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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第90話『心情ランページ』

第90話『心情ランページ』


「えーやったぁー!ありがとうございまーす!」


私がウキウキでコーヒー牛乳をリクエストすると、彼は呆れた顔で買ってくれた。いつも本当にすみません。


「コーヒー牛乳出されちゃしょーがないですね。私で良ければ、いくらでも暇つぶしの話し相手になりますよ!友達部屋で待ってるかもですけど、まぁいっか!」


「よくそのご友人は現金で薄情な貴女と旅行に行ってくれましたね。心底同情します」


「私もそう思います」


「同感するのもどうかと・・・」


私達は和風テイストのロビーに入り、3人掛けのストレートソファーに並んで座る。偶然にも周囲に他の利用者は見られなかった。


――流石良いところのホテルのロビーだ・・・座り心地が抜群すぎ。


連絡はしたのかと聞かれスマホも部屋に置いてきたと言うと、風呂入りに行くのに入浴セットだけを持っていくなんて馬鹿かと説教された。初手説教を聞き流しつつ心の中で安堵する。


――一先ず、私が友達と泊まりに来たって嘘は信じてもらえているようで良かった。1人旅がバレたら説明が面倒だしね。


改めて天井の高いロビーの中を見渡す。全体的にダスティーカラーでまとめられており、薄暗い照明がより和の落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


――流石ホテルと旅館を融合させた新しいタイプのホテルだ・・・。


コーヒー牛乳を飲みながらぼーっと内装を眺めていると、あることに気づいた。


「――ここは佐古より治安が悪いエリアが多い。それに今日明日は特に・・・って聞いてます?」


「はいとっても。今日は敬語モード長いですね」


「・・・」


「え?」


思ったことを言った途端、私の体内にある怒りセンサーが反応し、周囲の空気が重くなった。いつもなら私が軽口を叩けば覇弦さんの大きな手が私を攻撃してくるが、今回はそれがない。本気で怒らせてしまったのかもしれないと思うと、脳内がパニックに陥る。


――彼のありがたいお言葉を適当に受け流したことが良くなかったのだろうか。それとも軽率に思ったことを口に出したことが気に障ったか・・・。


何か良くないことでも言ったかと言おうとして止める。覇弦さんのことだ。どうせ鼻を鳴らして『ご自身で考えてみては?』とか言うに決まってる。あぁやだやだ話をするのに質問ばっかする人って本当に無理。質問嫌い。


――でも、前者の生返事はよくやってるし、後者も・・・駄目だ分からない。覇弦さんの考えを汲み取れてなかった・・・?ともかく、私が悪い。のか・・・?


覇弦さんはまだ無言のままだ。怖くて顔が見れない。一旦瓶に蓋を被せてテーブルの上に置いた。因みに覇弦さんのフルーツ牛乳はまだ未開封のままだ。早く飲めばいいのに。


脇にあったトートバッグを胸に抱くが、これでは少々心許ない。恐る恐る横に視線を動かすと、覇弦さんの隣には大きめのクッションが置いてあった。私はこれだ!と目を光らせる。何で私の傍にないんだと文句を言っても仕方がない。


――攻撃(逆ギレ)は得意じゃない。逃げるのは論外。なら・・・!


私はトートバッグを元の位置に戻して立ち上がり、覇弦さんの足を押しのけて藍色のクッションをひっつかむ。立ち上がった瞬間、彼の右手が僅かに反応したのを私は見逃さなかった。もし逃走を選んでいたら――漫画で例えるなら私は、次のコマでソファーの上に沈められていたに違いない。危ないところだった・・・。


「ん?」


尻がふっかふかの座面に沈み、背もたれが首までしっかりと支える。次のコマ――ではなく、瞬く間に私は覇弦さんの手によってソファーの左端に移動してしまった。側ではなく端である。これが何を意味するか。


「せま・・・」


「言うに事欠いてそれですか。あれこれ考えている私が馬鹿みたいだ」


覇弦さんは足を組み、眉間にシワを寄せて私に冷たい視線を送る。何故顔を見ていないのにそれが分かるのかというと、頭や肩に何かがチクチク刺さって痛い気がするからだ。


「私だって考えてますよ・・・どうして覇弦さんが急に不機嫌になったのか・・・」


そんな中でもマイペースな私は鼻から下をクッションで隠すように抱え、ようやく一息つく。やはりビビリにとって盾は無くてはならない存在だ。すっぴ・・・表情も隠せるし。


私は覇弦さんに顔を見られないようクッションをずらして喋る。


「ここ福分ですよ。福分の綺麗で豪華なホテルですよ。慣れてる覇弦さんはともかく・・・私にとっては初めて来た場所で、初めて泊まる素敵なホテルなんです。覇弦さんとエンカウントしたことは・・・もう不幸扱いしませんけど」


