第79話『福分来とっとー』
第79話『福分来とっとー』
高速バスから降りて、私は運転手さんが取ってくれたキャリーケースを掴む。
「やってきた・・・あっつ」
「にー」
夏なのに南に行くとか馬鹿じゃんと思うくらいには、今日の福分は暑かった。まずは福分駅近くに予約したホテルへと足を動かす。
「本当にペット同伴可のホテルにしなくて良かったの?」
『ピポピポーン』
「そっか・・・ふふ。前回は旅行慣れてなさすぎて荷物をコインロッカーに預けるという愚行をしてしまったワケだけど、今回は違う!ホテルの人に預かってもらうのさ!」
「に・・・」
「何か文句でも?」
自分の成長に酔いしれ、イヤホンマイクに向かってドやる。顔がにやけるのを隠すため口に手を当てていると、ニャルラがキャリーケースの上に乗ってこちらを見上げていた。
――ふー。綺麗なホテリエと話すの緊張した・・・。
挙動不審になりつつも無事荷物を預けることに成功し、身軽になった体で再び駅へと向かう。福分旅行では片道の交通費を浮かせた分、宿泊代の予算を上げた。ルームサービスと温泉がある施設を選んだ結果、神京で泊まったホテルと遜色ないレベルのホテルを予約する運びとなってしまった。夕食付にしたらベッド2つの部屋になってしまったが、1つはニャルラに使わせてあげよう。
「えーとまずはどこに行ったらいいの?」
『戸房駅までの乗り換えをご案内します』
「・・・ん?」
スマホとニャルラを交互に見る。するとニャルラはスタスタと先に進みだした。私も人込みで見失わないよう、小さなお尻を視界に捉える。
改札を通り、まさかの地下鉄に乗って戸房というところへ向かう。平日の通勤ラッシュが終わった電車内は比較的空いていたため難なく座席に座る。佐古には地下鉄が走っていないので、私は溢れる田舎民オーラを隠さずに車内をキョロキョロと見渡していた。
――流石都会・・・これで大都市圏じゃないなんて嘘でしょ。って、電車だけで思うのなんて私だけか・・・。
神京に来た時も思っていたことだが、佐古の電車には車内案内表示装置もないし、ドア横に掲示されている広告もあんなお洒落なものじゃない。走る速度だって佐古の電車より早い気がする。
「・・・ま、都会の電車は扉の横に開閉ボタンがついて無いっていうショックは、とっくの昔に経験したんだけどね」
乗り換えて26分後、私以外この駅で降りる人がいなかったので、ボソッと口に出す。
「にー」
「ん?このイントロ・・・『Watya Poi』の新曲、『このくだり何回目』だ・・・ってえ?もしかしてこの会話神京でもやったの?言ってよ・・・ってか曲名で会話すな」
ニャルラとイヤホン越しに会話?しながら交通系ICカードを自動改札機にタッチして外に出る。戸房駅は私の実家がある鯉川より断然都会だが、佐古駅よりは簡素で――ベッドタウンのような印象を抱いた。つまり、目に優しい。
「ずっと聞いてなかったけど、ここに何があるの?さっき電車の中で調べたけど、特別有名な観光地もお店とかも無かった・・・」
「にー」
ニャルラは振り向いて『早くしないと置いていくぞ』と言っているような目線で私を見る。どうやらここからは徒歩移動らしい。私は小さく息を吐き、お出かけ用のリュックから日傘を取り出した。
「・・・」
「・・・」
無言でひたすら歩く。その間、強烈な日差しがアスファルトを照りつけていた。肉球のやけどを心配すると効果音で大丈夫だと言われる。そしてようやく、ニャルラは6階建てのマンションの前で立ち止まった。
「にー」
「はぁ。ここどこ?」
『parents' home』
「は!?実家ァ!?」
衝撃発言に脳がパニックを起こす。肩もビクッと跳ねた。ニャルラは私の反応が予想通りだったのか、急に足元でじゃれ始めた。まるで私に行けと急かしているかのように。
「待って待って実家?飼い主がここに住んでいるってこと?」
『ブブーッ』
「ならニャルラの親兄弟がここいるんだ」
『ピポピポーン』
「会いたかったと」
「にー」
「そっか・・・ペットショップや施設じゃなく、ちゃんと飼われてる・・・って言い方はアレかな。というかニャルラ・・・」
――家族いたんだ・・・。えっでも、ニャルラって猫・・・じゃない。よね・・・。
冷や汗が背中を伝う。確かにニャルラのことを知りたいとは言ったけど、色々予想外だった。それでも――私は持ち前の図太さを前面に出して、入り口の扉を引いた。
「オートロックじゃないんかい・・・!」
「にー」
エレベーターのボタンに手をついて項垂れる。オートロックだったらインターホン越しにワンクッション会話入れられたのに!これじゃ玄関前で直接ご対面の流れじゃないか!
