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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第82話『深山花梨を慰める』

第82話『深山花梨を慰める』


私はスマホをマナーモードにしてリュックの中にしまう。見覚えのあるアイコンから何件かRICHが来ていたけど、見えてないフリをする。


「違う・・・ママは、好きな漫画のキャラん名前にしたって・・・そん子みたく、明るく前向きで忍耐強くて運動も勉強もできて、ずっと健康で幸せな人生ば掴みとれって意味だって」


――漫画のキャラクターか・・・私その子知ってるぞ。


脳内にとあるバドミントン漫画の主要人物の姿が思い浮かぶ。成程、花梨ちゃんのお母さんは子供に名付ける程そのキャラが好きなんだな。


「めー?」


「また後で教えるよ。懐かしいな・・・って言っても、連載はまだ続いてるけど」


「沖谷さんもその漫画知っとーと?」


「まぁね。漫画も全巻集めてたし、スマホゲームも高校の頃めっちゃやってたよ」


私達の世代でもあの漫画が爆発的に流行ったため、中学高校のバド部は入部希望者が殺到していた。私とはるまも興味はあったけど、流石に同学年の女子が20人以上いる部活に入部するのは躊躇してしまった。


「今はやっとらんの」


「うん。でも、また再インストールしてみようかな・・・」


話しててソシャゲしたい欲が再燃してきた。スマホを買い与えられた高校1年生の頃が1番ピークだったんだよなぁ。と、懐古しかけた思考を慌てて中断する。


「花梨ちゃんは自分の名前好きなの?」


「・・・よう分からん。ママはよう分からんバドミントンの漫画読め言うてくるし、クラスの男子からは『かりんとう』言わるーし・・・この前の参観日で自分の名前の由来を発表せないかんで、そこから皆に広まって・・・皆から似とらん似とらんって・・・」


「めー」


――うわあああ懐かしいいいー。あったあった名前からしょーもないあだ名つけてくるやつ!


花梨ちゃんの心情とは裏腹に、私はまた懐古して嬉しい気持ちになってしまった。私もなくはなかったけど、はるまの方が被害が大きかったのを今でもうっすらと思えている。


「私もあったよ。漢字だけ見ると『こうせい』とか『さちお』って男性名に読めるから、凄くからかわれた。それでも、苦しいのは今だけだよ。中学に上がれば、少なくともかりんとう呼ばわりされることはなくなる」


「・・・ほんとに?」


「うん。名前の由来なんて・・・親の勝手な押し付けだよ。親がこう言っているからこうしなくちゃいけない。っていうのも大事だけど、自分が一番納得がいく答えを大事にすればいい。少なくとも私は花梨ちゃんの名前を聞いて、近所の庭に生ってる花梨の木を思い浮かべた。まぁ、また自分の名前で嫌な思いした時にでも調べてみたらいいよ」


私は彼女の環境に同情して、頭を優しく撫でる。すると彼女は肩をビクッと跳ねさせ、ニャルラをしっかりと抱きしめた。


「わたしは『花梨』みたく運動神経がようなか。今日の水泳講習だっていっちょん泳げんやったし、男子に『かりんとう』って呼ばれても目ばギュってして耳ば塞ぐことしかできん。これが『花梨』だったら男子ん前に立って堂々と文句ば言うのに」


――あぁ。この子はもう、自分の名前に縛られている。名前に相応しい自分になることばかりを気にして、自らを追い込んでいるんだ。


心が痛くなる。親は何してんだ。と思って体に巨大なブーメランが刺さる。私自身、まだ名前の呪縛から抜け出せていない人間だ。彼女に気の利いた言葉をかける資格なんてない。だって私がそれを言っても全てが嘘になるから。


「私も自分の名前はあまり好きじゃないんだ。『幸せを生す』って意味なのに、今まで生きてきた中で私は・・・誰も幸せにしていない。不幸にして、悲しませることしかしてこなかったんだ。その度に自分が嫌になったよ・・・だから花梨ちゃんの気持ちは分かる。軽く親に話しても『そんなの気にするな』って言われるし、そもそも普段から忙しそうにしてるから、自分の辛い気持ちを話すの躊躇っちゃって言えないんだよね」


「・・・っ」


「君は『バドる!』の『宮澤花梨(みやざわ かりん)』じゃない――『深山花梨』っていう、全く別の人間・・・というか『バドる!』の花梨は架空のキャラクターだから。似てなくて当たり前だし、似せなきゃいけない必要はどこにもない。まだ何も花梨ちゃんのこと知らないけど・・・猫とスミックマが好きで、思いやりと知性に溢れてるのは今までの会話で凄く伝わってきた。私の隣にいる花梨ちゃんは同じ名前でも・・・名前内面全部ひっくるめた上で、『宮澤花梨』より素敵だよ」


