第77話『沖谷幸生はすっとぼける』
第77話『沖谷幸生はすっとぼける』
「さっちゃんは今日バイトあるん?」
「休みだけと・・・ここでお昼ご飯食べたら暇だし行こうかな」
ななちゃんに聞かれたことで思い出す。今月のシフト提出するとき、夏休み開始日を調べずに提出したため今日を休みにしてしまっていた。
「行くな行くな」
「そーよ。今日の夜は吞み確定じゃけん。やす君とムロ君も誘おーで!」
「えっ」
ななちゃんの一言で病み飲み会が確定してしまった。今月吞んでばっかだな・・・。リュックを机の上に置き、ランチバックを取り出す。ななちゃんと沖谷君はスカイマートで買ったおにぎりや菓子パン、私は鯖と茄子とピーマンの和風炒めをおかずにわかめふりかけご飯を食べていると、部屋の外が俄かに騒がしくなった。
「何か外うるさくね?」
「2限終わったからじゃろ」
この時間、このフロアで授業やテストは行っていないハズ・・・私だけしか感じていない違和感に内心首を傾げると、リクルートスーツに身を包んだ男4人組が乱入してきた。
「おーお疲れ!」
「・・・寒っ!冷房下げ過ぎじゃろー。19℃て!」
「お邪魔しまーす。うわ本当じゃが・・・温度上げてもええ?」
「・・・」
「お疲れっす!すんませんコイツが下げたまま上げるの忘れてました。上げても大丈夫です」
「は!?あちー言いながら設定いじっとったの誰?」
――うわぁ何だ何だ。
コミュ力激高の沖谷君は素早く反応してななちゃんに罪を擦った。私は前にもこういう事があったなとひとりごつ。先日、ななちゃんが沖谷君に冷房をつけるように頼むまでは良かった。しかし彼が設定温度を下げ過ぎたため、SIG部屋に来た白田先生に開口一番、仲達先輩と同じようにツッコまれたのだ。私はその時も今日も同じ黒のシアーシャツを羽織っていたため寒さに鈍感になっていた。
「オメーが下げろゆーたけぇ下げたんじゃろーが!」
「なら全部タニ君が・・・ってそんなことはどーでもええんよ。何でここにgroovyが?」
ななちゃんはサンドイッチを食べる手を止め、スーツ先輩4人衆をジロジロ見る。SIGの副リーダーである仲達先輩は片井先輩とワイヤードリモコンの前に立ち、我らがSIGリーダーの藤脇先輩は手近な椅子に座って長い脚を伸ばした。
「避難場所。俺等さっきまで『合研』に参加しとったんじゃけど、俊二と淳の周りに人が群がりすぎとって・・・同じ演習科目グループのよしみで救出したんよ」
「あーね」
「だからスーツじゃったんか・・・お疲れっす」
合同企業研究会。略して『合研』は佐古学園大学で2日に渡って開催される就活のイベントだ。佐古の企業は勿論、他の地域に本社を構える企業も参加する。様々な業種が集まる中、学生たちは志望業種のブースに足を運び、企業紹介や求める人材像などについての話を聞いたり質問をしたりするらしい。企業によってはインターンシップの受付や早期選考の受付も行っているんだとか。
「今日来た人皆来年就活って考えただけで死にたくなるわ」
「合説も行きたくねー!でも行っとかんと・・・」
仲達先輩と片井先輩も藤脇先輩の近くに座り、各々楽な姿勢を取る。私は口をもぐもぐ動かして先輩方を見守っていた。
――先輩方はもう就活に向けて動いてるのか・・・来年の私も、真夏のクソ暑い時期にスーツ着てパンプス履かなきゃいけないんだぁ。
軽く病みそうになっていると、背後に圧を感じた。何奴!と振り返ると同時に、爪楊枝で留めたベーコンのじゃがいも巻きが目の前を通過する。
「ふむっ!ふふほー!」
「気配消しても無駄やぞ」
浦本先輩は怖い顔をして私を見下ろす。しかし口がもぐもぐ動いているので恐怖度は半減していた。私はデスクチェアごと素早く移動して彼から距離を取る。
――こ、こいつ勝手に後輩のおかず(ここ重要)奪っといて爪楊枝のゴミ、私の弁当箱の蓋の上に置きやがった!
何か一言言ってやりたいが、こっちはこっちでご飯を食べる手を止められない。今回のおかずは当たりだな・・・また作ろう。
「え!?沖谷さんおったん?気づかんかった」
――おい苗字で呼ぶな!
