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5 21歳 町田純蓮

 Dクラスのダンスレッスン室。


 私は壁に背中を預け、近くのクーラーボックスから自分の名前が書かれたペットボトルを取り出し、一口飲む。

 片手には歌詞カードを持ち、覚えようと何度も小さく歌ってみる。


「一歩踏み出せば知らない景色見える いつも君の隣にずっと……」

 

 予想はしていたが、やはり私は集団で浮くタイプのようだ。

 唯一、同じ21歳の江口明さんもいるが、彼女とは部屋もクラスも違うから、話したこともない。


 ペットボトルを戻し、鏡の前に立つ。

 他の参加者が各自練習する中、私は先ほど指摘された注意点を思い出しながら、テーマ曲の振り付けを確認する。

 

 評価クラス分けでDクラスと告げられた瞬間が頭から離れない。

 AかB、最低でもCクラスだと思っていたのに。


「違う、ここはもっと腕を伸ばして……」

 

 自分に言い聞かせながら踊っていると、隣で練習していた少女が振り付けを間違えているのが目に入る。

 

 彼女は焦った様子で何度も同じ部分を繰り返している。


「ちょっと、そこ違うよ。こうだよ、こう!」


 思わず声をかけ、彼女の前に立って振り付けを示す。彼女は驚いた表情で私を見上げ、小さく頷く。


「ごめんなさい、ありがとうございます」


 彼女は恐縮しながらも、私の動きを真似て踊り始める。しかし、周囲の視線が私たちに集まり、微妙な空気が流れる。


「……ごめん、ちょっと強く言い過ぎたかも」


 私は一歩引いて、彼女に微笑みかける。彼女もぎこちなく笑い返すが、他の子たちとの距離感を改めて感じる。


 レッスンが終わり、部屋に戻ると、同室の子たちが小声で話しているのが聞こえる。

 私が入ると会話が途切れ、気まずい沈黙が流れる。私は自分のベッドに腰掛け、深く息を吐く。


「私、何か間違ってるのかな……」


 自問自答しながら、枕に顔を埋める。


 このオーディションが最後のチャンス。だからこそ、必死になっているのに。でも、その必死さが周りとの溝を深めているのかもしれない。

 

____

 

 数日後の夜、私たちは広いスタジオに集められ、テーマ曲のフォーメーションを決める重要な時間を迎えていた。

 スタッフが前に立ち、説明を始める。


「皆さん、これからテーマ曲のフォーメーションを決定します。方法はくじ引きです。くじ引きの順番は、今座っている順で、右の方から並んでください。ボックスの中にアルファベットと数字が書かれた紙が入っています。アルファベットはAからEまであり、Aが最前列、Eが最後列を示します。数字は1から31まであり、1番がセンターです。評価クラスに関係なく、どの位置も平等にチャンスがあります。」


 参加者たちは緊張した面持ちでボックスの前に並ぶ。私もその列に加わり、順番を待つ。

 心の中で祈りながら、手をボックスに入れ、一枚の紙を引き抜く。


 震える手で紙を開くと、そこには「C16」と書かれていた。フォーメーション表を確認すると、3列目の一番右側。

 最前列ではないが、中央に近い位置だ。


 スタッフが続けて説明する。


「このフォーメーションでのパフォーマンスを後日収録し、公式ホームページやSNSで公開します。また、個人の映像も公開され、視聴者投票と再生回数によって次回の第1回順位が決まります。」


 部屋には緊張と期待が入り混じった空気が漂う。

 

 私は自分の位置を再確認し、気を引き締める。


 この位置で最高のパフォーマンスを見せなければならない。


____

 

 翌日から、フォーメーションに基づいた全体練習が始まった。私は自分の位置を意識しながら、振り付けを体に叩き込む。

 しかし、中々思う通りに動けず焦りが募る。


 休憩時間、鏡の前で一人練習を続けていると、同じDクラスの16歳の少女、上田さんが声をかけてきた。

 上田さんは同じDクラスで、フォーメーションも同じC列。

 

