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Prologue:『叶わない約束』






 ラーントール。北の大陸、その中ではかなり南に位置する大国だ。


 南以外の三方を標高の高い山に囲まれ、月をうつろうたびに四季折々の風が吹く城下町。


 春になれば雪解けた地から色とりどりの花が芽吹き、夏には透き通った河川かせんで遊ぶ子供達の声が聞こえ、秋には衣替えをしたかのように落葉樹らくようじゅが山々をあかく染め上げていく。北国だけあって冬の冷え込みはやや厳しいが、降り積もる雪を珍しげに見に来る中央大陸からの観光客も多い。


 現在の季節は、ちょうど雪が解け始め、国の全貌ぜんぼうが明らかになっていく初春しょしゅん


 ラーントールの中枢ちゅうすうであり国のシンボルにもなっているのは、見た者にそのまま国の強大さを感じさせる巨大な城閣じょうかく。或いは要塞ようさいとでも称するべきか。

 城壁には真っ黒な焦げ跡が残されており、所々ツィンネが欠けて傷ついてはいるが、それでも自国旗を高く掲げて佇立ちょりつする姿は、圧倒的なまでの存在感を放っていた。


 城を中心として、国を縦断じゅうだんするように伸びる道を南方へと進むと、大勢の民で賑わう城下町に繋がる。この季節、街には普段よりも多く様々な店舗てんぽが立ち並ぶ。

 中でも目を引くのは自然の幸だろう。

 自然豊かなラーントールならではの品々が揃っており、この季節、ここでしか食べられないようなものも、ちらほらと見かけることができる。


 そんな活気あふれる商店街を道なりに抜け、とうに整備の行き届いていない街路を進んだ先。城下町とは打って変わって静かで小規模な住宅街が、国境沿いに残されていた。








 日が落ち、空がとばりに覆われる頃。

 離れの住宅街にのきを並べる家々から漏れる光はない。


 ──否。

 住宅街を更に外れた海の側に、明りを灯す家が一軒、ぽつりと建っていた。

 心なしか淡いランタンの光によって、二つの人影が浮かび上がる。


 (よわい)十五、六程度の年若い男女だ。

 双方ともに、何やら物思いに耽るようにぼんやりとした目つきで、お互いから視線を逸らしていた。少年は窓の外に瞬く星の数を意味もなく数え、少女は気もそぞろに指で銀髪の毛先をくるくると弄っている。


 二人を(へだ)てる卓上には、湯気を立ち上らせるシチューが二皿置かれていた。

 食欲をそそるアーモンドの香りが漂うが、各々(さじ)を机に置いたまま手を付けようとしない。


 どちらかが話しかけようとして、その度に思い留まって口を噤む。

 そんなことが幾度か繰り返される。


 と、進展のない状況に焦れ切ったのか、意を決した少年が顔は背けたままに口を開いた。


「……そうか。ついこの間帰ってきたと思ったら、またすぐに行かなきゃならないのか」


 その表情は固く、話し方はややぎこちない。


 少女はうつむきがちだった頭を上げると、やがて苦笑する。


「ん。本当は私も、遠くには行きたくないんだけどね。傭兵ようへいって大変だよ」


 その外見からは想像もつかないことだが、少女はラーントールの傭兵だった。孤児院育ちのため、また彼女自身の意向もあって、徴兵の対象に選ばれたのだ。


 ラーントールは現在、西の国レイミアと戦争状態にある。


 さすがに少女が前線に出されることはなかったが、まだ十六になったばかりの彼女が戦線に投入されているというだけで、戦況が逼迫ひっぱくしていることが伺える。


「最近は外征がいせいも多いみたいだし、忙しいのか?」


「私のとこはそうでもないんだけど……最前線で小規模な交戦があったみたいで、それでだって。偵察ていさつ難渋なんじゅうしてるって。今回、軍人さん以外の隊が初めて被害を受けたみたいで……」


