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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第85話『それぞれの主は別にいる』

前半第3者視点

第85話『それぞれの主は別にいる』


――普段はクールで静かなおじいちゃんなのに。ま、隠者曰く『これは涙じゃなくて増え続ける情報量に脳がパンクしないようあえて目と鼻から冷却液を流してる』らしいけど・・・アイリスさんとアシカ君も大変だ。


「2人共、今凄く忙しそうだよ。ギリギリ回してるって感じだ。僕はアシカ君に君からの言伝を預かっていることすら聞いていないし、アイリスさんに至っては厨房とホールを行ったり来たりで僕が来たことにすら気づいていない。本来なら、君がまともな戦力になれば余裕な日だったんじゃないの」


「うっ・・・うう・・・その気取った喋り方嫌ぁい・・・元のキャラに戻って」


「えー。君の『主』とそう変わらなくない?」


「主を馬鹿にしないで・・・」


熊本は足を組んで九岡の泣きっぷりを肴にウイスキーを飲む。九岡の涙腺が落ち着いたタイミングを見て優しくフォローを入れることにした。


「ほらもう泣き止んでマスターに戻りなよ。2人共困ってるよ?」


「分かってる・・・でも、私は彼女たちの未来を案じて・・・予知は無理でも、私ならそれに近いことが出来る。だからぁっ、私は力になりたくて・・・」


「はいはい落ち着いてー?瞑想瞑想。僕にはちゃぁんと、それが建前で、本音はただの知的好奇心だって分かってるから」


鼻をすする音がピタッと止む。熊本の糸目が三日月に弧を描いた。


「ニャルラ・・・僕らがいなくて大丈夫かな。確かに不安ではあるね。いつも通り僕の伝手や隠者が用意した情報を使ってれば、何もかもいいようにいくのにさ。あの猫なんて言ったと思う?『これは自分の物語だから楽したくない』だって」


――僕がいれば片井の件みたくとんとん拍子で終わらせられるのに。


熊本は最後の一滴を飲み干して、グラスをテーブルの上に置く。熊本にとっての『主』である『ニャルラ』に留守番を命じられた時、彼自身も多少の不満を感じた。


「それでもソ・・・ニャルラ様には我が主の加護がある。情報を制する私を、あらゆる手段を利用して物事を始める貴方を嘲笑うかのように――彼女たちは運命の輪を味方につけて、都合の良い結末へと進んでゆくのでしょう」


――あくまでそれはニャルラ様にとって。ですが。


九岡は新しいおしぼりで顔を拭き、すっきりとした表情で水を飲んだ。ついさっきまで号泣していたのが嘘であったかのようである。


「・・・分かってるよ。ニャルラはそれでいいかもだけどさ、沖谷さん的にはどうだろうねぇ・・・」


熊本は頬杖をついて糸目を僅かに開く。福分旅行の結末は熊本でも容易に想像できた。間違いなくニャルラが幸せになる一方で、幸生が不幸になるだろう。


「沖谷さんのメンタルケアの為にも、やっぱ僕も行った方がいいかなー?」


「それでしたら沖谷様の旅行中の現在地と宿泊するホテル等の情報がございますが」


「・・・そんなんどうやって知ったのさ」


熊本が目を丸くして九岡を見ると、彼はばつが悪そうに目を逸らす。


「先々月、彼女がここのWi-Cm使った時・・・スパイウェアを」


「どうやって。ってそれしかないよね。さ・・・仕事、戻ろっか。あとまたピザ焼いてよ。トッピング2倍で。あと今日の会計は隠者の奢りねー」


熊本は空になったグラスを持って立ち上がり、親指でドアを差す。すると圧のある笑顔に恐れをなしたのか、九岡は水色の杖を両手で握りしめて半泣きで頷いた。


(=^・・^=)

『南福分』に降り立った私とニャルラはお昼に『平地(へいち)のうどん』という店でざるうどんを食べた。ニャルラはひたすらごぼう天うどんを勧めていたけど、根菜はあまり好きじゃない。白米に合わないから。


「にー」


「ごめんて」


私がうどんを啜っている間、ニャルラはコップの中に注がれた水をひたすら飲んでいた。氷抜きで良かったね。


――私の水が・・・というかニャルラトイレ平気なのかな。


満腹になったところで、いよいよ水宮春美さんとご対面・・・といきたいところだが、その前に近場の駅ビルに入った。パウダールームの中に入り、途中で寄ったドラックストアで購入したメイク落としシートを開ける。


――福分の気温と湿度舐めてたな・・・もう明日はマスカラとパウダーファンデーションすんのやめよ・・・。


汗で崩れてしまった化粧を落とし、シートと合わせて購入した化粧水ミストと下地、リキッドファンデーションを順番に顔につける。旅行用に持参していた化粧ポーチはキャリーケースの中だ。


