無償の愛の謎(15)
「そうか、このクソ女は結婚詐欺師だったのか」
「そうだ、糸原。最低な女だぜ」
「なんですって!」
共通の敵を作れば、糸原を説得できるかもしれない。敵は亜由でいいだろう。亜由はさらに怒り狂っていたが、どうでもいい。
「こいつはな、こんな豊みたいな真面目な男を騙し、金をむしり取っていたのさ。最低だろ?」
「ああ、最低な女だな。俺の事いえねーよな?」
そう言われて亜由は初めて怯んだ。
「君はイケメンだが、この豊に同情できるんだな。ありがとうよ」
そう言うと、糸原は泣きたいようだ。グシャっと表情を歪めている。相変わらずプレハブの外では警察が何か説得しているようだが、中の雰囲気は変わり始めた。
「な、何だ?」
しかも豊も意識を取り戻していた。アリスはまだ伸びているが。
「し、静かに」
何か騒ぎそうな豊に耳打ちする。
「俺はな、ずっと苦労してきたんだ。親父もお袋もカルトにハマって借金地獄」
堰を切ったように糸原は、身の上をはなしはじめた。彼の両親がハマっていたカルトは、荷島太郎が癒着している団体だった。同期が見えてきた。おそらくその復讐だろう。
糸原も借金漬けになり、男に身体を売って生活費を稼ぐようになる。見た目が良かったのが逆に災いしたようだ。ホストもやっていたようだが、ブス相手に手を繋ぐだけでも、吐きそうになるらしい。
「特におめえのようなブスは最低だ!」
「何ですって!」
再び亜由と口論を初めてしまった。
糸原の身の上は同情はできる。できるが、納得はいかない。豊と似たような境遇だ。確かに誠にレモネードをかけるような事もあったが、基本的には、犯罪に手を出すようなことはしない。心は純粋だった。こんな愚かな結婚詐欺師に騙されるぐらい。
「亜由ちゃん……」
亜由の本性を目の当たりににした豊は呆然としていた。こんな形で豊の頭の花が枯れた事は、残念としか言いようがない。
「いや、ショックなんだけど……」
豊は今にも泣きそうだが、亜由はさらに酷い事を言ってきた。
「あんたみたいな弱者男性チー牛に本気になわけないじゃん。私は高身長のイケメンが好きなのよ」
そして糸原にメスっぽい視線を送る。なぜか糸原は亜由にブチギレ「ぶっ殺す!」と吠える。何だか糸原の方が数倍まともに見えるのだが。
そんな事を思いながら、手首を左右に動かすと縄が緩くなってきた。これだったら解けるかもしれない。
「くっ!」
亜由と糸原の言い争いを横目に、歯を食いしばり、何とか縄を解く事に成功した。すぐに豊の縄も解いてやる。
「豊、糸原を捕まえる」
「そんな、無理だ」
小声で話すが、豊はおじけづく。
「お前は、糸原にタックルしろ」
「そんな無理」
「その間にあの銃を奪う」
「無理ー」
しかし、豊は運動神経はいい。デブだが、だからこそ糸原に突撃できる。幸い、相手はメンヘラ相手に手こずっている。その証拠に誠たちの様子に気づいていない。亜由はメンヘラクソ女だが、この時ばかりは助かった。
「大丈夫だ。俺らは最強じゃないのか?」
「うっ……」
「悔しくないのかよ? お前は心まで腐っとらん」
「そうか」
「俺らは色んな意味で無敵だ!」
本物の無敵の人である糸原は側にいるが、今は、なぜか怖くない。
「うおおおおおおおお!」
豊は雄叫びを上げながら、糸原に突進!隙をつかれた糸原は、豊に身体を抑えられ、身動きがとれない。
その豊の姿は、豚じゃない。弱い男でもない。力みなぎるイノシシに見えた!
もう糸原は袋のネズミ状態になり、全く身動きがとれない。あの銃も手放した。
「どけ! クソ女!」
一方誠は亜由を軽く殴って倒し、糸原が持っていた銃を回収。
そしていつの間にか起きれいたアリスが外へ行き、警察読んできたようだ。狭いプレハブに警察官たちが雪崩れ込み、糸原はお縄になった。
亜由も逃げようとしていたが、この状況では無理だ。こちらもあっけなく警察に捕まっていた。
混乱の中、誠はアリスと合流し、豊のそばまで駆け寄る。
「豊! よく頑張った!!」
「豊さん! この時だけはイケメンよ! 最高!」
アリスも駆け寄り、彼を抱きしめる。
「これは、夢か……?」
しかし、いくらイノシシ化した豊でも、キャパオーバーだったらしい。気を失い倒れた。アリスの腕の中で、ぐったりと力尽きている。
「すき焼き食べたかった……」
そんな言葉だけ残して。
そういえばすき焼きの事は、すっかり忘れていた。おそらく、このすき焼きは腐らせる事になりそうだが、どうでもいい。
これで事件は一件落着。
「俺たち、最強だからな!」
誠は汗や擦り傷で、見た目は最低な事になっていたが、晴れやかな表情を見せていた。




