無償の愛の謎(9)
重奏町の中央にある駅は、大きなロータリーがあり、バスも乗り入れている。誠達は毎日ここからバスに乗り、konozonに向かう。
田舎にある駅だが、この辺りはスーパーやコンビニもあり、家の方より栄えている。といっても人は少ないので、街路樹に隠れ、豊の姿を伺う。
誠はいつもより老けた感じの変装をしていた。メガネをかけ、落ち着いた色合いのジャケットを羽織る。つけ髭をつけると、さらに老け込んだ雰囲気になり、隣にいるアリスとは叔父と甥にしか見えない。アリスもバッチリと男装がきまり、パーカーやジーンズ、キャプで活発な中学生に変身していた。もちろん髪はカツラで短髪だ。髪型が変わるだけで、全くお嬢様に見えないから、不思議なものだ。
「アリス、俺の変装どうよ?」
「いつものキツネ顔が中和されて、学校の先生っぽいわ。グッドよ!」
小声で話しながら街路樹に隠れる。一方、豊は、ロータリーのそばんあるコンビニの前で待っていた。街路樹があるこの位置からは死角になり、五十メートルほど離れている。豊は二人には全く気づいていないようだ。
緊張しているのか、豊は汗をダラダラ流し、貧乏ゆすりもしていた。確か荷今日は天気が良く、暑いぐらいだったが、汗流しすぎだ。ジャケットも似合ってなく、ズボンはパツパツ、シャツもボタンを一番上まで止めているので、七五三のよう。豊の前を通る親子連れが、彼を見てクスクスと笑っていたが、アリスも笑いを堪え、ほうれい線あたりがピクピクしている。
いつもの誠だったら、こんな豊を見て爆笑してるはずだ。腹を抱え、目に涙を浮かべて笑っているはずだろうが、今は複雑だ。世間から叩かれている荷島太郎を庇っている。結婚詐欺とは知らずに亜由に惚れている純粋さを思うと、笑えない。豊のような男を食い物にする社会の方が、意味不明だと思う。
「しかし、豊さん。面白い格好ね。メモしておこう」
「完全にネタにしてるな」
「まあ、亜由の事は捕まえたいって思うけどね。それより面白さの方が勝ってしまうわ」
豊をネタにしているアリスもなかなか酷い。
「あれ? あんた達、もしや田中さん? え、荷島さんとこのアリス?」
そこに、原田家の晶子が歩いてこっちにやってきた。なぜか二人の変装を見抜いてしまった。町内会長の娘で、誠と豊を気持ち悪いと言いまくった女子中学生だ。そばで顔を見ると、いかにも、クソガキと言いたくなるが、変装を見破られたのがショックだった。
「何でわかった?」
「いや、何となく?」
今日も晶子はスマートフォンに夢中で、誠達の眼を目を一切見ずに答えた。
「ちょっと事情があるのよ。黙っててね? お願い」
晶子はアリスに見つめられ、顔を真っ赤にしていた。確かに今は少年風に変装しているが、美人お嬢様である事は変わりない。そんなアリスに上目遣いで頼まれれば、晶子も否定できないようだ。アリスの中身は、かなり残念だが、外側は良い事は否定できない。上手く晶子を言いくるめ、「ルッキズム怖い!」と震えたくなる。
「遅れてごめーん!」
何となく晶子も交えて三人で街路樹に隠れていると、亜由がトロトロ走りながらやってきた。ダサい花柄のスカートに白シャツという格好だった。絶妙に芋臭く、ファッションだけ見たら、とても結婚詐欺師に見えないものだ。誠も笑顔で不器用に走ってくる亜由は、見た目だけは可愛いと思ってしまうぐらいだ。なかなか相手は手強い。豊が騙されるのも仕方がないだろう。亜由を見てデレデレした笑顔を見せる豊の気持ちも少しはわかる。
「あの芋っぽいアラサー女何?」
何の事情も知らない晶子は、亜由に良い第一印象はなさそうだった。確かに中学生からしたら、微妙なアラサー女がぶりっ子というのはきついだろう。
「っていうか、あの女見た事ある?」
「は?」
晶子は、スマートフォンの画像を漁り、見せてくれた。
そこには時子無人野菜販売所の近くに立つ亜由。一人じゃない。隣には男がいて、腕を組んでいた。一目で深い関係だとわかる親密さだった。
「え、この男誰?」
アリスは画像をまじまじと見つめるが、心当たりはないようだ。
それもそのはずだ。
画像の中の亜由は、あの婚活パーティーの一番人気のイケメンと一緒に映っていた……。ホスト風のルックスで、どこか不自然な顔つきだったが、あの中では一番人気だった。確か名前は糸原悠。
「芋臭い割にイケメン好きかよ。きっも! ってあのデブとも付き合ってるの? 何この女……」
口の悪い晶子だが、この時ばかりは誠も深く頷いてしまった。