「もう?」


「・・・私の為を思って言ってくれるのは分かってます。あの、幾ら考えても覇弦さんが暗黒オーラ出している理由が全く分かりません・・・お願いします。教えて下さい」


言い終えてから横を見ると、覇弦さんの首しか見えなかった。ということは今見上げたら目の前に覇弦さんの顔面がどアップで・・・映ることを想像してそっと溜息を吐く。


「はぁ・・・」


覇弦さんは前髪をかき上げた状態でこちらを睨む。その目つきが篠木が良く私に向けるものと似ていたので、ついじっと見つめてしまった。すると彼は咳払いして、素の状態に戻った。


「一度しか言わないからよく聞け」


「・・・!?」


もの凄い威圧感にビクッと肩が跳ねる。さっきとは違う意味で空気が重い。他に人がいなくて良かった。


「幸生は元から可愛い系の顔というか童顔で、身長も相まってワンチャン中学生に見える。だが・・・髪を耳にかける仕草とか、儚さを感じさせる雰囲気はどこか大人びている。それなのに未成年のようなあどけなさがあって、そのギャップに目が離せない。普段髪くくっている姿しか見たことない俺にとっては尚更な」


「あの、覇弦さんは貶さないと人を褒められない呪いにでもかかっているんですか」


まさか傍目からは自分がそう見えているなんて思いもしなかった。彼曰く、今日の私は特にそう感じたらしい。髪のくだりは知らん。普段ハーフアップにしているから耳が出てないと落ち着かないとかで、無意識にやったのかな。


覇弦さんは腕を組んで更に続ける。あの短い時間でどれだけ溜め込んでいるんだ。


「幸生はスタイルは平凡だが、姿勢がいい。絵画鑑賞しているお前を見た時・・・その凛とした佇まいと悲し気な表情に惹かれた。お前・・・自分を見ている野郎が他にも数人いたなんて毛ほども気づいていなかっただろ。少しは自分の魅力を自覚した方がいい。俺が隣に立たなきゃお前普通にナンパされてたぞ。ま、俺からして見れば真剣に見ている振りをして、頭では別のことを考えてんのがバレバレだったがな」


私はナンパされるまであと数分前だったという新事実にギョッと目を見開く。


「えっそうだったんですか?自慢じゃないですけど私、あらゆるところに1人でいること多いんですけど、暫くその場にいても声かけられたことなんて1回も無いですよ」


「お前は1人でいる時いつも憂いてるというか・・・陰気?死人みたいなオーラ全開に出しているからな。それがかえって他人を近寄りがたくさせているんだろう」


「・・・」


覇弦さんの心無い一言で、私のシャボン玉並みに脆いハートが塵となって崩れた。成程・・・最初の儚いという言葉はそれらをオブラートに包んだものだったのか。


「悪い印象を与えたくないのは分かるが、誰にでも接しやすい態度を取ればいいというものじゃない。いい加減思い込みと自己肯定感の低さで警戒のハードル馬鹿落とす癖を止めろ。女性のパーソナルスペースは男性より狭い傾向にあると言われているが、お前は意識的に広くするくらいが丁度いい。今もそうだ。相手が俺だからって完全に油断しているだろ」


「・・・はい。すみませんでした」


心の修復に気を取られていて話を全く聞いていなかった。正しくは、耳は動いていたけど脳が動いていなかったので、まさに右の耳から左の耳状態である。


――というか結局助言の皮を被った説教じゃん。


覇弦さんの左手首に巻いてある腕時計で時刻を確認すると、既に22時を過ぎていた。そろそろお開きにする頃合いだろう。


残りのコーヒー牛乳を飲み干し、覇弦さんに「そろそろ部屋戻りましょう」と言って、ロビーを出る。戻る道中で嘘の旅行話を軽く語って、最期は挨拶をして別れる――これが私の想定していた完璧な流れだった。


「全然分かってないな。お前は――」


「・・・え?」


しかし現実では、物事が自分の思い通りに行くことなんてない。大きな舌打ちが聞こえたと思ったら、私は覇弦さんに両手首を掴まれ――ソファーに押し倒されていた。それだけでも仰天ものだが、無情にもトラブルはまだ続く。


「――おい兄貴!何でんなトコいんだよ」


次いで覇弦さんに似ているようであまり似ていない声が、私達のすぐ後ろで聞こえた。


「!?」


――ししししし篠木!?


急に聞こえた篠木の声に、全身が石像のように固まる。あれ?この状況ってもしかして――今年最大のピンチでは?

幸生が今回宿泊するホテルは、館内を浴衣姿&スリッパで移動OKの仕様となっております。

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