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無敵になれない僕ら(5)

「誠ちゃん! 来たよ!」


 玄関の扉を開けると、母がいた。思わず誠も目は死んでいく。


 母も近所の重奏町に住んでいる。長年シングルマザーとして苦労していた母だったが、一昨年、再婚した。再婚相手はキリスト教の牧師。誠からすれば一応義父。義父は、神学校で教師や神学の本などの出版もあり、母はようやくお金に困らない生活をしていた。


 母はキリスト教なんて全く興味が無いどころか、スピリチュアル詐欺にもあうような女だったが、シングルマザー向けの食糧支援が教会でやっているのをきっかけに、義父と知り合い、長い交際に末にようやく結婚した。


 誠も義父をよく知っている。本当に金がない時は、パンや米をよく恵んで貰った。義父というよりは、食べ物の恩人といった感じの人だ。宗教には興味はなく、怖いイメージしかないものだが、義父を通して、そんなものも偏見だったと気づく。食糧だけでなく、義父のは時々相談にも乗って貰ったりしていたので、足を向けて寝られない。


「ちょっと、母ちゃん、何?」


 確かに義父はよく出来た人だが、母は結婚しても相変わらずだった。たまに何の連絡もなく、家にやってきたりする。


「ご飯作るの面倒でさ。誠ちゃん、奢って」

「えー」


 おもわず「めんどくさい!」と顔をしてしまうが、母はスルー。もう六十を過ぎているはずだが、性格はまだ二十代かと思うほど幼いところがある。だからDV父みたいのに騙され、極貧生活に陥ったわけだが。服装もシャツとズボンだったが、上下とも淡いピンク色だ。髪の毛も染めているし、母は昔から大人の落ち着きのようなものがなかった。今で言うと子供おばさんというものに近い。


「裕司さんはどうしたんだよ。むしろ母さんが、朝ご飯作るべきでは?」

「裕司さんは、京都に出張なのよ。裕司さんもいないと一人で朝ご飯作る気分にもなれなくてね」


 それで誠の家にたかりに来たというわけか。仕方がない。誠はため息をつきつつ、母を家に入れ、朝食を作る事にした。


 母はリビングへ行き、部屋の汚さなどに文句を言っていたが、スルーだ。誠はキッチンへ行き、朝食を作り始めた。


 まず卵だ。せっかく産みたての良い卵を貰ったのだ。使わない手はない。


 適当に割り、スクランブルエッグをつくる。目玉焼きにしようか悩んだが、冷蔵庫にケチャップが中途半端に残ってた。やっぱりスクランブルエッグにしよう。


 それが終わると、スープやトーストを手早く作っていく。スープは余った野菜をコンソメで煮るという手抜き極まりないものだが、ほうれん草やきのこ、コーン、にんじんも入り、見た目は具沢山スープだ。ちなみにコンソメは、konozonのセールでまとめ買いした。このコンソメの背景には、自分のような下っ端がせっせと働いていると思うと、涙が出てきそうだった。


 出来上がった朝食を全部お盆に載せ、リビングのテーブルに持っていく。


 スマートフォンをいじっていた母だったが、すぐに顔をあげて、満面の笑みだ。


「誠ちゃん! コーヒー忘れてるから」

「あー、もう面倒くせぇ」


 インスタントコーヒーを作り、こうして親子二人で朝食を食べ始めた。


 母はこれでも一応クリスチャンなので、食前に長々とお祈りを捧げていた。こうして祈っている姿を見ると、あんまり母親っぽくないので、こそばゆい。


 テーブルの上は、スクランブルエッグ、トースト、具沢山のスープ、インスタントコーヒーと賑やかなものとなった。


 食器は全部スーパーのキャンペーンで貰った安っぽい白いものだが、卵、野菜、トーストの色で華やかだ。このぐらいの朝食はいつもつくっているわけだが、やっぱり誰かとの食事は会話がはずみ、いつもよりテーブルが華やかに見えてしまったりした。


「誠ちゃん、誰かと食べる食事っていいよね」


 母はスクランブルエッグにケチャップをかけながら、しみじみ呟く。目尻に濃い皺ができている。身体も昔より小さくなってきたようにも思う。側でトーストをがっついていた誠は、なぜか寂しいような気持ちも生まれていた。


 子供の頃の極貧生活も思い出したりする。お金がない中で、何とか食べられる食事を作っていた。母と泣きながら食べたご飯は、数えきれない。正直なところ、誰かとの食事はそんな美化したい気持ちは無いのだが。


「そうか?」

「そうよ。裕司さんから聖書教わってるけど、イエス様って色んな人と食事してるのね。悪い人や貧しい人とかとも一緒にね」

「そっか……」

「やっぱり黙食なんてダメね。一人のご飯なんて、私は病みそうよ」


 母の言いたい事は、何となくわかる。別に誰かと食事したって、大きな変化や生産性はあるわけはない。それでも、なんとなく今日の朝ごはんも、いつもより美味しくは感じていた。その理屈などは全く分からないが。


 そんな話もしつつ、テーブルの上のご飯は、瞬く間に消費され、空になってきた。中途半端に余っていたケチャップも消費でき、誠はニヤっとしてしまう。キツネ成分の多い顔だ。三白眼で目つきは鋭い方だが、今は穏やかな表情だ。キツネ成分に犬っぽい柔らかみが足されていた。


「そーいえば、誠ちゃん。仕事はどう?」

「まあ、楽ではないね。上司に一人、変なヤツがいる」

「へえ、同僚はどんな感じ?」


 ふと、なぜか佐藤豊の顔が浮かんでしまった。あの男はこんな朝食を食っているのだろうか。菓子パンをボソボソ食べている姿しか思い浮かばず、いい気分はしない。


 弱者男性。


 ネットで見たあの呪いのような言葉も思い出し、誠の表情に穏やかさは消えていた。


「そっかぁ。そんな同僚がいるのね」

「なんか要領悪そうっていうか、気になるね。余計なお節介なんだろうけどさ」


 上司の熊木に罰ゲームの仕事を押し付けられたり、ドヤされている豊の姿も思い出すと、このまま放っておいて良いのかも悩む。向こうだっていい大人だし、お節介みたいな事はあんまりしたく無いが。


「私だったら、裕司さんやイエス様に優しくしてもらったように、その同僚にも接するよ」


 母はそんな事も言っていたが、誠にはなかなか難しい事だった。まさか豊が無敵の人のように自暴自棄になり、何か犯罪をやる事はないと思いたいが、なぜか嫌な予感もする。


「美味しかった。ご馳走さま」

「おお」


 嫌な予感はなぜか消えなかった。見えない存在のようなものが、何か悪い予感を送っているような気もしたが、どうすれば良いのかわからなかった。


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