第84話『沖谷幸生で良かったこと』
後半第3者視点
第84話『沖谷幸生で良かったこと』
――嬉しいけど・・・めんどくせーって気持ちもあるな。
年下に慕われるのは嬉しい。本物の妹とは超不仲というか互いに無関心だから、このまま花梨ちゃんと親しくなれば間違いなく愛着が湧く。ゆくゆくは私にとって彼女は第2の妹のような存在になることだろう。しかし、私は小学生の扱い方が分からない。どうやって仲を深めればいいのか分からないし、他の人とはまた違った気を遣いそうだ。この子小3の割に賢いし。
――花梨ちゃんと仲良くなっても、私にメリットがあるとは思えないしな・・・。
「めー」
まるで私の最低な思考を読んだかのように、ニャルラが私を睨んできた。数度瞬きして瞳から冷たい感情を隠す。
――しょうがないじゃん。子供はどちらかというと苦手なんだよ。話通じない時あるし、距離感がイマイチ分からないし、油断してると通報されそうだし。
靴を履いて日傘を手に持つ。花梨ちゃんは名残惜しそうにニャルラから手を離した。
「絶対、絶対また来てね」
「うん。花梨ちゃんが寂しくて泣いちゃう前に会いに行くよ」
「・・・泣かんし」
ぷうと柔らかそうな頬を膨らませる花梨ちゃんがいじらしくて、抱きしめてしまいたくなるのをグッと堪える。
――ごめんね花梨ちゃん。今ならまだ、耐えられる。私と貴女は、本来会うことのなかった関係なんだ。
私が再び戸房に来ることはないだろう。この出会いはニャルラが――運命の輪が与えてくれた奇跡として、花梨ちゃんの中で綺麗な思い出として残り続けてくれますように。そう心の中で願って、勢いよくドアを開けた瞬間――目の前に宇宙人がいた。
「アァーーッ!」
「ヒィィーッ!」
「「アヒイィーッ!!」」
「しぇからしか!近所迷惑やろ」
堪らず叫ぶと、目の前の宇宙人――のマスクを被った人物も私の声に驚いて叫び、最後は綺麗にハモった。そして悲鳴を聞いた花梨ちゃんが耳を塞いで怒りだす。何かこのくだり前もあったな。
「またにーにはわたしを驚かそうとして・・・」
「・・・え?え?」
呆れた表情で腕を組む花梨ちゃんに説明を求めようとしても、まだ感覚がマヒして『え』しか喋れない。すると宇宙人――花梨ちゃんのお兄さんは玄関に入って馬のマスクを取った。顔に汗をそこまでかいていないということは、彼は家に入る直前にマスクを装着したのだろうか。
「・・・花梨。こん人誰?」
「沖谷さん。めーちゃんの飼い主」
「は・・・あ、すみません。ウチの猫がお宅の敷地に入りこんでしまって・・・ご迷惑おかけして申し訳ございません。ご家族に猫アレルギーをお持ちの方はいらっしゃいましたか?」
「ぁ・・・いいぇ、いません・・・あの、こちらこそすいません」
私は先程の醜態を笑顔でカバーする。するとお兄さんは顔を真っ赤にして首を振った。初対面の女性の前で宇宙人のマスクを被った姿を見られたことに羞恥心が込み上げてきたのだろうか・・・無理もない。もし私だったら心が死ぬ。
「お邪魔しました」
「めー」
「うん。めーちゃんまたね」
深山家を出て、一旦駅まで戻ることにした。お互い暫く無言で歩く。
「・・・というか、花梨ちゃんの前でめーって鳴く意味あった?」
ボソッと呟くと、ニャルラは気まずそうににーと鳴いた。やっぱそうだよね。
「まぁ次行く場所が決まっただけ良しとしようか・・・感謝してよね。私が外面だけは無害で真面目で礼儀正しい文学女学生だったお陰で、通報されずすんなり家に入れたんだから」
「に・・・」
仮に花梨ちゃんのお母さんがご在宅でも、警戒されずにつけこむ自信があった。おじさんの時もそうだったが、私は親しみやすさを全面に出す振る舞い方を心得ている。これは人より嫌われやすい性格の為、せめてファースト・インプレッションだけは良くしようと身につけた技術だ。
大学生になってから化粧を覚え、見た目もそれなりに気をつけだす。その結果、清潔感のある童顔低身長眼鏡の若い女性が出来上がった。声もやや低めで落ち着いているので、そんな私を最初から警戒する人は少ないと自負している。
――その所為で皆から外面と中身のギャップに差がありすぎるって言われるんだけど・・・。
不在着信の通知を消し、RICHのホーム画面が表示される間視線をスマホからニャルラに移す。