「待って手土産とか用意してないよ!それにニャルラのこと何て話せばいいの?ってか今から会う人は、ニャルラのことちゃんと見えてるの?」
3階に到着した私は、その場にしゃがんでニャルラに質問を重ねた。するとニャルラは効果音を流すことも、ジェスチャーもせずにただ一言。
「――ぇー・・・にぇ、めーー」
――は?
「めー」
めーと鳴いた。ヤギかおどれは。
開いた口が下がらないでいると、近くから『ピーンポーン』という音が聞こえた。すぐに立ち上がって音がした方を見るが、このフロアには私達しかいない。人の手以外でインターホンを鳴らせるのは透明人間か、奇術師のイリュージョンか・・・そんな悠長なことを考える暇は、ニャルラによって潰されてしまった。
――んなっ、ニャルラあああああ!あああやばっ・・・!
『――はい。どなたですか?』
――あああああ!ご在宅でええええ!
考える間もなく指定のドアの前に立ち、カメラに向かって話す。ニャルラには後で絶対説教する。もう決めた。
「はっ、はい。すみませんご留守かと思って・・・えーと私大学・・・福分大学の学生なんですが、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
『――大学・・・?少々お待ちください』
――うおいいいいいどうすんのおおおおお!大丈夫!?私これからどう会話していけばいいの!?
テレアポの技術を活かし、声の主は30代から40代の男性と推測する。どうやら家主は私を見て怪しい者ではないと判断したのか、ドアを開けて会話してくれるようだった。
――いや十分不自然だけどね。咄嗟に地元の大学生って嘘ついちゃったけど。
イヤホンを外して首に引っ掛けたと同時に、チェーンロックが外れる音がしてドアがゆっくりと開いた。
「すっすみません突然!お時間大丈夫でしょうか!」
「いえ・・・」
中から顔を覗かせてきたのは、40代後半と見られる中肉中背のおじさんだった。あまり関わりのない年代に背筋がピンと伸びる。平日の午前中にTシャツ半ズボンで過ごしているということは、今日仕事が休みの日なのだろうか。
――指輪はしてないから独身・・・ワンチャン実家住まいとか?
「それがですね――」
『ブブーッ!』『ブブーッ!』『ブブーッ!』『ブブーッ!』『ブブーッ!』
「わあっ。ちょっとすみません」
――何だ何だ?
ニャルラが『×』と言いたい時に使う効果音がイヤホンからでなく、スマホから直接流れ始めた。私は慌ててスマホを持って音を消す。下を見ると、ニャルラのしっぽが左右に高速で揺れていた。
「・・・」
「福分大の子が急に・・・どうかしたと?」
――まさか、まさか、まさか・・・。
「に・・・」
ニャルラが怯えたように後ずさるのを見て、私は一瞬で理解した。
――人違いかよおおおおおお!え違うの!?このおじさんに会いたかったんじゃないの?ちょっとおおおおおおお!
「あ、あの・・・失礼ですがここにお一人で住まわれているんですか?」
「そうやなあ・・・3年ほど前から」
おじさんは怪訝そうにしながらも、素直に答えてくれた。何この人超優しいじゃん。
「あぁーーその、前住まわれてた方のことってご存知ないですかね・・・」
「いやぁー。この物件、長い間人住んどらんかったばい、僕もよう知らんっちゃんね」
「そうですよね・・・すみませ」「――水宮春美って名前の女性ってことくらいしか分からん」
「・・・え?」「にっ!?」
リアル福分弁に気圧され、当然何の情報も得られなかったことに肩を落とした瞬間、私とニャルラは同時におじさんの目を見る。
おじさんは顎に手を当て、ここに越してきた時、1回だけポストに前の住民――水宮春美さん宛てにダイレクトメールが届いたことを話してくれた。
「にー!にー!」
『ピポピポーン!ピポピポーン!ピポピポピポポポーン!』
「ああぁぁすみません通知が・・・!さっき切ったのに!」
「変わった通知音やなあ」
――ビンゴなのは分かったから!1回落ち着いて!
「すみません・・・。今個人的にその水宮さんって方を探してまして・・・分かってるのが前この部屋に住んでいたってことくらいで、名前も貴方のお陰で判明したんです」
本当にありがとうございました。と頭を下げると、おじさんは自分が知っていることはそれだけだと申し訳なさそうにしていた。とんでもなさすぎる。




