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最強の二人〜彼らの謎多き日常〜  作者: 地野千塩


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多様性とご近所の謎(3)

「あー、クッキー美味しかった」

「おまえ、食べ過ぎだよ! 聡さんだから、いいけど、金持ちの家でクッキーがっつくとか、マジやめて」


 荷島家を出ると、豊は、満足そうにゲップをしていた。一応注意していたが、豊はクッキーの味を思い出し、うっとりと目を細めているようだった。


 頭が痛くなる。改めて親に甘やかされ育って子供おじさんの強烈さに、唸りたい。誠は彼をかなり優しく見ていたようだった。


 たぶん、これを矯正するのは、とても難しいだろう。もう知らん、このまま放っておこうとも思ったが、今はうっかり拾って一緒に住んでいる。とりあえず、今日の引越しの挨拶周りは、最後までやり遂げなければ。


「じゃあ、次は、俺の実家に行こう」

「あ、真弓さん家? 俺、君のお母さん大好きだよ」


 誠の母は、ちょくちょく家に来ているので、豊とも面識があった。一緒にご飯を食べた事も何回もある。母は豊を気に入ったようで、特に問題はなかった。豊もこんな風に無邪気に母を褒めたりする。そう思うと、根っから腐っているヤツでは無いと思う。確かに色々と欠点はある弱者男性だろうが。心までは腐っていないはずだ。


 荷島家から、誠の実家でもある重奏町福キリスト教会なで二人で歩く。


 見事に田舎の田舎道。周りは野菜畑だらけだ。


「君んちって教会だったんだね。僕は正直、母の件もあるから、イメージは良くないね」

「まあ、そう言わずに。一応連盟に入ってるプロテスタント系の教会らしい。それに父親とは血繋がってないし」

「そうだったんかい?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いたような記憶はあるが」


 そんな話をしながら、二人で田舎道を歩く。誠はなんとなく、自分の育ちを話していた。


「という事で、父とは血は繋がってない。血が繋がってる方は死んでる。まあ。DV親父だから、なんとも思ってない」

「そっか。なんか、改めてごめんよ。あの時、レモネードをかけたのは自暴自棄になっててさ。僕が悪かった。嫉妬心だけだった」


 あの豊が謝っている!


 挨拶もろくにできないと思ったが、やっぱり、根っから腐っているわけでは無いらしい。


「それにしてもよくウチの住所がわかったな」

「三葉さんに聞いた」

「あのオヤジー!」


 そうこうしているうちに、目的地についた。教会といっても一見普通の民家だ。奥の方に礼拝堂もあるが、それも平屋建ての民家だ。義父裕司の教会は、プロテスタントに属し、派手なステンドグラスや十字架、マリア像、懺悔室なども設置していないという。


「しかし地味な教会だね。うちの母の教祖の家は金ピカだったよ」


 豊は驚いていたが、宗教に縁のない日本人はそんなもんだろう。かくいう誠も、実家といってもこの教会には、あんまり来た事は無いのだが。教会の門の近くにある掲示板には、「主の恵を感謝しよう」など手書きのポスターなども貼ってあったが、何の事だがさっぱりわからない。


「あら、誠ちゃん! 豊くんもどうしたの?」


 庭で土いじりをしていた母は、二人に気付くと飛びあがり、喜んでいるいた。教会の庭は広く、春の花が風に揺れていた。


「一応引越しのあいさつだよ。裕司さんは?」


 誠は母に引越し蕎麦を渡した瞬間、礼拝堂の方から義父が出てきた。初老の男性だ。この教会の牧師だが、普通にスーツ姿だった。漫画や映画のように牧師は、コスプレみたいな格好はしないのが、一般的らしい。特別な儀式の時は黒いガウンなどを着ているらしいが。


 義父は学校の先生のような厳しそうな印象がある人で、豊は明らかに緊張していた。


「こ、こんにちは!」


 もっとも挨拶をし、自己紹介までできたのだから、少しは成長できているのかもしれない。そういえば、義父は職場のマネージャーともちょっと雰囲気がかぶる。前にマネージャーが「挨拶はしっかりしろ」と注意していた事に、感謝したくなった。いい大人が挨拶の仕方を注意されるのは、どうかと思うが、これがいわゆる弱者男性ってものなのかと腑にも落ちる。


 これから義父は仕事もあるようで、教会の庭でさっと挨拶するだけになった。母の方も、庭仕事があるらしい。


「へえ、一緒に住んでるのか」


 なぜか義父は、その件が引っかかっているようだった。


「もはや、誠くん。付き合ってるわけじゃないよな?」

「は?」


 義父が言いたいことは、すぐにわからない。五秒ぐらいたって、ようやく飲み込む。つまり、義父はLGBT的な何かを疑っているらしい。そういえばキリスト教的には、同性愛は罪らしい。義父が敏感になる気持ちはわかる気がした。


「違いますよ。お金の問題とかあって、誠くんが助けてくれたんです!」


 鈍そうな豊も義父の言わん事を察し、必死に否定していた。


「なんだ。ただの隣人愛か。ホッとしたよ」


 誤解が解けた後の義父は、明らかに胸を撫で下ろしていた。今の時代これで良いんだろうか?とも思うが、義父のような人もいるのが、多様性ってヤツでないか。ふと、誠はそんな事を思ったりする。


「でもあなた。旧約聖書に出てくるダビテとヨナタンの友情は濃密っていうか、少し怪しい気がするの」

「ちょ、真弓さん! そんな事言わないでくださいよ!」


 なぜかこの話題から、義父たちは聖書の内容で議論を始めてしまった。意外と白熱して盛り上がっている。


「俺たち、ついていけないし、帰るか……?」

「そうだね、誠くん」


 熱心に話し込んでいる義父たちには、ついていけない。こうして教会を後にする事になった。


「それにしてもLGBT的なもんに疑われるとは、思わなかった」

「今の時代は面倒だね」

「だな」


 いつもは意見が一致しない誠と豊だが、この件では、同じ気持ちだった。


 Konozonに入社する際も、「コンプライアンスを守り、同僚や上司を彼や彼女と呼んではいけません」と言われた。トイレも、男性と女性用だけでなく、「その他」もあったりした。「その他」のトイレは誰も使っていないが。


 正直、意識高すぎてついて行けない。誠は面倒くさいと思うが、これも世の中の流れなのかもしれない。


 二人に頭上には、小さな鳥が飛んでいた。人間達の複雑な性の問題など無視して、ピーピー鳴いている。


 鳥になりたいかも。


 誠は、鳥を眺めながら、そんな事を思ったりした。


「あれ?」


 豊は後ろを振り向いて、何か不安そうな表情を見せていたが。


「なんかあったかい?」

「なんか人の視線を感じたんだが」


 誠も鳥から背後に視線を移す。誰もいない田舎道だった。教会や野菜畑、少し遠くの方にある荷島の屋根は見えるが。音も呑気な鳥の鳴き声、風の音しか聞こえない。


「誰もいなくね?」

「そう、そうだよな……」


 豊の気のせいだったようだ。意外と気にする性格なのか、豊の眉間には皺ができていた。


「まあ、次に家行こうぜ。次が、ちょっとハードル上がるから。覚悟しとけよ」


 豊の眉間の皺はより深くなり、泣きそうな顔を見せていた。


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