無償の愛の謎(5)
この数日、豊はポーッとしている事が多かった。食事中も残す事が多く、口数も減っていた。
仕事中もミスを連発し、開墾厳禁のダンボールを開いたり、ベルとコンベアに載せてはいけない瓶類をコンテナに詰め、いつも以上に熊木の怒号が飛んでいた。
ちなみに変なおじさん、貝原一雄もkonozonに即日採用さて、誠達と一緒に働いていた。貝原は想像以上に手際がよく、ミスも全くしないスーパーおじさんだった。あの熊木も一目奥ぐらい有能で、紹介した誠や豊もマネージャーに礼を言われるぐらいだったが。
「という事で、あれ以来豊は、どうも様子が変なんだよなぁ。貝原さん、どう思う?」
ある日、会社のカフェテリアで貝原と一緒に昼ごはんを食べることになり、会話は自然と豊の事になってしまった。
昼のカフェテリアは混み合い、騒がしかったが、今日はA定食も無事にゲットできた。貝原は自作の弁当だったが、美味しいご飯を食べられるのは、いい事だろう。
一方、豊はカフェテリアの端に座り、菓子パンを齧っていた。その顔はボーッとし、目もとろんとしている。少し前に逆戻りしてしまったようだ。
一応豊にもそれとなく「亜由さんとはどうよ?」などと聞いてみたが、無視されている。その事は一切話したくないという圧が身体全体から出ていた。
「そうだな。俺は婚活パーティーマニアなんだが」
「そうなん?」
「おお、俺はいろんなパーティーに参加するのが、もはや趣味になっとる」
そう語る貝原の表情は達観し、本来の目的はすっかり忘れているようだった。当然のように貝塚の左手には、指輪も何もなかった。
「あの亜由って女は怪しいのー」
「やっぱ、そう思う?」
今日のA定食は、チキンカツにタルタルソース、サラダ、味噌汁、ご飯。貝原はそぼろの三食弁当だった。手の込んだ弁当。独身のおじさんが、この弁当を持ってきているのは、強さも感じた。変なおじさん呼ばわりしていた事を謝りたい。
「だって婚活女が、豊くんみたいな女にいくのは、どう考えてもなぁ……」
「ですよね」
「それにしても婚活って、年収とか顔とか、外側のもんばっかりだわな。逆に結婚生活ってのはそんなものは、だんだんと価値がなくなっていくのな。婚活すればするほど、結婚なんてできないんだろうなって思う」
貝原はしみじみと呟いていた。
「条件ではない、無償の愛はどこにあるんだろうね?」
遠い目をしながら、そんな事を言われてしまい、誠も箸が止まってしまう。
「親とか?」
そう言いつつ、死んだ父親DVしていた事も思い出す。母親も、無償の愛があったかはわからない。父親は顔と口だけは良い男で、今思えば母もその見かけに騙されたいたとも思う。誠だって母には複雑な感情があり、極貧生活中は母を恨んだ事は数回ではすまない。今も学歴がない事にコンプレックスもある。親のそれが無償の愛かどうかはわからない。
「まあ、そんなもんは無いんだろうね。婚活女を見ていると良くわかる。ぜーんぶ見せかけの条件ばっかりさ」
「まあ、そうでしょうけど」
誠はちらっと豊の方を見てみた。相変わらずぼーっとし、菓子パンを齧っている。
そういえば豊も女には、あまり期待していないようだった。豊も貝原のように婚活パーティーに参加し、諦めの境地に至った可能性はありそうだった。だから余計に亜由に好かれて舞い上がっているのだろうか。同じ家に住みながら、豊の考えている事は全く分からずない。そもそも誠自体、ろくに恋愛経験もない。経験できずにおじさんになってしまった。
「どこにあるんでしょうね? 無償の愛は」
「ないね」
貝原は断言すると、再び弁当を食べ始めた。
「そうです、ね……」
その通りだと思うが、何だか悲しくなってきた。自分も知らないうちにそんなものに期待していたのかもしれない。
今日食べたA定食はあんまり美味しくなかった。具なしカレーではないのに、味がしょっぱい。




