第一話:一本目の杭
俺の名前はノア・カイセル
人類で一番頭がいい――らしい。
だが、この世界ではそれも意味がない。なぜなら、世界は必ず滅ぶからだ。
滅びる世界で、最強の頭脳を持っている俺にできることは一つ――敗北を最適化すること。
それも限界に達した。今回のループで、もうわかっている。
世界が滅びるなら、次のステージに残るべきは、俺自身ではなく――文明の核だ。
夜明け前。
俺は街を出た。
書記と学者を集めたとて、殺されたら意味がない。
彼らを――殺させない。
どれほど思想が正しくても、
どれほど記録が完璧でも、
守る力がなければ、すべては一夜で灰になる。
「英雄はいらない」
俺は外套の襟を立てながら呟く。
「でも、強い奴は必要だ」
この違いを理解できない者は、何度ループしても同じ失敗をする。
向かった先は、街外れの訓練場。
兵士見習いと傭兵崩れが集まる、泥と血の匂いがする場所だ。
そこにいる。
今はまだ無名。
記録にも残らない。
だが三年後、
単独で魔獣の群れを食い止め、
五年後、
王国軍を壊滅寸前まで追い込む女。
イリス・グレンフォード。
剣士でも、騎士でもない。
ただの「殴り合いが異常に強い女」だ。
彼女は今、訓練用の木剣で三人を同時に叩き伏せていた。
「遅い」
短い一言。
無駄がない。
構えも、気迫も、理論外。
才能の塊だ。
――前回のループでは、俺は彼女を王の前に差し出した。
結果、英雄として消耗され、最後は世界と一緒に死んだ。
今回は違う。
「次」
俺は訓練場に足を踏み入れ、そう言った。
周囲がざわつく。
「誰だお前」
イリスがこちらを見る。
鋭い目。警戒心。生存本能が高い。
いい。
「俺だ」
「意味わかんねえ」
「一対一でやれ。木剣でいい」
彼女は鼻で笑った。
「死にたいのか?」
「死なない」
「保証は?」
「俺は頭がいい」
一瞬の沈黙。
それから彼女は肩をすくめ、木剣を放ってよこした。
結果は、予想通りだ。
俺は一撃も当てられず、
三歩下がり、
七歩転び、
最後は喉元に剣を突きつけられた。
「弱いな」
「知ってる」
俺は仰向けのまま言った。
「でも、お前は強すぎる」
イリスが眉をひそめる。
「……喧嘩売りに来たんじゃないのか」
「勧誘だ」
「は?」
「俺の国に来い」
「王か?」
「違う」
「将軍?」
「違う」
「じゃあ何だ」
俺はゆっくりと起き上がり、彼女を見た。
「天才の軍略家」
イリスは黙ったまま俺を見ている。
「英雄扱いはしない。
名誉もいらない。
戦場の最前線にも立たせない」
「……それで何をしろって」
「生きろ」
即答だった。
「そして、他の奴らを生かせ」
彼女はしばらく考え、
やがて、木剣を肩に担いだ。
「つまんねえな」
そう言ってから、笑った。
「でも、嫌いじゃない」
街を出る時、俺は振り返らなかった。
英雄を集めないという方針は、変わっていない。
だが――
「文明には、最後に立っている奴が必要だ」
剣を振るうためじゃない。
勝つためでもない。
逃げる時間を作るための武。
世界滅亡まで、残り六年と二百二十五日。
ようやく、
折れない一本目の杭が打たれた。
すみません遅れました。
次回作は2025年12月28日21時に出そうかなと思います。
次回は「一本目の杭」であるイリスと一緒にノアが夢見る国について話します。イリスとノアはどういう関係になるんだろう…




