多様性とご近所の謎(4)
教会の側にある田舎道を抜け、県道にでた。このまま県道を真っ直ぐ歩くと駅につくが、今はご近所・原田家に挨拶行くための歩いていた。
「原田さんは、この辺りの家の町内会長さんだ。くれぐれも粗相がないように。万が一何か貰っても、聡さんみたいにたかるなよ」
誠は、原田の家の着く前、丁寧に注意していた。こうして話していると、本当に子供に注意しているみたいだ。
豊は太い指で、おでこの汗を拭いていた。やはり、この体型だと春でも暑いようだった。
「そんな、怖いんですけど」
「いや、アラフォーのおじさんが、ぶりっ子してる方が怖いからな? ちなみに君はサザエさんの穴子さんや、クレヨンしんちゃんのしろしより、歳上よ?」
「え!」
国民的アニメのキャラクター名を出すと、豊はショックだったらしい。漫画みたいに「ガーン!」という音が響いてきそうだ。そういえば昔の人は大人っぽかった。今はなんか豊以外の大人も子どもっぽいというか、子供おじさん&おばさんが増えた気がする。
「本当に君さ、今までどうやって生きてきたん? 逆に今までよく死ななかったな……」
「確かに。僕って運がいいのか?」
「ま、運はいいんじゃないか?」
「だったら、ラッキーだ。それにしても、さっき聡さんちで食べたクッキー美味しかった。やっぱり、僕はラッキーだわ」
「ま、前向きになるのは、悪くない」
そんなどうでもいい雑談をしつつ、町内会・原田の家についた。
県道沿いにあるごく普通の民家だ。二階建てで築二十数年というところだろうか。庭には花やハーブが植えられ、綺麗にまとまっている。
確かは原田家には、中学生の娘が一人いた。派手な色合いの自転車も庭にある。この辺りに徒歩で通える中学はないし、これで登下校しているだろう。
町内会長の原田も妻の方もちょっと気が強い。少し前、都会から移住してきた若い夫婦もいたが、この夫婦に嫌味を言われていた。さほど意地悪ではなかったようだが、田舎に免疫のない若夫婦は、すぐに都会に帰ってしまった。
「怖い。そんな人に挨拶したくない」
「ぜいぶんとハッキリ言うね! でも、ちゃんと挨拶して、町内会の仕事やっていれば、優しい人たちだから大丈夫」
そう言ってチャイムを鳴らす。
二回鳴らしたが出てこなかった。もしかしたら、ゴールデンウイーク中で、どこかに出かけている可能性がある。庭には洗濯物もないし、一階も電気もついていないようだ。
「うるさいなぁー」
帰ろうとしたところ、玄関が開く。中から、中学生の娘がでてきた。確か名前は、晶子だ。
晶子は片手にスマートフォンを持っていた。方時も離せないという雰囲気だった。猫背で、分厚いメガネもしてるが、スマートフォンが原因かも知れない。
服装も垢抜けない。ペラペラな白シャツにハーフパンツ。近所のモールで売っている服をそのまま着ている雰囲気だった。髪も寝癖がつき、眉毛もボサボサだ。目は吊り目で細い。一言でいえば芋臭い雰囲気だった。
いや、単に芋臭いというよりヲタクかも知れない。晶子のスマートフォンのケースは、人気アニメのキャラクターがデザインされていた。たしか人気BLアニメで、イケメン金髪外国人二人のラブロマンスが描かれている。いわゆる腐女子だ。
十数年前は、こうしたヲタクも迫害されていた。誠もゲーム好きのヲタクよりではあるので、昔はヲタクへの編見がすごかった。ただ、近年はヲタクの芸能人も多いし、推しという言葉も一般的になった。晶子のようなヲタクも珍しくない。堂々とスマートフォンのケースにアニメキャラがいるというわけだ。
「あれ、田中さんじゃん。前は町内会に掃除、手伝ってくれてありがとう」
晶子は誠に気づくと、御礼を述べた。ただ片手にスマートフォンをいじっているので、本気がどうか不明だ。
「まあ、それはいいさ。実は」
誠は引越し蕎麦を渡し、豊を紹介した。豊もだんだん慣れてきたのか、背筋を伸ばし、自己紹介をした。というか中学生にまでビクビクしてたら、さすがにヤバいだろう。アリスは苦手そうだったが、あれぐらいに美人お嬢様なら仕方ないのかもしれない。
「は? 一緒に住んでるの?」
なぜか晶子は、そこに食いつき、目を見開いていた。晶子は誠に劣らず目が細いが、一瞬パッチリ系の目に見えてしまうほどだった。
「そうだよ。お金とか色々問題あって」
「えー、きもい! 超きもいんですけど!」
ダンゴムシでも見たかのように、晶子は二人を見下していた。
「きも!」
怖がってもいるようで、プルプルと震えている。
「いや、なんでキモいのさ?」
自分たちは何もやっていないはずだ。中学生相手にムキにはなれないが、一応聞く。隣にいる豊は、意外と涼しい顔。もしかしたら、女にこういう反応をされるのは、日常茶飯事だったのかも知れないが。
「だって同性愛でしょ? キモいって」
「何か誤解してません? 別に俺らは、普通に同僚だから」
「キモい、キモい!」
誠は冷静だが、晶子は顔を青くし、プルプル震えている。
「でも、君のスマートフォンのケース。同性愛カップルのアニメのやつだよね? BL好きなん?」
意外と豊も冷静だった。てっきりパニックにでもなるかと思ったが、この切り替えしはナイスだと思う。
「これはイケメンだからいいの!」
「差別だ!」
差別なんて縁がないと思ったが、ついつい誠は叫んでしまった。まあ、貧乏や非正規という点では差別っぽい目にもあったが、ここまで露骨に容姿差別にあうとは。
「気持ち悪いものは気持ち悪いから! こっち、こないで!」
晶子は家に逃げ、二度と出てこなかった。あれだけ文句をいっていたが、引越し蕎麦はちゃっかり持っていってる。
「これは迫害かね?」
「そうかもしれん! 全くあのクソガキ!」
豊よりも誠の方がイライラとしていた。
「まあまあ、厨二病なんてあんなもんさ」
「人の容姿を悪くいうなー! この三白眼がスッとしてイケメンだろ?」
「それは、どうかな……?」
意外と豊もハッキリ言うタイプだ。それに晶子にさほど怒ってもいない。苦笑しつつも、別に晶子を責めてもいない。
もしかしたら、豊の方が人間が出来ているのか?
そんな気がした。




