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最強の二人〜彼らの謎多き日常〜  作者: 地野千塩


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多様性とご近所の謎(11)

 原田家を後にした二人は、県道から田舎道に入り、荷島家の方に向かっていた。


 今のところ、アリスが第一容疑者だ。とりあえず、荷島家に行き、アリス荷事情を聞く事に決まった。


 いつの間にか陽も翳ってきた。田舎の長閑な田んぼや野菜畑は、柔らかなオレンジ色に染まってきた。今日の仕事は夜勤だ。夜の9時半までは職場について無ければならない。今日はあまり寝られず、昨日の疲れも完全に取れていないが、今は犯人を探すという使命に燃え、途中で辞めるつもりにもなれなかった。


「やっぱりあのお嬢様のアリスが犯人か? しかし、BL的な動機というのもよく分からんし、だからって怨恨の可能性も低いな」


 誠はメモ帳やあのメモを見ながら、余計に悩ましい。アリスは今のところ第一容疑者だが、動機が全くわからない。


「あ、もしかしたら、僕、アリスちゃんって子に恨まれているかも」

「うん? 何か心当たりがあるのか?」

「だって、あの時挨拶しに行った日、クッキーたくさん食べたから」

「まあ、食べ物の恨みは可能性としてありうるが」


 そんな誠と豊も冷蔵庫の使い方は、頭を悩ませているところだった。今のところは問題はないが、間違って相手のプリンやアイスなどを食べてしまった場合、大喧嘩に発展するのは目にみえた。


 という事で冷蔵庫には、自分の食べ物(特にスイーツ系)はマスキングテープ で自分の名前を書き貼り付けるルールを作った。家の冷蔵庫の前のは、マスキングテープ と油性マジックがぶら下がっている。会社の冷蔵庫も同じようなルールだったし(会社では社員番号と名前をマステに書く)、悪くないルールだろう。


「もう、お前食いすぎだ。コミュ障なんだかメンタル強いのかさっぱりわからん」

「いや、それほどでも」

「褒めてねー」


 そんな事言いつつ、田舎道を歩き、義父の教会の方にも近づいてきた。荷島家に直行しようと思ったが、時子から貰った野菜を届ける事にした。それに義父は牧師だ。この重奏町の住人の悩み相談にものっているし、何か知っている可能性もある。


 さっそく二人は、教会に入る。庭や家の方には義父も母もいなかったので、礼拝堂の方に入る。


 礼拝堂といっても、大聖堂みたいな施設ではない。むしろ民家を改造した地味そのものの一階建の施設だ。ステンドグラスや聖人の像もない。もちろん懺悔室や免罪符の販売もない。誠は中学の時の修学旅行で長崎の教会も見た事があるは、あの観光地のような場所にある教会とは雰囲気が全く違う。教会と一言でいっても宗派によって傾向は異なるらしい。宗教に詳しくない日本人である誠にとっては、カトリックとかプロテスタントとか言われても、なかなかピンとこないものだが。ちなみにカトリックの神父は一生独身。一方、プロテスタントの牧師は結婚できる。この違いだけは誠も母を見ているので知っていた。


 二人で礼拝堂に入り、靴を脱ぐ、下駄箱に入れるとスリッパを履く。ここでは土足厳禁だった。民家のような礼拝堂だが、一応宗教施設だ。厳かな雰囲気はゼロではない。ここで大騒ぎしたり、下ネタ系の冗談は言えない。誠は頭の中の辞書にある「新垣結衣」は、とりあえず消しておいた。


「牧師さーん、こんにちは!」


 礼拝堂に入ると、何と豊の方から義父に挨拶していた。あの豊が自分から挨拶しているとは。やっぱりこの男は、「弱者男性」ではない。プライドも高くないし、素直だ。それは、成長する余地、伸び代があるという事だ。少し豊を見直したくなった。