 低い位置で結んでいるポニーテールが、いつも私の近くで一生懸命揺れている。


「町田さん、少し休んだ方がいいですよ。無理しすぎると体を壊します」


 彼女の優しさに感謝しつつも、私は微笑んで答える。


「ありがとう。でも、私はこのオーディションが最後のチャンスだから、できる限り頑張りたいの」


 上田さんは少し驚いた表情を見せたが、すぐに理解したように頷いた。


「そうなんですね。私も町田さんの頑張りを見習います」


 その言葉に励まされ、私は再び練習に打ち込む。夜遅くまでスタジオに残り、振り付けを確認し続けた。


 ____


 数日後、いよいよ収録の日がやってきた。

 会場は、この合宿所にある地下ステージ。

 ステージにはカメラが設置され、スタッフが最終確認を行っている。

 客席にはサポーターの3人が座り、私たちの様子を眺めている。


 私は緊張しながらも、これまでの努力を思い返し、自分を奮い立たせる。

 

 練習着ではなく、ちゃんとした衣装。

 皆、同じ膝下までの制服風ワンピース。強いていうなら、リボンの色がジャージの色と同じくらい。


 緊張のせいか、周りの子たちは小さな声で近くの人と振りつけを確認し合っている。


 私は一人で、胸元のリボンに触れる。

 本当は、青とか水色とか、寒色系の色が好きだけど、今はこの黄色のリボンが優しく私の胸を撫でてくれているようで好きだ。


「はい、それでは本番始まります!」


 スタッフの声と共に、照明の光が消えた。


 ____

 

 パフォーマンスが始まると、私は自分の全てを出し切るつもりで踊る。


「知らない世界に1人 ここから始まるストーリー」


 ミスなく、笑顔を絶やさず、観ている人々に想いが伝わるように。


「私の存在証明AtoZ 君が選ぶ世界のハジマリ」


 口パクだけど、ちゃんと全ての瞬間に気持ちを込めているんだよ。


 曲の盛り上がりと共に、照明が段々明るくなる。


「私のステージ見逃さないで 瞬き厳禁ずっと見ていて」


 アイドルになれたら、きっとこういう瞬間が当たり前になるのかな。


「掴んだその手はずっと離さない」


 ____


 収録が終わり、スタッフからの労いの言葉を受ける。


 私は達成感と共に、次のステップへの不安も感じていた。


 個人映像の再生回数や視聴者投票が、今後の順位に影響する。

 しかし、今はやれることを全てやったという自負がある。


 その日の夜。公式サイトに映像が公開され、私は自分のパフォーマンスを練習室で一人確認する。

 

 画面の中の自分は、全力で踊り、笑顔を輝かせていた。再生回数や順位はまだ分からないが、この映像が多くの人に届くことを願う。


 昨日の夜、ついにこのオーデション番組が放送されたらしい。

 私は観るのが怖くて、一人で練習室で踊っていた。

 

 視聴者から、私はどう思われているんだろう。そもそも、私の尺どれくらいなんだろう。変な場面で編集されてるのかな。


 同部屋の子たちは、4人で一緒に部屋で視聴したらしい。

 一緒に観ようよ! って、あの時言ってくれたけど、断らないほうが良かったのかな。


 前日の後悔が、今蘇る。


 

 私は壁に体重をかけるように座りながら、これまでの日々を振り返った。

 

 21歳という年齢での挑戦、Dクラスからのスタート、フォーメーション決定、そして収録。

 

 全てが濃密で、私を成長させてくれた。

 まだ他の子と比べると、仲のいい子とかいなくて、必要最低限の会話しかしていないけど、これからちゃんと友達も作れるよね……。


 

 窓の外を見ると、夜空に星が輝いている。

 

 私は深呼吸し、心の中で誓う。

 

 このオーディションが最後のチャンス。


 だからこそ、一瞬一瞬を大切にし、全力で駆け抜ける。自分を信じて、夢に向かって進んでいくんだ。

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