第83話『親にバレたら大問題』
第83話『親にバレたら大問題』
私はそっかと答え、状況整理を試みる。
――水宮春美さんは今老人ホームで暮らしている・・・どうにかしてその場所を聞いて、あとは春美さんご本人と施設の職員に私のことをなんて説明すれば・・・。やはり安全な接触を図るためには花梨ちゃんのお母さんの協力が必要か・・・。
ふと駐車場を見ると、そのスペースに車は停まっていなかった。ということは・・・。
花梨ちゃんはニャルラを肩に乗せ、鍵を持った右手を自由にする。そのままスタスタと玄関ドアまで歩いて行った。
「多分リビングに施設んパンフレットがあったと思います。めーちゃんのお礼に、よかったら上がってください。ママとパパは今日仕事で夜まで帰ってこんっちゃけど、にーにはもうすぐ帰ってくるて思う・・・」
「流石に親御さんがいない家にお邪魔するのは・・・えっちょっと待って花梨ちゃん!ニャ・・・めーちゃん持ってかないでー!」
花梨ちゃんは私の遠慮を無視して、ニャルラを抱えたまま鍵を開けて中に入る。お母さんにバレたら怒られるの花梨ちゃんだぞ!それでいいのか!私がそれをやれば間違いなく平手打ちとご飯抜きの刑だ。深山家はどうか知らんけど。
――お母さん不在とは・・・また厄介だな。
今後のフォローを考えると眩暈がしそうだ。私はパンフレットを手に入れたらすぐにお暇しようと心に決め、金色のプッシュプルハンドルに手をかけた。
(=^・・^=)
「スリッパどうぞ」
「あ、ありがとう」
「洗面所はこっちです」
「すみません・・・」
――しっかりした子だ・・・!
私が洗面所で手を洗う横で、花梨ちゃんは涙のシミで汚れた眼鏡を拭く。お世辞で似合っていると言うと、戸惑った様子で頷かれた。ほぼ心にもないことを言ったのが透けていたか、褒められられていないからか・・・全く子供というものは難しい。
「沖谷さんはどこ出身の人なんですか」
「え・・・あー福分弁じゃないからか。両親が標準語で話すから、私もうつっちゃったんだよね。友達皆バリバリ方言使ってて、私も合わせたいんだけど・・・似非になっちゃってさ」
「そうやったと。わたしのクラスにも福分弁で話さん子がおって。あと、神京から来た子もおる。皆から変って言われと—。ばってん、わたしは少し羨ましか」
巧妙に本音を隠し話の論点をずらすと、花梨ちゃんはそれに気づかず自分のエピソードを話し出した。
――ごめんね。小3とはいえ無暗に自分の個人情報を開示したくないんだ。嘘はついていないからセーフってことで・・・。
そう心の中で呟くと、ニャルラが私の足元の周りをうろちょろしてきた。踏まれたいのかな。私はニャルラと戯れながら花梨ちゃんの話に相槌を打つ。
「まぁ・・・。方言のある地域ではよくあることだよね。逆もまた然りだけど。花梨ちゃんも標準語で喋りたかったら、将来その地域に住めばいいよ。そうするのが一番手っ取り早い」
「神京は遠か」
「確かに。でも、私は花梨ちゃんの福分弁好きだよ。福分弁って可愛い方言ランキング1位じゃん。敬語も格好いいけど、方言を疎む必要はないんじゃないかな」
撫でたくなったので花梨ちゃんの頭を撫でると、彼女は頬を膨らませて洗面所を出ていった。
「これ、怒ってるのかな。照れてるのかな・・・」
「にー」
イヤホンから疑問を連想させるBGMが流れる。私はそこでようやく花梨ちゃんに会ってからずっと、片耳にイヤホンをつけたままだということに気づいた。
――全然違和感なくて忘れてた・・・。流石にもう外そう。
深山家ではお茶をご馳走になるついでにお手洗いも借りた。冷房が効き始めたリビングの真ん中で横座りし、じっくりと中を見渡す。真後ろにあるソファーには恐れ多くて座れなかった。
――綺麗な家だな。広さは実家と同じくらいか・・・。
共働きの家庭であるにも拘らず、室内は掃除が行き届いている様子だった。
「に・・・めー」
「ん?」
立ち上がってニャルラの方へと向かう。白い壁には花梨ちゃんが書いたとされる習字や絵が貼ってあり、その下にある棚にはトロフィーや盾、家族写真が飾られていた。
――へぇ・・・花梨ちゃんはお母さんに似てるな。でもお兄さんとは全然似てない・・・それに、こっちのお婆ちゃんが、まさか――。
お婆ちゃんと花梨ちゃんとお兄さんが写っている写真を指さしてニャルラを見ると、にーともの凄く小さい声で鳴いた。
「お待たせしました」
「はぁっ!ありがとう!」
