多様性とご近所の謎(7)
ゴールデンウィークは、配送センターの仕事では全く関係がない。パートで入ってる同僚は、どうしてもゴールデンウィークに実家に帰る事情があり、誠も豊も夜勤に入る事になった。
「佐藤! 生産性!」
今日も豊は、熊木に監視され、ドヤされていた。熊木はゴールデンウィークに美容院に行ったのか、ピンク頭はより濃くなり、容姿の圧は倍以上になっていた。
「三葉さんも、もう少し手早く動いてください」
怒りの方角が、三葉の方に飛んできたが、彼は涼しい顔で、自分のブースで仕事をこなしていた。
「いや熊木ちゃん、彼氏と喧嘩かい?」
三葉のこのセリフに熊木はさらに激怒。その八つ当たりは、豊や誠の方に飛んでいき、より忙しいベルトコンベアに行かされたり、他部署も応援に駆り出されたりして、仕事が終わった時は二人とも灰と化していた。
仕事終わりは、残業になり、今日は七時に終わった。
バスが来る時間まで余裕があるので、誠と豊はカフェテリアに行き、お茶を飲んでいた。カフェテリアの窓からは、眩しい朝の日差しが差し込み、さらに二人の目は死んでいく。この日差しで体内時計が狂いそうだが、早く帰って寝なければ。
「帰るか、あー、疲れたよ」
「僕もだよ……」
豊も疲労で参ったいるよいだった。クマ顔で、目もパッチリとし、まつ毛も長い豊だったが、さすがに今日は目の周りが黒くなり、パンダ顔になっていた。キツネ顔の誠もそうだ。
こうしてバスが来るまで休憩した後、さっさと家に帰り、ベッドに直行した。帰りのバスの中は、仕事を終えたkonozonの社員ばかりだったが、みんな無言だった。爆睡しているものもいる。それぐらい労働後は、疲れた。
本当はご飯を食べた方が良いと思ったが、ひろうには逆らえない。豊は部屋の遮光カーテンを引き、電気も完全に消し、眠りに落ちた。
豊も庭のプレハブの方で、眠っているだろう。さすがに今日の仕事は、忙しかった。暴力的な仕事量を思うと、熊木の怒鳴り声も蚊の音ぐらいなものだ。
さあ、これから八時間は眠れるだろう。次も夜勤で、夜の七時ぐらいまでは起きなければいけないが、マックスで寝ていたいものだ。
しかし、そんな誠の計画は、頓挫した。
「ぎゃあああ!」
そんな悲鳴が響き、無無理矢理起こされた。時計を見ると、まだ午後のニ時ぐらいだ。
「なんだよ、勘弁してくれよ」
寝癖をついた頭をぐしゃぐしゃかきながら、遮光カーテンを開ける。朝日ほどではないが、午後の明るい光が容赦なく誠の顔を照らした。
この誠の部屋からは、庭がよく見える。悲鳴がまた響くが、どうやら豊のもののようだ。しかし、庭の方をよく見ても、いつも通りの風景だ。
庭も豊が掃除してくれているとはいえ、殺風景で何もない。本当は少し植物でも植えた方が良いんだろうが、仕事をやっていると、そこまで気が回らないのが現状だった。水やりや手入れを毎日しなきゃいけないと思うと、不定期で夜勤がある誠たちには、厳しいところだった。
また豊の悲鳴が響く。
「ああ、もうなんだよ。俺は豊チャンのママじゃないんだが」
ぶつぶつ文句を言いながらも、縁側に方へ行き、サンダルを引っ掛けてプレハブの扉を開けた。
そこには、枕を抱えてガタガタ震えている、おじさんが一人。
これが新垣結衣だったら、守ってやりたいものだ。しかし、目の前にいるのは、デブで天然パーマで、クマ顔のおじさん。ため息しか出ないが、一応事情を聞く。そに誠の目は、寝不足といのもあるが、半分以上死んでいた。
「豊チャン、ママのミルクでちゅか? それとも、ウンチ?」
「ちょ、子供扱いしないでくれよ!」
さすがの豊も、子ども扱いされ、プンスカ怒っていた。仕方がないので、二人、ベッドに腰掛け、事情を聞く。
豊の部屋であるプレハブの部屋は、ベッドや机、小さな洋服ダンスしかなく、シンプルそのものだった。雑誌、観葉植物、テレビもない。どちらかといえばヲタクだろうが、アニメのグッズもない。金銭的にそんな余裕もないのだろう。シンプルすぎる部屋は、刑務所も連想させ、心が冷え冷えとする。子供のような豊にため息も出るが、とりあえず事情を聞く事にした。
「なんか、誰か、女がいた。女がこっち見てたんだ。きっと幽霊だよ、怖い!」
ここでまた、豊は絶叫。ああ、これが新垣結衣だったら、抱きしめて宥める。「大丈夫だ。俺が守ってやる」なんて言うだろうが。残念ながら目の前にいるのは、冴えない子供おじさん。単に冴えないというより「弱者男性」だが、このまま放置するのも夢見が悪い。
「幽霊? 夢でも見たんだろ」
下らねぇ!
幽霊なんて空想の産物だろう。それでも、必死に訴える豊が可哀想になり、一応プレハブを出て、庭の周囲を確認する。
「おい、誰かいるのか?」
幽霊なんているわけない。いたとしても、昼間に出てくるもんか?それに豊のようなおじさんを脅しても、つまらないではないか。もっと強そうな男を怖がらせた方が、面白いんじゃないか?
そんな事を考えつつ、庭を見渡した時、確かに女の人影があった。黒髪ロングの女? 本当に幽霊!?
「待て!」
しかし、相手は足がある。全身黒づくめで、サングラスもかけて顔を隠していた。明らかに「故意」があり、こちらを見ていた?
ザバッ!
追いかけようかと思ったが、相手も手強かった。アイスコーヒーを顔面にぶっかけられる。
このパターン何回目?
二回目だが、目にモロに入り、怪しい女を追いかけるのに断念。
「誠くん、大丈夫かい」
豊がかけより、助けてくれたが。
「いや、お前のせいだから!」
「まあああ、誠くん。これで僕が言っていた事が嘘じゃないってわかっただろ?」
思わず口が悪くなってしまうが、アイスコーヒーの匂いで目が覚めた。
「という事は、犯人を探すべきか?」
着ているスエットの袖で、顔を拭いながら言う。
「そうだよ、犯人探そう。泥棒だって捕まってないんだから」
豊はふんふんと鼻息荒くしている。
ああ、これが新垣結衣だったら、すぐに賛同したいが。
残念ながら目の前にいるのは、豊だ。それでもこの犯人を見つけなければ。そんな使命感が、誠の心に芽生えていた。




