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最強の二人〜彼らの謎多き日常〜  作者: 地野千塩


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多様性とご近所の謎(1)

 新しい生活が始まって数日がたった。


 豊はミニマリストでも目指しているのか、物も少なく、趣味もないようで、引越し作業もすぐ終わった。豊の部屋でもあるプレハブ小屋の中は、綺麗に片付き、インテリアもシンプルにまとめられ、まるで無印用品の展示会場のよう。綺麗好きの性格で、洗面所もトイレも率先して掃除してくれるので、ありがたいものだ。


 逆に食事の準備は誠の仕事となった。二人分作るのは、面倒な時もあるが、その分、掃除やゴミ捨てなどをやってくれるので、役割分担はできているだろう。


 仕事も夜勤が不定期で入ったり、暇ではない。こいして家事をシェアして纏めてやるのも、悪くないだろう。今のところ、家事分担で豊と揉める事はなかった。光熱費等は折半だが、豊も借金もちで苦労している。無駄に電気をつけたり、水を出しっぱなしにする事はなかった。


 そんなある日。


 豊が引っ越してきてから、初めての休日になった。世間ではゴールデンウィークが始まっているそうだが、配送センターの仕事は関係ない。konozonは即日の通販の荷物が届く事を最大の売りにしているし、ゴールデンウイーク前もキャンペーンをやっていたので、暇ではない。当然、ゴールデンウィークも仕事だったが、今日は休日だ。


 誠は、ゆっくりしたい気分もあったが、今日はやりたい事があった。


 朝食の支度をしながら、冷蔵庫のあり食料棚をちらっと見る。そこには引越し蕎麦が入っていた。konozonで注文したもので、昨日すぐ届いた。商品レビューでも星五つばっかりなので、味は問題ないはずだ。従業員割引きコードを使い、定価より少し安く買えた事もラッキーだ。


 この引越し蕎麦を持って、近所を巡る予定だった。


 都会では引越し蕎麦を持って挨拶をする事は稀だろう。ご近所の顔や名前すら知らないも普通だと聞く。


 それでもここは、田舎。ご近所付き合いは、それなりにある。都会の人で、スローライフに憧れ、この重奏町に越してくるものも少なくなおいが、こう言った挨拶が出来ない為に、噂を立てられ、居心地が悪くなり、再びとかいに戻っていくものも少なく無い。そう、田舎では挨拶が何よりも大事だ。逆にいえば、これさえ何とかやってれば、孤立する事はない。あとは愛嬌、時々食べ物を持っていく事もコツだが、豊のような田舎初心者には、まず挨拶だろう。


「しかし、あいつは挨拶できるかね……?」


 誠はキッチンに立ち、鍋の中の味噌汁をかき混ぜながら、ため息が出てきた。


 あれから職場でも豊を観察するようになったが、熊木にドヤされているのも、基本的な挨拶ができていないせおいだとも気づく。実際、マネージャーからも「大きな声で挨拶!」と子供のように叱られているのを見てしまったのだが……。簿記一級を持っていながら、派遣先で上手くやれなかった豊を色々と察する。


 だからと言って、このまま家に引きこもりをさせて置くわけには、行かない。ここは田舎だ。田舎のルールの則って、しっかり近所に挨拶してもらわないと困る。


「とういう事で、今日は昼前、近所に挨拶しに行こう」


 リビングで朝食を食べながら、誠は切り出した。テーブルの上には、具沢山の味噌汁、卵焼き、ご飯、塩シャケが並んでいる。典型的な日本人の朝ごはんだ。


 味噌汁の良い匂いを吸い込み、目がとろんとしている豊だったが、急に目頭がかっと開かれていた。


 まるでクマに遭遇した人間のような表情ではないか。よっぽど近所に挨拶行くのがイヤそうだ。こんな反応されるのには予想がつき、今日の朝ごはんは、卵焼きを多めに作っておいた。甘くてふわふわな卵焼きを食べながら、怒り狂う男はいないだろう。


「い、イヤだ! 都会では、そんな引越し蕎麦なんて配った事はない」

「残念でした。ここは田舎なんだよ、田舎のルールには従ってもらう。っていうか、この卵焼きの卵も、ご近所の時子さんから貰ったものだ。文句言うなら食うな」


 誠は、その三白眼の鋭い目で睨む。おおそらく、豊は子供の頃から甘やかされ、こんな風に怒られた事も少ないだろう。確かに箸の持ち方や食べ方は綺麗だが、それよりも挨拶が出来ないという基本的な事ができない豊が少し不憫になってきた。


「親に怒られた事ないの? 子供の頃、挨拶しなきゃいけない機会はどうしてたんだい?」

「それは、母親が全部やってくれて……」


 ため息が出そうになるが、誠は味噌汁を啜って誤魔化す。あまり豊から母親の話は聞かない。実際に会った事も無いので、一概には言えないが、毒親の可能性が高い。豊は子供っぽいと思っていたが、大人になる機会をことごとく奪われてきたのかもしれない。その上、借金を被せられるとか、他人事ながら、やっぱりため息をついてしまう。


 しばらく無言で朝食を食べていた。テレビから流れるニュースの声だけが響く。一緒に住み、こうして同じ場所でご飯を食べているわけだが、別に親友のように仲が良いわけでもない。お互いのwin-winなので、一緒に住んでいるだけなのだと実感する。そう遠くない未来に、こんな生活も終わる予感もする。


 そんな無言の中、ニュースは円高や増税のニュースが終わり、最後にほのぼのニュースが流れてくるいた。カルガモ親子が都心に現れ、警察官たちが必死にも道案内しているというニュースだった。沈黙が落ちているリビングに、誠も思わず笑ってしまう。


 カルガモの道案内をしていた警察官も「せっかく勇気を持って巣立ちし、母カモの後をついていたヒナ達を見ていると、応援したくまりますね!」とインタビューに答えいた。テレビ画面には、必死に母カモについていくヒナがアップになる。


 完璧にほのぼのニュースだ。ニュースも毎日こんなもので、溢れてほしい。誠の三白眼のキツネ顔も、思わず優しい表情になる。キツネ顔というよりは犬成分が増えていた。


「そっか、カルガモのヒナも頑張っているのか」

「そうだぞ。カルガモの雛を見習って、君も巣立ちしなさい」


 もっとも豊はクマそっくりで、カルガモみたいに可愛くはないが。クマだって冬眠から目が覚める時もあるはずだ。これがアラフォー男だと思うと、やんわりとホラーだが、それは考えないでおこう。そうだ、豊はクマだ。誠はそう思う事にした。


「わかった。引越しの挨拶頑張るぞ!」

「そうだ、その調子だ!」


 こうして近所に挨拶に行くことが決定した。気づくとテーブルの上の皿は、全て空になっていた。


 まるで決意した豊を歓迎するように、外から鶏の鳴き声が聞こえた。


 コケココッコー!


 大丈夫。いくら子供っぽい豊でも、挨拶ぐらいはまともに出来るだろう。さすがにそこまで弱者男性じゃないよな?


 この時の誠は、豊を甘く見ていた。

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