 義父は、礼拝堂の椅子に座り、一人で聖書を読んでいるようだった。前会った時と同じようにスーツ姿だ。


 礼拝堂の中も、見た目通りにシンプルだ。椅子が並び、説教台がある所は、学校の教室みたいに印象だ。といっても奥の方にある本棚には、宗教関連の本ばかり入っているので、そこは教室とは異なる部分だろう。本棚には、LGBT関連の書籍も入っていた。確かに教会では、同性愛は罪ってやつなのだろうが、こんな本棚を見ていると、その人達を憎んでいるという感じもしない。罪を憎んで人を憎まずってものなのかもしれない


「おお、君たちか。仕事は?」

「いや、野菜のお裾分けですよ」

「どうぞ!」


 豊は新鮮な野菜を義父にあげた。これには、厳しそうな義父も笑顔を見せ、スムーズに話が出来る雰囲気が出来上がった。やはり、時子のいう通り、野菜を出汁にしてよかった。


「まあ、座りますか」


 義父に促され、二人も礼拝堂の椅子に座る。少々安っぽいパイプ椅子だったが、義父によると、持ち運びしやすくて良いらしい。ここで大きなテーブルを出し会議や食事会をするこ事も多いという。海外のテレビドラマに出てくるような教会は、ガッチリとした椅子が据え付けられてるイメージもあるが、ここは質素で倹約な雰囲気だった。


 義父に出された緑茶を飲みつつ、事情を説明した。今のところアリスが第一容疑者である事も。緑茶はカフェインも多いのか、二人とも目が覚めてしまう。本当はもっと眠る予定だったが、カフェインのおかげで目覚めて調査できそうだった。


「荷島さんちのアリスちゃん?」


 ここで義父が食いつく。


 やっぱりアリスが犯人か?


「実は一カ月ぐらい前、アリスさんから相談を受けたんです。いや、こんな話は君たちに話していいものか」


 今は個人情報もうるさい時代だ。義父の口が重くなっている理由も理解できるが。


「僕は人に言いふらしたりしませんよ」

「俺もです。誓います」


 教会で誓うなんていうと、笑えない雰囲気になって来たが、よっぽど二人とも覚悟があるように見えたらしい。義父は、アリスの事を話しはじめた。


 一カ月ぐらい前、アポなしでアリスが教会にやって来たらしい。そのアリスの表情は追い詰めていて、何か悩みがあると察した。義父はアリスの話をちゃんと最後まで聞いたわけだが、彼女が話す言葉は、全て罵倒だった。


「ば、罵倒?」


 どう言う事か。意味がわからない。とにかく義父の話を聞こう。


「アリスさんは、LGBT問題に関心があるそうです。通っている中学校でもLGBTの人が来て、講演会もあったとか。そこでキリスト教は閉鎖的だとか、不寛容だとかいう話を聞き、私のところに文句を言いに来たという」


 義父はここでため息をつき、聖書を開いた。


「神様は男と女しか創造していません。それ以外はないです。男は導き手、女は助け手。どちらも神様の前では平等です。そして神様の意図から逸れるのが罪。例え清く正しく生きていても神様を無視していたら罪なんです。罪の概念は、キリスト教では辞書通りではありません。だから人は全員罪人です。という事をアリスさんにも説明したんですが、かえって怒られてしまい、『古臭い宗教!』などと暴言も吐かれましたねぇ。罪を憎み、人は憎んでいないとも説明しましたが、あれは相当学校教育の洗脳、いや、拗らせているようです」


 誠も豊も、義父の話にどう反応して良いかわからない感じだった。いくら学歴のない誠でもLGBT問題がある事は知っている。会社でも同僚や上司に対して「彼」とか「彼女」と呼んでいけないルールもあり、トイレもそんな人達に為のものも用意されたりしている。


「本当の多様性は、意見の合わない人も認める事でしょうね。私は罪が嫌いなだけで、人が嫌いなわけじゃないですから。彼らの事は本を読んだり勉強してます。教会は誰でもウェルカム!」