「・・・」


「めー」


――な、泣いちゃったぁ・・・。どうしよう大丈夫かな。通報されませんように。


花梨ちゃんが立ち止まって静かに涙を流しているというのに、私は自分の体裁のことが真っ先に頭に浮かんだ。泣くなとは言わないけど、私と花梨ちゃんは誰が見ても姉妹には見えない。万が一ご近所さんに目撃されればすぐにその情報が親に行き、『ウチの子に何してるの!』と怒鳴られること間違いなしである。


――それは嫌だ!私は40代から50代の女性に怒られるのが一番心にダメージを負うんだ。


何か使えるものはないかと片手でリュックの中身を漁る。私がわたわたしている中、ニャルラも己の魅力を駆使して花梨ちゃんを慰めていた。それが効果てきめんだったのか、彼女の涙声に微笑が混じる。


「ふふ・・・あははっ!めーちゃんこしょばいー」


「・・・ごめん。会ったばっかなのに好き放題言っちゃって」


一応謝罪すると、花梨ちゃんは黙って首を振りもっと頭を撫でてと要求してきた。


――嬉しかったのかな。それも分かる。


大して仲良くない人から貰える優しさが、実は最も心にクる。これは私の自論だ。


「ってか『バドる!』の花梨は高校生だし。小学生の花梨ちゃんと比べるのは酷な話じゃない?それに、『バドる!』の花梨だってちゃんと短所あるよ。プロローグから主人公にコテンパンに負かされるしね」


『バドる!』の花梨をディスりまくると、花梨ちゃんは再び家に向かって歩き始めた。私はこっそり安堵の溜息をついて、彼女の頭から手を離す。


――良かった。もう大丈夫そうだな。


「沖谷さんは高校何年生なんですか?」


「・・・ぇ」


――断定しやがったなコンチクショウ!もう成人しとるわ!


確かに童顔だけど!化粧してるし!確かに行ったことない居酒屋や、病み飲み会のお使いでお酒買うと毎回店員さんに年齢確認(ねんかく)されるけど!でも私服のセンスや雰囲気で大学生って分かるくない!?


「さ、3年生・・・」


「にーにより先輩や。にーに高1やけん」


にーには恐らく彼女の兄のことだろう。年の差兄弟だな。


「ソウデスカ・・・」


特に訂正せず言うと、花梨ちゃんは私の嘘をあっさり信じた。いやもう少し私のことも観察してほしいんだけど。


「・・・あれ。さっきの一軒家『深山』って表札がかかってたけど」


「・・・」


ふと目に入ったのでそれとなく聞くと、花梨ちゃんがギクリと肩を強張らせる。私が見逃していたらどこまで歩くつもりだったんだ。今背中の汗ヤバいぞ。化粧も片井しお事件の時みたく薄化粧にしていけば良かった・・・。完全に旅行気分で浮かれてた。


「めー」


「ばってん・・・」


花梨ちゃんはまた泣きそうな顔をしてニャルラを抱きしめる。離れたくない気持ちは分るけど、どうしたものかと悩む。結局、私は駄目元で彼女に聞いてみることにした。


「ちなみにさ、この近所に水宮さんっているかな。液体の水に建物の宮」


「水宮・・・は、ママの旧姓です」


「ほわっ!?そうなの?なら花梨ちゃんの親戚に水宮春美さんって人いる?」


「ばーば」


「え?」


「ばーばの名前が、多分名前にはるがついとったような気がします」


「めー!」


――やっぱりビンゴだったのか。ならつまりここの家には・・・。


私は黒い外壁の家を見上げる。花梨ちゃんは水宮春美さんの孫だった。そして、花梨ちゃんの母親は水宮春美さんの娘――つまり、水宮命ちゃんの妹か姉ということになる。


「実は私とめーは、水宮ってお婆さんを探してて・・・会いたいんだ。花梨ちゃんのお婆ちゃんって、今どこにいるか分かるかな」


「ばーばに・・・?」


花梨ちゃんは訝しげな表情で首を傾げる。さてはこの子問いかけに対してまず最初に理由を求めるタイプだな。素直に答えてくれればいいものを。


「めーがお世話になったらしくてさ。私というより、めーがもう一度会いたいって言って聞かないんだ。最近ずっとこの地域をウロウロしてる」


それっぽい話をでっちあげると、ダシにされたニャルラは瞳孔が開いた目で私を見つめる。花梨ちゃんが「そうと?」とニャルラの顔を覗くと、一瞬で瞳孔を閉じてめーと鳴いた。


「あれ。でも確かお婆ちゃんって介護が必要な身体なんだっけ」


「去年まで一緒に住んどったけど、今は施設にいます」


花梨ちゃんはポケットの中を探り、中から鍵を取り出した。

幸生「ずっとめーちゃん抱えてて熱くないの?」

花梨「だってこげん機会そうなかし」

幸生「へー(意味が分からないという目)」

花梨「沖谷さん本当に猫好いとーと?」

幸生「ごめん私犬派なんだ・・・猫は大変だよ。水零すしカーテン引っ掻くし缶詰勝手に出すし」

花梨「何で猫飼うとーと・・・?(ジト目)」

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