「水宮春美さんに会う前に、お昼にしようか。ニャルラ福分出身ならぼっちでも入れる美味しい店案内してよ・・・って、ニャルラが住んでたの30年前なんだっけ。流石に分かんないか」
「に・・・」
「おーありがとう。ってここ・・・」
不満そうなニャルラが指定したお店は、老人ホームの最寄駅と同じ場所にあった。所要時間は乗り換え込みで30分である。
――現在時刻午後12時53分・・・遠いけど、折角ニャルラがオススメしてくれたうどん屋だ。多少の空腹は耐え抜こう。
私は今から行くお店が定休日でないことを確認してスマホをしまおうとした。しかし次の瞬間、スマホが音を立てて振動する。
「うやあ?」
「にー?」
篠木に返信するやいなや着信が入った。私はあの件についてかなと予想しながら、イヤホンマイクを耳にはめた。
(=^・・^=)
時は巻き戻り福分旅行の前日、佐古学園大学教員の熊本は行きつけのBarである『Ermite』に向かった。
「イラッシャイマセ。オ久シブリデス・・・『手品師』サン」
「やーやーアシカ君。今日のバーテンダーは君だけかい?」
「イエ。アイリスサンモイルンデスガ、彼女ハ今厨房ニ・・・」
『アシカ』と呼ばれたバーテンダーはちらと厨房を見た。以前、熊本はアシカに自分の職業を手品師と言ったため、それ以降この店で熊本は手品師として通している。ご挨拶に簡単なカードマジックを披露すると、マスクを被っている時の裏声ではなく地声で喜ばれたのは笑い話だ。
――屈強な体格に見合った低い声だったなぁ・・・でも、声は若めだったから20代中頃・・・九岡も、珍妙な人間をスカウトしたものだ。
熊本はチャーミングなマスクの中にある本当の顔を想像して笑みを深める。
「ということは九岡・・・マスターはまた泣いているのかな」
「本業ガ上手クイカナカッタミタイデ」
アシカは熊本にスコッチウイスキーを出し、他の客のオーダーを聞いて、すぐカクテル作りに取りかかる。女性バーテンダーであるアイリスも出来上がった料理を提供し、会計や掃除など目まぐるしく働いていた。
――今日は忙しい日・・・という訳でもなさそうだな。いや、なるはずがなかった。と言った方が正解か。
自分や他の客と談笑する余裕がなさそうな2人を見て、熊本はグラスを持って立ち上がった。勝手知ったる足取りでスタッフ専用のドアを開け、奥へと進む。
あるドアの前で立ち止まり、ノックなしでドアを開けた。熊本がわざと礼節を欠いた理由は、ノックをして自ら名を名乗らずとも、部屋の中にいる人物――九岡には既知の情報であるからだ。
「ひぐっ・・・うえっ、ぐぅぅ・・・」
「やっほー!僕が来てあげたよ!調子はどうだいマスター九岡!いや・・・この部屋でなら『隠者』呼びの方が良いんだっけ?」
「う・・・ズズッ。『魔術師』・・・来ないでってRICHした・・・ブブーッ!」
「うわきた・・・な、情けないなー。来ないでって言われて来たくなるのは人間の性らしいよ」
『Ermite』のマスターである九岡は、背中を丸めて上等な椅子に腰かけていた。涙と鼻水塗れの顔を温かいおしぼりで拭き、ティッシュで大きく鼻をかむ。薄暗い部屋を照らすのは九岡の側にあるランプの明かりのみ。壁一面には本棚が設置されており、様々な言語の蔵書が隙間なく収納されていた。
熊本は許可なく九岡の対面に座り、先程自分が入ってきたドアの反対側にあるもう一つのドアを見る。
「ソ・・・やばっ。今はニャルラか。ニャルラから聞いたよー。情報跳ねのけられたんだって?自分1人で考えて闇雲に動くのは君の悪い癖だねぇ」
「だって、だって・・・必要になると思って・・・というかアイリスとアシカ君に魔術師は通すなって言ったのに・・・ふぐっ。うえええええ・・・」
九岡の本職は情報屋であり、Barのマスターは表の顔にすぎない。どんな客であれ等しく、適正な価格で正確な情報を迅速に提供することで名を馳せている。電脳世界での通り名は『隠者』であり、同業者の間でその名を知らないものはいない。
また、合法非合法構わず入手した情報から未来を予測することも得意とされている。そんな情報収集のプロフェッショナルである隠者が、都心部から遠く離れた佐古に店を構えていることを知る者は少ない。熊本はその数少ない内の1人であり、九岡の知人でもあった。