 さっきまで愚痴っぽかった義父だが、冗談も言っていて意外だった。ちょっとヤケクソ感はあるが。


「しかし、アリスがそんな風に拗らせているなんて意外だよ」


 単なる腐女子かと思ったら、意識高い系だったとは。これと謎がどう結びつくか、わからない。誠はあのメモを見ながら、迷宮に入ってしまったような感覚を覚えていた。


「僕もわからないな。単なる腐女子かと予想してたら、教会にクレームつけるなんてなかなかだ。僕にはできない。これ、海外でやったら殺されるんじゃない……」


 豊もこの展開には、お手上げだったようだ。それでも礼拝堂の隅にある本棚に行き、LGBT関連の本を引き抜き、ペラペラとめくっていた。


「なんか分かりましたか?」


 義父は、そんな豊を見守り、優しく聞いていた。どうやら義父にも子供扱いされているようだが、太い指で一生懸命ページをめくり、何かヒントを見つけようとしているところは、ちょっと応援したくはなる。純粋無垢というか。これは誠にはない性質だった。


「げ、今の保健体育って、過激。こんな事教えてるの?」


 豊は本の中の「現代の性教育」という章を見て、顔が真っ赤になっていた。誠もこれを見たら、「十八禁か!」とツッコミ入れたくなった。一応おじさんの豊も誠も、この性教育には恥ずかしい。というか過激すぎで、言葉にもできない。そして、性的なものに興味のない人も問題にされ、アセクシャルやノンセクシャルとも言うらしい。もっともらしいカタカナ語にしているが、誠は意味がわからなかった。カタカナ語で煙に巻かれている様な感覚だ。


 ちょうどそこに、母の真弓も外出先から帰ってきたようだ。三人がこうして礼拝堂に集まり、話し込んでいるのに驚いていたが、事情を話し、野菜をあげると、ニコニコ満面の笑みだった。


「母さんは、なんかわかんね? 俺はさっぱり意味がわからない」


 LGBT問題、過激な保健体育、腐女子、BL、受け攻め、プロット、二次創作。


 そんな謎にまつわるキーワードが頭の中で踊るが、バラバラで繋がらない。


 おそらく犯人はアリスだろう。証拠は薄いが。今のとことアリス以外の犯人も見えてこないが、動機がまったく不明。


「わかんないけど、私はアリスちゃんって子の気持ちがわかるわ」

「へ?」


 なぜか母はアリスに同情的だった。驚いて誠は顔をあげる。


「私も中学生のころは、性的なものが本当に気持ち悪かったもの。両親もそういう事してるって思うと、ゾワゾワするし、純粋な愛なんてないじゃんって裏切られた気分だった」


 男の誠にはわからない感覚だったが、アリスがLGBTや十八禁保健体育の教育を受け、母と似たような気持ちになった可能性は十分考えられそうだった。


「だから私も中学生ぐらいの頃は、同性愛の方が純粋なんじゃないかと思う事はあった。BLとか好きな子って、そういう感覚が根っこにあるんじゃない? まあ、大人になれば、無償な愛とか純粋な人間関係ってどこにも無いって気づくのよねぇ。キリスト教的用語を使えば人類皆罪人って事よ。神様のような無償の愛、アガペーはないっていうね」

「それはなんかわかる気がするな」

「うん、僕もちょとわかる」


 母の話を聞きながら、二人とも共感のような気持ちが芽生えていた。腐女子なんて意味不明だったが、性的なものを介在しない人間関係への憧れだろうか。思春期だったら、そこのハマるのは何となく理解できた。


 確か義父は多様性は、意見の合わない人を認める事と言っていた。今だったら、それも少し出来そう。


 ・学校の性教育で拗らせる→腐女子になる→誠達をネタに創作(?)


 メモに書いてみるが、やっぱり最後が不明だ。


「本人に直接の聞けばいいと思うわ」


 母にもそうアドバイスされる。確かにここで、あれこれ言っても仕方ない。


 誠も豊も立ち上がる。


「よし、豊。行こうじゃないか!」

「おお、行くぞ!」


 決意を固めた二人に、母も義父も穏やかに見守っていた。

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