無敵になれない僕ら(2)
「つ、疲れたわ…」
深夜二時だ。ようやく休憩時間に入り、配送センターの二階にあるカフェテリアに向かう。
この会社は基本的に性悪説で成り立っている。配送センターから出る時は、空港のような金属探知機のゲートをくぐり、ようやくカフェテリアに行ける。その為に時間は十分ぐらいロスするので、腹も余計に減ってくる。
カフェテリアの前にある食券の前に並んだ時は、空腹でぐったりしていた。
誠は目が細く、鋭い三白眼が特徴的だ。キツネ顔でもある。子供の頃のあだ名は、お稲荷さんorまこちゃんだった。
そんな誠だが、今は疲労と空腹で、瞼が重くなり、たぬき成分が入った顔になっていた。クマもできているので、パンダ成分も入っていそうだ。見た目は簡単な商材の登録や配送の仕事だったが、想像以上に体力を使った。それに同じ作業の繰り返しなので、余計に奴隷感がある。
そんな中、休憩時間の飯は一番の楽しみと言ってもいい。広いカフェテリアの食券機の前に行くと、ワクワクする。
しかし、夜勤シフトのものは日勤より大幅に少ない。したがってカフェテリアのメニューも絞られ、ニ種類しかない。その一つの定食もすぐ売り切れになる事が多く、誠は、食券機を見て絶望感を味わっていた。顔のタヌキ成分が増し加う。
定食は売れきれになり、カレーしかなかった。このカレーは、二百円だったが、なんと具が入っていない。夜勤でこの値段だったらコスパは良いのかもしれないが、食べる事が好きな誠はショックだ。漫画のように「ガーン」と音がしそう。
それでもく他に選択肢はない。カレーの食券を買い、カウンターで引き換え、カフェテリアの椅子につく。
もっとも夜勤なので、カフェテリアの席は余裕があって座れるが。窓際のちょっと良い席に座ると、夜の港町が目の前に広がっていた。吸い込まれそうな夜空に、灯りはポツポツと浮いている。他の企業の配送センターなども見え、こんな時間も仕事をやっている連中ばかりだろう。
カフェテリア内は、静かなクラシックが流れているそうだが、社員たちの話し声でよく聞こえない。広々としたカフェテリアだったが、深夜であるのにも関わらず、そこそこの賑やかさを見せていた。
「いただきます」
一応手を合わせ、カレーを食べ始めた。匂いも何もしないカレー。見た目はただ茶色いソースっぽい。実際、本当に具が入っていなかった。コーン一個、ニンジン一欠片も入っていない。子供用のレトルトカレーでも、もう少し何か入っていたような……。
それでも周りの社員たちは、気にせずカレーを食べているものが多い。
誠は思わず首を捻る。
誠はシングルマザーの家で育ち、極貧生活をやっていたわけだが、母にひもじい思いをさせたくはなかった。だから自炊も早く覚え、少ない食材で美味しい料理を作るのが得意だった。貧乏飯だったら、料理研究家にも負けない自信もある。だからこそ、具の無いカレーが意味がわからない。確かに肉は贅沢だが、コーンぐらい入れたってバチは当たらないじゃないか。ほうれん草入れたい。ツナ缶だって贅沢だが、もうちょっとこう何かあるだろ……。
二百円のカレーに心の中で文句をつけつつ、結局完食。
「ご、ご馳走様……」
一応御礼は言う。
早く家に帰って、うちにある野菜でスープとおにぎりでも作りたい気分だ。やっぱり具沢山なには、豊かさの象徴だわな。
豊かさ?
この言葉が何か引っ掛かると思い、カフェテリアをぐるりと見て回る。
隅の方の席で、佐藤豊が菓子パンを齧っていた。おそらくこのカフェテリアの側にある売店で買ったものだろう。その表情は覇気もなく、目が死んでいた。
菓子パンは確かに安い。二百円以下で買えるだろう。しかし、添加物はモリモリだし、血糖値は爆上がりだし、ろくでもない食品だ。誠はパン工場でもバイトをした事があったが、それ以来絶対菓子パンは食べたくない。同じような理由でコンビニ弁当、コンビのサンドイッチなども避けていた。
「なあ、佐藤さん。菓子パンでいいのか?」
思わず、声をかけてしまった。豊はソーセージのような太い指で菓子パンをつかんでいたが、ポロッとテーブルの上の落とす。菓子パンでもクリームパンのようだが、表面は不自然にテカテカと光り、綺麗だけど美味しそうには見えなかった。
「このパン、好き系の人?」
誠は豊の隣に座り、改めて彼の姿を見てみる。一言で表現すればデブ。髪は天パ。色は案外白く、目もパッチリ系だ。もしかしたら子供時代は可愛い子だったかもしれない雰囲気はした。こうして栄養素の悪い菓子パンを食べていたが、姿勢は悪くないし、動作はどこか品がある。熊木にドヤされているとはいえ、仕事は真面目にやってる。サボってもいないし、言葉遣いもいい。
もしかしたら、意外と弱者男性じゃないのかもしれないが、何だかこの男が気になってきた。
「まあ、不味くはないよ」
「そうかね?」
「田中くんは、どこに住んでる系?」
誠は会社の近くの重奏町という町に住んでいた。会社からバスで二十分ほど。会社は海辺にあるが、そちらは山側で畑なども多い田舎の町。この辺りは海と山が両方ある珍しい地形だった。
「ふーん、近くていいね」
「おたくはどう?」
「えっと」
豊は意外と遠くから通っていた。片道1時間半以上かけて通っている事が判明。そう言えば同じ部署とはいえ、豊とこんな風に話すのは初めてだった。誠は部署の異動があり、ここに来てから三ヶ月。一方豊も三か月前に転職してきたという。
「えー、きつくね? っていいか、そっちの方が仕事ないの?」
豊の住む街は、都心の方で他にコスパの良い仕事も色々ありそうなのだが。
「色々あってさ……」
「そうか」
そう言われてしまうと、これ以上聞く事はできない。工場やこの配送センターの仕事は、明らかに訳アリのものも多い。誠だってシングルマザー育ちの貧困出身者だ。今までの職場でも訳アリ外国人、発達障害のあるもの、DVの被害者、少年院から出てきてすぐの者も見てきた。中には刺青を入れたものとも一緒に仕事をしたことがあり、何か訳があっても特に驚かない。
工場はここのような配送センターの仕事は、そんな包容力はあるのは確かだ。特にこのkonozonの下っ端の仕事は、経歴や学歴は不問だ。資格も必要ない。見た目だけでも「お察し」系の人は少なくはないと感じる。ここは懐が広いのだ。都心のオフィスでは絶対無い光景だろう。きっとそこは美男美女と高学歴しか入れない結界が張られている。
「まあ、よく知らねーけど、頑張れよ!」
「う、うん」
誠は笑顔で励まし、豊の前から去る。
それにしても今日の豊も変なシャツ着てるな。黒字に「sight!」というロゴがプリントされているのだが、母ちゃんに買ってきて貰ったのだろうか?