 帰国できなかった偵察隊員のことをいたんでか、少女は表情を曇らせる。


「……ああ。彼等に祈りを。今こうやって話せているのも、彼等の尽力じんりょくあってこそだ」


 少女は神妙な面持ちでこくりとうなずき、胸元で両手を組んだ。


「──うん、祈りを」


 その仕草を横目に、少年は拳を強く握り締める。


「孤児院のこともあるとはいえ、あんまり無理はしないように。……もう少しで完成なんだ。あと少しで、もう誰もあんな危険な場所に出向かなくても良くなる」


 ──もうすぐだ。

 あれさえ完成すれば、戦争なんて血生臭いものから離れられる。


 人間が戦場におもむいて、バタバタと死んでいく。そんな現状は終わりを告げ、人同士が傷付け合う未来さえ、きっと無くすことができる。


 自信ありげな表情を浮かべる少年とは対照的に、少女の顔に暗い影が落ちる。


「……兵器の開発だっけ。だけど、それを使うってことは、戦争相手の国──レイミアの兵士さんたちが大勢、亡くなるってこと……だよね」


 歯切れ悪く少女が言う。ラーントールの国王に聞かれれば反逆罪で捕まりそうな言い方だが、少年は何事もなかったかのように、鷹揚おうように首を縦に振った。


「そんなレベルじゃない。国ごと滅ぼせる代物だ」


「…………。ううん。戦争だし、分かってるんだけどね。でも……」


 敵国の兵を思って胸を痛める少女に、少年は安心させるように手を伸ばす。


 俯いて顔に落ちた銀髪を指先でそっとけ、


「だけど、そんな使い方はしない」


 少年が告げると、少女は期待の込められた表情で顔を上げる。


「……どういうこと?」


「──あれは抑止力になるんだ。戦争を二度と起こさせないための」


 たとえ行き過ぎた兵器だとしても、実用しなければただの抑止力になる。力を誇示こじするためには性能を披露ひろうする必要があるが、わざわざ人を相手取る必要もない。


「……もしも、だけど。それが王様の意向と合わなかったら?」


 思案顔を作った少女が聞いてくる。


 その不安はもっともであった。なにせ、戦争を仕掛けたのはラーントール側だ。

 戦況はかんばしくないとはいえ、戦争はまだ序盤だと言える。そんな時に兵器を軍事利用しないと表明したところで、少年の一存では何も変わらないことを危惧きぐしているのだろう。


 最悪の場合、少年は身柄を拘束され、兵器は使用されることも考えられる。

 だが、その点においても少年に抜かりはなかった。


「その時は軍を止められるよう、同時並行で兵器を二機作っている。そして、片方の制御権は俺にしてある。国が暴走したときは──開発者としての責任を持って、俺が戦争を止めるよ」


 何もかも、まるで夢物語のような話だが、少年には確かな自信があった。


「……うん、分かった。信じてるよ?」


「ああ」


 絶対の信頼を寄せられ、照れくささに少年は頭を掻く。


「……でも、そっかー。お父さんの後をいだんだよね。凄いなぁ。十六歳でラーントールのお抱え開発者に抜擢ばってきされたなんて、お父さんが聞いたらきっとびっくりするよ」


 話を変え、まるで自分のことのように目をキラキラ輝かせる少女を横目に、眉をひそめた少年は、振り向きざまに少女の額を軽く小突いた。小突かれた箇所を押さえて「……うぅ」と不満げに漏らす少女を、少年はどこか満足そうに見やると、


「そろそろ俺のことはいいだろ。それより、次はいつ帰って来るんだ? 仕事内容とかにもよるんだろうけど……そう、今回の配属も、先導隊とかってわけじゃないんだろ?」


 憂いではなく、希望を込めて告げる。

 その際、真剣な口調になりすぎないようにだけ注意して。


 胸騒ぎがおさまらない中、一拍の間をおいて。

 少年が固唾かたずを吞んで少女の反応を見守っていると、少女はこくりと頷いた。


「ふふ、相変わらず心配性だよね。そうだよ。私はいつも通り、哨戒隊しょうかいたいの所属だから。それに、先導隊は三日も前に国を出たでしょ?」


 機嫌の良さそうに、にへっと顔をほころばせる少女の言葉に安堵あんどして、少年もまた頬を緩める。


「そうだった、か。……で、今回は早く帰ってこれそうか?」


「えっと……うん。明日発って、何事もなければ九日後の夜には帰ってこられるかな」


 少女は自身の手首を握り考える素振りをしてから、予定だけどねと付け足した。


 刹那の表情のかげりに少年は気付かない。或いは、気付きたくなかったのだろう。

 怖かったのだ。自分が悪い方向に考えることで、それが現実のものとなってしまうことが。


 だから、そんな憂俱ゆうぐは胸の奥にしまっておいた。

 彼女がそう言うのであれば、信じて帰りを待つほかないと。


「分かった。じゃあ九日後の夜は、特別に好きなもの作ってやるからさ。何がいい?」


「いいの? でも……悩むなあ」


 真剣に考え込む少女を眺め、少年は促すように言葉を続ける。


「予算は気にしないでいいからな。帰ってくるころにはまとまった金が入ってるはずだからさ」


「うん。ちょっと高いけど、デザートでもいい……?」


「デザートか。甘いやつだよな?」


「うん。タルト……っていうのが前から食べてみたくって。ビスケット生地と果物を使って作るお菓子みたいなんだけど……ダメかな。難しい?」


 上目がちに少女が首を傾げる。


「いや。タルトだな。エイミスあたりに聞いて練習してみる」


「やった! ふふ、楽しみだなあ」


 ふわりと銀髪を跳ねさせながら少女が喜ぶ。

 その屈託ない笑顔は、普段大人びている少女の垣間見せた十六歳らしい一面だった。


「こないだみたいに忘れてないで絶対来いよ? 材料が無駄になっちゃうからな」


 照れ隠しにそんな事を口にしながら、少年はおもむろに少女に小指を差し出した。

 少女は少年の瞳をしっかりと見つめ直すと、満面の笑みを浮かべる。


「……うん。今回も必ず帰ってくるから。何があっても。だから、九日後の夜は、最高にとびっきり美味しいタルトを作って待っててね!」


 少女も少年にならって、小指をピンと立てる。

 二人の指が絡まり、どちらからともなく同じ言葉を言い合った。




「──約束だよ」





     ◆








 ──そして、約束は果たされない。




 ──それからどれだけ経っても、厳しい冬をまたぎ、戦争が休戦となってからも、その日以来、少年が再びタルトを作ることはなかった。













 そうして、幾年が過ぎた──。








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