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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第81話『黒猫ニャルラはめーと鳴く』

第81話『黒猫ニャルラはめーと鳴く』


――まぁ、そう意気込んだものの・・・。


「果たして今日中に見つかるかなぁ・・・戸房にいない可能性だってあるよね」


「にー!」


「あくまで楽観視し過ぎず現実的に考えた結果であって、物事はそう上手くはいかな・・・ごめんごめん爪立ってるいてててて」


脊髄反射でネガティブな思考が頭によぎり、思わず遠い目になってしまう。すると、それを察知したニャルラに初めて爪を立てられた。そんな怒らんでも!


ニャルラがイートインコーナーにある手洗い場の水を飲んでいる間、私はごみを捨てて手鏡を持ち、化粧がよれていないかチェックする。


――水くらい買うのに・・・ニャルラがいいならいいけど、私は水道水飲むのは嫌だなぁ。


ケチでもここだけはケチれない。正直水の味なんて分からないしこだわりもないけど、水道水は飲みたくない。だから私は一人暮らしをしてすぐ、エビリーの給水機専用ペットボトルを購入して定期的に補充している。ちなみに今日も緑茶のペットボトルの中に調理水を注いだものを持参してきた。調理水と飲料水は違うという質問は受け付けない。水道水じゃなければいいんだ。


(=^・・^=)

スーパーを出てすぐ、私は日傘をさすことに気を取られていた。次にニャルラを目にした時は――はるか遠くへと走る、小さな黒い塊になってしまっていた。


――ええ!速っ!ちょっとニャルラ!


私もすぐに地面を蹴って追いかける。今回の旅行に履いていく靴をスニーカーにして本当に良かった。新品で履き慣れていないのはあるが、サンダルだったら間違いなく見失っていただろう。


――いた!ニャルラ・・・。


ニャルラが駆けていった道を私も走っていると、その向こうでスフィンクス座りをしているニャルラを見つけた。何道端でリラックスしているんだ。


「はっ、はっ・・・っげほっ。ごめ・・・その、猫・・・」


「――この猫、お姉さんの猫ですか?」


息も絶え絶えに話しかける。すると赤縁のラウンドタイプ・・・丸眼鏡をかけた小学生っぽい背格好の少女がしゃがんでニャルラを撫でていた。お互い眼鏡越しに目が合い、一瞬の静寂が流れるもすぐに気を取り直して少女の質問に答えた。


「っそ、そう・・・急にどっか行っちゃってびっくりした・・・ごめん待って水飲むわ」


私は日傘を肩にかけ、水を半分ほど飲む。こんなことならさっきのスーパーでお茶買っておけばよかった。


「何て名前ですか?」


「あ、えーと・・・」


「めー」


チラッとニャルラを見ると、ニャルラは少女に向かってめーと鳴いた。


――いや何でやねん。


「めー?ヤギみたい。ね、もう1回鳴いて」


「めー。めー」


「凄い凄い!面白い!この子の名前、めーちゃんやろ?めーって鳴くからめーちゃん!」


「お、おぉ・・・うん。ソウダヨ」


私は日傘をかざして、少女を陰の下に入れてやる。この暑さで帽子被らないのは危険だと思うぞ。


――うーん何この状況。何でニャルラはこの子に姿を見せたんだ?まるで古米さんの時みたいに・・・。


私は周辺を確認するも、通行人はおろか車が通る気配すら感じられなかった。私は1歩下がって少女を観察する。女の子は肩にスミックマがプリントされたビニールバックをかけており、髪も湿っていた。


――プール帰り?1人でいるってことは・・・小学校のプール開放に行ってたとか?スイミングスクールだったら指定のスクールバックがあるハズだしなぁ。


私がそこまで推理を巡らせている中、少女は顔をほころばせてニャルラにリクエストする。少女はニャルラがめーと鳴く度に、頭やお腹をわしゃわしゃと撫でた。


「かわいい・・・」


「猫の扱い慣れてるね。飼ってるの?」


「ううん。でも今度の小学生テストで、わたしが全部の科目80点以上取れたら飼うたっちゃよかよってお母さんが・・・」


「飼うたっちゃよかよ・・・そうなんだ」


――福分弁んんん・・・。


「ばってん、おおかた取れんし、取っても飼わせてもらえんて思う」


どうしてと聞くと、少女の顔が曇る。方言混じりの説明を要約すると、お兄さんの学費や祖母の介護費用などがかさみ金銭的余裕がないとのことだった。


――それをこの子が理解しているって・・・ヤバくないか?


