖が浸透していく感覚。
「はぁっ」と、一口二口飲んだだけだったが私は生き返ったように息を大きく吐いた。生き返るというものがこの世にあるなら、きっとこんな感覚だろう。
遠くを歩く人からいつもの『声』というなの雑音が聞こえ始める。あぁ、結局こうなのだ。未だに彼の声は聞こえない。
と、介護してくれた彼をみようとした。ただ、顔が見れない。
「ありがとう、少し楽になったよ」
私はちゃんと笑えているだろうか。おそらく、彼に嫌われたのだ。こんな面倒な女だとは想ってもいなかっただろう。
暗い感情が渦巻いていた。
嫌われた、確信があった。私には能力があるのだ。
もう頭の片隅にあった彼との未来も観れない。あぁ、と私は悲しく、そして絶望していた。
「うん」『弱ってるところも可愛いなぁ、って不謹慎か……、もって帰りたいなぁ』
「え?」と思わず声がでた。
「何?」『いかん、支えている時に胸元ばかり見てたのがバレたのか?』
「な、なんでもない、……です」
消え入りそうな自分の声。色々と恥ずかしくなってきた。服装を整える。
思わず口元が緩んだ。
たぶん、私はこの人と添い遂げるんだ、と予感めいたものが浮かんできた。