「まさか旅行中に化粧直しをするハメになるとは思わなかったな・・・」


「にー」


「いや。いいよ。私がこの状態のままでいるの耐えられなかっただけだし」


パウダールームに私以外の女性が入って来ることはなかったので、本音を口に出す。私は鏡越しにニャルラがしょぼんと項垂れるのを見て首を横に振った。


余計な出費となってしまったが、今使っているものが無くなった時のためのストックということにしておこう。


駅ビルの地下にあるケーキ屋でニャルラチョイスのケーキを1個と、私の分を1個購入した。いざ参ろう!水宮春美さんの元へ!と意気込んだのも束の間、ニャルラは別のケーキ屋の前でにーにー鳴き始めたので、仕方なくケーキを1個購入した。そして老人ホーム手前にあるケーキ屋でもまた1個。何このチョイス。あと何で3つ?という問いかけは無視された。何だコイツ。


(=^・・^=)

介護施設と老人ホームは違うらしい。どうやら水宮春美さんが入居している施設は介護もしてくれる老人ホームのようだった。老人ホームに入るのも、誰かの面会に行くのも初体験だった私は、緊張した面持ちで受付窓口に向かう。しかし、門前払いされることなく水宮春美さんが入居している部屋を教えてもらった。今の時間は居室にいるらしい。


――杞憂だったな・・・こんなあっさり会えるとは。家族と警察の人以外会わせたら駄目とか言われたらどうしようかと思った。


施設内では携帯電話の使用場所が決められているため、電話するフリをしてニャルラと話すことができない。ここからはどんなハプニングがあったとしても、乗り切るのは私の力量にかかってくる。


――はあああああ何かきんっ、緊張してきた・・・!


「にー」


脈がドクドクと波打つ。紙袋の持ち手が手汗で滲む。私は尻尾巻き座りでドアの前に対峙するニャルラを見て心を落ちつかせた。私より、ニャルラの方が緊張しているに決まってる。ここは赤の他人である私がしっかりしないと。


――さあ。いくよニャルラ。


「にー」


すれ違う入居者と職員に会釈して、水宮春美さんの居室のドアをノックする。すると、柔らかい声でどうぞ。という声が聞こえた。背中に変な汗をかきつつドアをゆっくりと引く。ニャルラが部屋に入るまでドアは抑えておいた。


私の家よりやや狭いワンルームの部屋にはキッチンや洗面台などの設備があり、水宮さんはベランダの掃き出し窓に背を向けて座っていた。


「み、水宮さん・・・はじままして。突然すみません。私佐古学園大学2年生の沖谷と申します」


「に・・・」


――え。個室にしては何もないな・・・ってああ。()()()()()()


リビングには介護用ベッドと床頭台(しょうとうだい)と椅子しかなく、まるでそこだけ病室のようだった。予想より大分簡素な部屋に面食らうも、水宮さんが椅子ごと私の方を向いたことで更に驚いてしまう。


水宮さんは()()()を動かして、先程まで読んでいたであろう本を床頭台の引き出しの中にしまった。床頭台にはテレビがない代わりに、沢山の写真が飾ってあった。私は内装をじっくり見たい気持ちをぐっと堪え、視線を水宮さんに固定する。


「佐古・・・?あらー。そげん遠くから来たと!」


「あ、()()()()()なんですけど・・・今日どうしても水宮さんとお話したいことがあって」


水宮さんは初手で噛んだ私に驚くも、とりあえず座ってと椅子を勧めてくれた。


――本当にこの見た目に生まれてきてよかった・・・今だけは親に感謝だな。


ぎこちない動きで座ると、ニャルラは私の足元まで移動してくる。しかし、水宮さんはそれに気づいていないようだった。どうやらまだ彼女の前で姿を晒していないらしい。


「私に何か用があると?」


水宮さんに会ってどう会話を進めるかは事前にニャルラと打ち合わせ済みだ。あとは邪魔者が入らないことと、水宮さんとニャルラが仲良くなってあわよくばニャルラの正体に気がつけば万々歳である。


何事も最初が肝心。水宮さんの事前情報は、『30年前殺人鬼に襲われた後行方不明となり、未だ死体すら見つかっていない少女の生みの親』だけだ。あまり踏み込んだことは花梨ちゃんに聞けなかった。それでも、この情報を念頭に置けば水宮さんの接し方はある程度分かる。


――初っ端から水宮命ちゃんの話を出して、無礼なジャーナリストと同じ扱いをされても困る。まずは水宮さんが娘についてどの程度気持ちの整理がついているのかを図らなくては・・・。

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