「めー」


「わ、わ・・・お姉ちゃん、めーちゃんばり人懐っこかね」


その話を聞いたニャルラ・・・もといめーちゃんは、自ら少女の膝の上に乗った。少女は案の定顔を輝かせる。ちなみに私は膝の上に乗られるのがそこまで好きではない。身動き取れないから。


「君は何年生なの?」


「小学3年生です。お姉さんの・・・お名前は」


「幸生。幸せに生きるで幸生って書くんだ」


――小3・・・てことは今年9歳か。私が9歳の時敬語使えてたっけ・・・。


私は次第に、目の前の少女に尊敬の念を抱き始めた。少なくとも、この子は当時の私よりずっと聡明な大人だ。頭も良さそうである。それでも目の前の少女はただの子供であるという固定概念から抜け出せず、私はあえて名前だけを名乗った。少女は目をしばたかせて私をを見つめる。


「へぇー。幸生さん・・・苗字は?」


「え。あ、あぁごめん!幸生が名前で、苗字は沖谷です」


「びっくりした・・・幸生が苗字かと思った」


――めっちゃ恥ずかしい。


顔が燃えるように熱い。下手に子供を子供扱いすると痛い目を見るということを学んだ。


「いつまでもそこにいたら暑いでしょ。そろそろ行こう?」


「え、でも・・・」


「めー」


「めーちゃんがまだ離れとうなかって言いよる」


「ニ・・・めーちゃんめ・・・なら君の家まで、そのまま抱っこして行く?」


「・・・よかと?」


「っぅ、うん。よかよ」


「めー」


「・・・やった!ありがとう!」


移動するよう促すと、めーちゃんは頭を少女のお腹に埋める。ツッコミたい気持ちを抑えて代替案を提示すると、少女はめーちゃんを抱えて嬉しそうに立ち上がった。


「君は?って、最近の子達って知らない人に名前教えちゃいけないって教わってるんだっけ・・・」


「はい。ばってん、教えなわたしの事君呼びしますよね」


「まぁそうだね」


――そんなに君呼びは嫌か。確かに上から感凄いもんな・・・控えよう。


「ふかやまかりんです。深い山で深山。植物の花に果物の梨で、花梨」


彼女の苗字を聞いて、水宮姓ではないことに落胆した。それでもまだ希望は残っている。何故なら――めーちゃ・・・もうニャルラでいいわ。ニャルラが私を置いて猛ダッシュし、姿を現して彼女の前に現れた理由の説明がついていないからだ。


「ご丁寧にどうも。何て呼んだらいい?


「別に・・・何でもよか」


「なら花梨ちゃんって呼ぶね」


私達は横に並んで少女の家に向かう。ニャルラが自分から彼女に近づいたということは、きっと何か理由があるハズだ。私は少女が水宮春美の関係者だと信じてそれとなく情報を引き出すことにする。


「花梨ちゃんか・・・」


名前で呼ぶと、花梨ちゃんが身構える。私はそれに構わず思ったことをそのまま言ってしまった。


「もしかして11月生まれだったりする?」


「え・・・!?何で?何で知っとーと!?」


「『誕生日花』って聞いたことあるかな。1年365日全ての日に特定の花を意味づけて当てはめたものなんだけど・・・花梨の誕生日花は確か11月だったような・・・あ、ホラ11月1日と21日だって」


私はすぐにスマホで検索し、私の中にある情報が正しいことを花梨ちゃんにも見せる。ニャルラも彼女の腕の中で身じろぎして、じっと画面を見つめた。


「・・・ホントや。誕生日花って、1日に1種類ん花が割り振られとっちゃないと?」


「違うみたいだね。少なくて2、3種類。多くて10種類以上ある日もあるよ。それにこれ、国が正式に決めたものではないんだ。だからちゃんとした正解はない。本やネットによって、書いてあることが違ったりするから気をつけて」


「玉石混合ってやつですか。やけん情報ん取捨選択が必要やと」


「そういうことになるね・・・凄いな最近の小3は」


花梨ちゃんから将来大物になりそうな気配をプンプン感じる。小3の私よ・・・君は馬鹿だ。馬鹿だったんだ・・・長女なのに。花梨ちゃんと過去の私との人格形成に雲泥の差を感じて絶望していると、曇りなき眼が私を映していた。


「花梨ってどんな花?」


「えーっと、バラ科の木で、春になると白やピンクの花が咲いて、秋に黄色い実が出来る。まぁその実は不味くて食べられないけど。因みに花梨の花言葉は『優雅』『努力』『唯一の恋』・・・素敵だね。わざわざ花梨ちゃんの名前をその漢字にしたってことは、名付けた人もそんな想いを込めたからじゃないのかな」


「めー」


「・・・」


検索結果を見つつ要点だけを読み上げると、花梨ちゃんは俯いてニャルラの頭に頬をつける。


そしてポツリと一言――違う。と答えた。その姿にもの悲しさを覚えたのはきっと、今の花梨ちゃんが小学生の頃のはるまに似ているからだった。

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