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無敵になれない僕ら(6)

 結局、誠の休日は母の世話で潰れた。あの後、「そういえば母の日近いじゃん、何かプレゼント買ってー」とねだられ、隣町のショッピングモールへ行き、買い物に付き合わされた。その後も家の掃除やら、親戚の対応やらもやらされ、休日は潰れてしまった。


 実家の用事で休日が潰れたアラフォー独身男。改めて文字にすると、涙が出そうになるが、夜はスマートフォンのゲームに熱中してしまい、休日明けの朝番の仕事も遅刻しそうになった。ギリギリ間に合ったが、熊木にドヤされ、罰ゲームのコンテナ処理やゴミ回収の仕事も押し付けられ、休日明けも踏んだり蹴ったりだった。


「あ? そういえば佐藤さんいないな?」


 休日明けの一日はこんな感じで忙しく、豊の事はすっかり忘れていた。仕事終わり、会社近くのバス停で待っている時に今日は豊が出勤していない事に気づいた。


 思わず呟くと、隣にいる同じ部署の三葉治郎が反応した。三葉は、六十過ぎのおじさん(おじいさん?)だ。


 頭は半分以上禿げ、身長も低めで小柄。ただ、声が大きく、性格も明るい。熊木にドヤされてもスルー。その上「彼氏と喧嘩でもしたか?」なんて笑顔で対応し、メンタルはかなり強い。聞くとことによると、家に鬼嫁がいるらしく、メンタルが鍛えられているらしい。欠点といえば、噂好きで、何でも話を盛って広めてしまうところだろうか。誠のことも何故か大卒だと勘違いし「エリートくん」というあだ名を勝手につけられていた。


「そういえば、佐藤っち来てないね。エリートくん、なんか気になったか?」

「いやいや、エリートじゃないですから。っていうか、佐藤さんとも仲良しなんですね?」


 誠は思わず苦笑する。三葉はメンタルが強い上にコミュ力も高く、誰とでも打ち解けているところがあった。外国人の同僚はもちろん、元引きこもりとか、入れ墨入った人ともフレンドリーに話しかけていた事も思いだす。


 しばらくバスは来ないようだった。田舎という事もあり、そう頻繁には来ない。会社からバス停まで続々と社員たちが並んできている。行列ができているが、あと数分は待つ必要があった。


 今は春だが、今日は少し肌寒い。夕方という事もあるだろう。ここから少し遠くの方に、海み見えるが、海面はオレンジ色に染まっているのが見えた。


「いや、君はエリートさ。ガハハ!」

「うーん、三葉さんのそういう強いところは、悪くないと思うんですけどね。って、佐藤さんのことなんか知ってます?」

「うん。前にかるーく話したんだが、あの子、借金と病気もあって苦労しているらしいよ」

「本当ですか?」


 なぜか、豊について語る三葉の目が優しい。三葉にとっては息子ぐらいの年齢ではあるが、完全に子供扱いしているっぽい。確かに豊の雰囲気は、妙に子供っぽく「あの子」と言いたくなる気持ちはわかる。


「かわいそうに。家族がカルトにハマって、苦労してるらしいよ」

「そっか」

「俺もわかるよ。俺も底辺でずっと苦労してきたから」


 いつのまにかバスが来て、三葉と乗り込む。その間にも、彼と話を続ける。


 所詮、誠たちも非正規労働者で、立場は高くない。世間からしたら、踏みつけられる立場だろう。という背景もあり、こんな風に同僚とは打ち解けやすかった。本当のエリート様には信じられないだろうが、底辺は底辺同士で仲がいい。同僚が困ってたら助けあう、心配するという事もナチュラルにやっていたりした。もっとも同僚同士でギスギスしている職場もあったが。もう底辺としてすっかり諦観しているので、誰かの足を引っ張ろうとか自分だけ得しようという発想は皆無だった。


 明治時代の貧困窟も、底辺同士で食べ物を分け合って暮らしていたらしい。誠も極秘の出身だが、運良く食べ物を貰えた時は、同じようなシングルマザー家庭にお裾分けも普通にやっていた。底辺も極まると、助け合いの精神が生まれるのだろう。底辺は、誰かを蹴落とすような資本主義的な競争とは無縁となる。確かに争ってる底辺もいるだろうが、誠の今も昔の環境はそうではなかった。心までは腐っていないのだ。


「なんか、佐藤っちの事心配だな」

「ですねぇ」


 誠は三葉に深く同意し、頷いていた。


「やっぱり熊木さんがキツいっすよね。上のマネージャーに言った方がいいのかね?」

「うーん、でもエリートくん。熊木が逆ギレしてきたら厄介よ。前も食品工場にいたけど、こういうので揉めて大変な事になったしな。あいつは若いけどお局ってやつ。取り扱い注意だ」


 三葉と話すが、結論は出なかった。その内、バス停につき三葉と別れた。


 何となくモヤモヤしつつもスーパーで買い物し、家に帰る。もう夕方も過ぎ、夜になっている。早く帰って夕飯作って、風呂入って、洗濯ものを畳んで……とタスクを頭の中で考えながら、家の門の前までついた時だった。


「うん?」


 背後に視線のようなものを感じる。そういえば、時子から聞いた泥棒はまだ捕まっていない。


 誠は三十六歳。アラフォー男だ。背も低いが、男だ。そう男だ。泥棒一人を怖がっている場合ではないはずだが、背筋がゾワゾワとしてきた。三白眼のキツネ顔に、たらっと汗が流れる。


「誰だ?」


 自分は男だと言い聞かせながら、振り向いた瞬間だった。


 ザバッ!


 何か液体をかけられた!


 目に何かが入り、視界が変になり見えない。思わず、手に盛っていたエコバッグを落とす。


「な、なんだ、これは!」


 手で顔を拭きながら、かけられた液体がレモネードだと気づく。シュワシュワとした炭酸の感触がするが、同時に砂糖でベタベタしてきた。


「待て!」


 犯人は誰だ?


 レモネードをかけられた方向を見る。男の人影が見えたが、まだ目が痛くて確認ができない。


「待て!」


 とりあえず、人影を追うしかないようだ。誠は影を追いながら、めちゃくちゃに走っていた。レモネードのせいで顔はベトベトで酷いあり様だが、こんな時に見た目など気にしてはいられない。


 とにかく人影を追っていた。


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