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無敵になれない僕ら(8)

 豊を家に連れていき、とりあえず、リビングに案内した。リビングは雑誌やペットボトルのゴミなどで散らかってはいたが、こんな状況なので、豊も特に文句はいってこなかった。むしろ、一人暮らしにしては広い家に住んでいる事に驚き、キョロキョロと周りを見渡していた。確かにこの家は太っている豊にとっては、スペース的には居心地良いかもしれない。


 さすがにリビングの隣にある誠の部屋や使っていない二階などを案内する気はばないが、一応トイレの場所は知らせ、お茶だけ飲ませておいた。


 その間に夕食作りだ。


 まずは洗面所に行き、レモネードをかけられた顔を洗い、ついでに部屋着に着替えてしまおう。


 そしてキッチンに行き、手を洗うと、さっそく準備に取り掛かった。ちなみにエプロンはしない。なんか女子っぽくなるのも嫌だし、別に部屋着だったら汚れても良い。


「よし、チャーハンでいいかね」


 冷蔵庫の中には冷やご飯がある。ちょうど2食だ。豊がチャーハン好きかは謎だが、あの体型だったら何でも食べるだとう(偏見)。卵や中途半端に余ってる竹輪と菜の花もある。具はこれで良いだろう。スープも作り置きしているのにネギ入れて温めればいいか。あとは今日スーパーで買った惣菜の餃子とポテサラを並べればOKだな。


 こうして頭の中で計画をたて、チャーハンから作り始めた。切って炒めるだけだ。男っぽい料理だが、悪くないはずだ。油の良い香りがキッチンンに広がる。


 あとはネギを切ってスープにぶち込んで温めったら完成。やっぱりスープには具だ。あの具のないカフェテリアのカレーを思い出すと、どっさりとネギを入れたくなった。


 あとは全部器に盛り付け、お盆に乗せたら完成だ。豊が気にいるかは不明だが、あの体型だったら、大丈夫だろう(偏見)。


「できたぞ〜」


 我ながら今日のチャーハンも出来が良いと、ニヤニヤしながらリビングへ入る。


 入った途端に違和感が出てきた。いや、いつもと違って豊がいるせいでもあるが。テーブルの上やマガジンラック、テレビの辺りが綺麗になっている。雑誌は発行順に並んでいるし、テーブルは除菌ペーパーで綺麗に吹かれていた。フローリングの床も小さなゴミクズとかも消えていた。


「もしや、佐藤っちが掃除してくれた?」


 テーブルの前に大仏のように座っている豊が頷く。客として遠慮する気持ちもあって掃除してくれたのだろうか。あんな嫌がらせみたいな行為をやった豊だが、根っから悪い人間ではないのだろう。おそらく、事情を聞けば大丈夫そうだ。誠は気づくと、ホッと胸を撫で下ろしていた。


「夕飯作ったぜ、食おう」


 誠はそう言いながら、テーブルにさっき作ったものを並べていく。テーブルはちゃぶ台より少し大きめなサイズの長方形。そこに竹輪と菜の花のチャーハン、餃子、ポテサラ、スープが二人分並ぶ。


 今日の夕食は餃子とポテサラ、それに缶ビールで適当に済まそうと思っていたが、予想外に華やかな食卓になってしまった。器はスーパーの景品でもらった白いものだし、そんな華やかなものは作った記憶はないのだが、二人分あると、食卓にパッと色がついたみたいだった。


「これ、箸。スプーンは、こっちな」

「ああ」


 豊に箸を渡す。そのままガツガツ食べるのかと思ったが、ちゃんと「いただきます」と言って食べ始めた。箸の持ち方も綺麗だ。指はソーセージのように太いので、あんまり様にはなっていないが、意外と背筋もピンとしていて、猫背ではない。食べ方も綺麗で、こぼしたり、音もたてていない。どうやら、豊は育ちは悪くなさそうだった。だからこそ会社のカフェテリアで菓子パンを食べているのは、残念というか、もったいないというか……。


 しばらく無言で食事をしていた。食べながら、レモネードかけた理由とかは問い詰められない雰囲気だし、誠もお腹が減っていた。それよりは、早く飯を食いたい。誠は豊と違ってガツガツとチャーハンを食べていた。目の前に坐る豊と比べると、男っぽい食べ方で、少し恥ずかしくはなってきたが。


 そうはいっても、食べるのは止められない。我ながら今日のチャーハンはよく出来たらと思い誠も無言で食べ続けた。黄金色のお米に、油のいい香り。卵、竹輪、菜の花もいい感じだ。特に後者二つは残り物なのに、こうして見ると、生まれ変わったようだ。全く残り物には見えない。スーパーの惣菜も美味しくいただき、スープも完食した。


「うまかった」


 ついつい自画自賛してしまった。


「どうよ? 不味くは無いだろ?」


 誠はちょっとドヤ顔しながら、言う。そう言えば子供の頃も、こうして母に食事を作っていた。少ない材料費の中から上手くできた時は、ドヤ顔してしまった。子供の頃からやっている事は変わりないようだ。不思議な事に、こうしてちゃんと料理を作って食べると、満足感もあり、スイーツやスナックにお金を使わないので、極秘生活でもちゃんと食事を作っていた。確かに家計は苦しかったが、スープやカレーに具がいっぱい入っているだけで、幸せを感じちゃったりする。


 これが底辺の弱者男性の幸せか?


 でも、資本主義経済のトップに立つエリート様には、感じられない幸せだろう。「どうだ?」と世界にドヤ顔したくなる。


「う、うまかったよ。このチャーハンに、ネギいっぱいのスープって良いよね……」


 豊はそう言い、スープを飲み干した。スープだけでなく、全ての器は空になった。やはり、この体型では好き嫌いはなかったようだ(偏見)。


「だろ?」


 しかし、今日の豊も変な服を着てるな。黒地のシャツに「murder」と英単語のロゴが書かれているが、意味わかっているんだろうか。まさか、本当にmurder、殺人をするつもりはなかっただろうが。


 その証拠のように、豊は再び泣き始め、土下座まで初めている。


「田中さん、ごめんなさい。こんなに良くしてくれたのに、僕は、僕は……!」


 どうやら反省もしているらしい。悲痛な表情を見ながら、心から悪意があって犯罪行為をしたわけではなかったと気づく。


「あー、もうわかったよ。だったら、事情を全部説明してくれる? したら、いいからさ」

「本当かい?」


 豊は顔を上げた。


「おお。俺は根はいい奴だ。全部話してくれれば、警察とか行かないからさ」


 自分は確かに弱者男性かもしれない。ネットの診断では、弱者男性Aという結果も貰ってしまった。実際、社会から見れば極貧家庭出身の底辺男だろう。中卒だし、イケメンでもない。いない歴=年齢だ。


 だからって、心だけは弱くとも底辺でもいたくない。目の前で泣いている男を責めるほど、心は腐っちゃいねぇぞ。誠はそう世界に宣言したくなった。


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