花梨ちゃんの呼びかけにビクッと肩が跳ねる。意識が写真に集中していたためついビビッてしまった。
「これが今ばーばが行きよー老人ホームで、部屋はいっちょん覚えとらん。2階のどっかやったって思う」
「おーありがとう」
パンフレットは荷物になるので写真だけ撮って花梨ちゃんに返した。水宮春美さんの現在地が分かればもうここに用はない。お茶飲んだらさっさと帰ろう。
「今からそこ行くと?」
「めー」
「そうだね。めーが会いたくて仕方ないらしいから」
「わ、わたしも一緒に・・・」
花梨ちゃんはそう言い淀んで唇を噛む。難儀だな。と心の中で同情した。彼女は自分がまた小学生の子供であるということを頭の中で理解している。親の許可無くして1人で勝手に行動することが許される年齢ではない。
――老人ホームが歩いて行ける距離だったらよかったんだけど・・・。花梨ちゃんの反応を見るに、そうではなさそうだな。
私は花梨ちゃんの頭の上に手を置いた。彼女は僅かに頭を下げ、黙って頭を撫でられる。
「お母さんの許可が取れたらいいんだけど・・・まだ無理だね。私が花梨ちゃんのお母さんにとって信用に足る人物ではないから」
「・・・」
「嘘も駄目だ。バレたら倍怒られるからね。嘘はついちゃいけないけど・・・隠すのはギリセーフだと思ってる」
「めー」
ニャルラが『いやアウトだろ』と言っている気がするが、スルーして花梨ちゃんの前に膝をつく。
「私がこの家に来たことはお母さんに内緒にしてほしい」
「何で?」
「花梨ちゃんにとって私は『めーの飼い主』だけど、花梨ちゃんのお母さんにとって私は『知らない人』だからだよ。知らない人は家に上げちゃいけないって言われてるでしょ?」
「うん・・・」
花梨ちゃんが戸惑い気味に頷くのを見て、ある記憶が蘇った。私も過去に花梨ちゃんと同じくらいの年齢で、あの人を怒らせてしまったことがある。
『またママがお昼寝してる間はるまちゃん呼んで!何も言わず友達を家にあげるなって言ったよね!?』
『だって・・・言ってもどうせ駄目って言う・・・』
『当たり前でしょ!?この前のテスト散々だったのに・・・あぁもう今日掃除してないのに最悪・・・信っじられない!』
『ごめんなさい・・・もうしない・・・』
『これ2回目だからね!何!?アンタもしかして発達障害!?お医者さんところに行ってADHDじゃないか診てもらう!?』
当時ADHDがなんの病気か分からなかった私は家族が寝静まった夜、悲しみを紛らわせるために父のノートパソコンを借りて調べた。数分後、完璧に意味を理解した私は誰もいないリビングで1人静かに泣・・・駄目だこれ以上は思い出し泣きしてしまう。
心がズタボロに切り刻まれる感覚を忘れたい。けれど、こうして偶に思い出してしまう。私は消したくても勝手に蘇るトラウマを一生抱えて生きていくんだ。
――そんな思いを花梨ちゃんにしてほしくない。私が原因で花梨ちゃんが叱られることだけは避けないと。
「沖谷さんは戸房に住んどらんの?」
「うん。福分駅の近く」にあるホテルに今日は泊まる。
「・・・また会いに来てくれる?」
「それは・・・」
足元を見るとニャルラはめーと鳴いてジャンプし、花梨ちゃんに体当たりした。
「わっ。めーちゃんどげんしたと」
「・・・めーはまた花梨ちゃんと遊びたいって。私は簡単に会えないかもしれないけど・・・めーはフットワーク軽いから、きっとまた会いに行くと思う」
私はしゃがんでニャルラを撫でる花梨ちゃんの隣に座り、その様子を眺める。私と花梨ちゃんはニャルラがいなければ、こうして会うことは無かったワケで・・・あまり深い仲になるのは運命的に良くないことなのかもしれない。
――それに、新たな問題も浮上したしなー。
スマホを見ると、RICHの通知が2桁に増えていた。不在着信も数件入っている。深山家から出たら折り返さないと。
「明日は?明日は会えんと?」
「めー」
「めーは行くってさ」
「・・・沖谷さんは?」
「私は・・・」
花梨ちゃんは今にも泣きだしそうな顔で私を見つめる。何でだよ。君はニャルラがいればいいんじゃないのか。
「ありがとう。花梨ちゃんのお母さんとお知り合いになってから、会いに行くよ」
「本当に?」
「うん。約束する。いつになるかはちょっと分かんないけど」
そう笑顔で言うと、花梨ちゃんの顔が和らぐ。私は彼女がニャルラと戯れだしたのを――冷ややかな目で見つめていた。