ようやく私に気づき、驚く片井先輩に私も驚く。そして、何も知らない4人は片井先輩の発言を聞き逃すハズもなく。
「沖谷・・・?何で俊二さっちゃんの苗字知っとるん?それに淳とも知り合いなん?」
と聞いてきた仲達先輩と、興味津々の顔つきで私の回答を待っている残りのSIGメンバー。
「あ・・・」
事情を把握したのか、しまったと笑う片井先輩。そうだよSIGメンバーは全員、私と沖谷君を呼び分けるために私のこと名前で呼ぶようにしているんだよ!ノリで決まって定着しちゃったんだよ!
「・・・まぁまぁ」
そして人のおかずを強奪しといて△の評価を下す浦本先輩。頼むから空気読んでくれ。
私は口の中を空にして、自慢げなオーラを出す。視線の先にある窓付きドアに、リクルートスーツを着た女性が複数人、窓からこの部屋を覗いているのが見えた。
――もうここはあのパターンで行くか。そんであの人達に声をかけるフリして逃げよう。
「・・・もっちろん知り合いですよ!えーとアレですよね。佐古で爆イケと名高いgroovyですよね!えーとそっちの方が・・・・・・ふ、藤脇先輩。お2人の苗字教えて下さい」
「「「ぜってー知らんじゃろ!」」」
「・・・っふ、あはははは!」
SIGメンバーのツッコミが綺麗にハモる。そうだその反応を待っていたんだ。片井先輩は私の演技に面食らうも、腹を抱えて爆笑しだした。お昼もたった今完食したことだし、後の説明は片井先輩に任せよう。私はドアの外にいる女性達が先輩方に用がありそうだと指摘して、そのままお手洗いに逃げた。
(=^・・^=)
「ふぉわあっ!」
「・・・うるせえ」
トイレから出ると、目の前に浦本先輩がいた。いないと思っている人が現れると驚いちゃうよね。ビビリあるある。
先輩は不快そうに顔をしかめ、SIG部屋とは逆の通路を進む。不思議に思うも、特に詮索せずSiG部屋に戻ろうとすると、先輩は顔をこちらに向けた。
「沖谷も来い。俊二がSIGに飲み物奢っちゃれって・・・」
「おぉー。流石片井先輩。それならお供します!」
私はその時だけちゃっかり因縁を忘れて先輩について行った。S1号館8階にある自動販売機コーナーにて、先輩はメモを見ることもせずお茶やジュース、珈琲のボタンを押していく。そしてSIGの分の飲み物を私に持たせた。まぁこれくらいはいいだろう。
――私はどれにしよう・・・。
紙パック飲料の自動販売機の前に立ち迷っていると、背後から手が伸びる。
「お前はこれにせーや」
口をえの形にしたと同時に、プルーン豆乳の紙パックが自動販売機から出てきた。私は飲み物をもったまま、しゃがんでどうにかそれを取り出す。
「・・・黒豆乳が良かったなぁ。別にいいですけど」
「血ィ増やして献血に貢献しろや」
「えー。別に私が行かなくても、十分足りてますって。自分の血液型が何型か知りませんけど」
「・・・・・・は?」
「え?あぁ。親が教えてくれなかったんですよ。妹も同じで・・・あれ?」
最後まで言いかけて止まる。絶句している先輩の表情を見て、私は自分がおかしな発言をしていることに気づいた。先輩は左手を自動販売機の製品ディスプレイにつけて、所謂壁ドンの態勢で私を詰める。上を見ると思ったより先輩のご尊顔が近くにあったので、咄嗟に目線を下げた。
「沖谷、この前俺がした話もう忘れたん?酔ってて記憶飛んだか」
「いや・・・記憶はちゃんと残ってます。血液型の話しましたよね。うん。確か先輩と同じ血液型で・・・ちゃんと覚えてるんですけど。あれ・・・肝心要の部分がちょっと・・・」
――近いなぁ。それに先輩のスーツ姿・・・暑そ。
今日の浦本先輩は合研もあってか、黒髪に戻っていた。この人はgroovyに属しているだけあって顔とルックスはイケメンの部類に入る。それは認める。私はまるで少女漫画のヒロインになったかのような気分に浸り・・・かけてすぐ体内の温度が氷点下まで下がった。
――そうだこの人クソ野郎だった。最近少女漫画ばっか積極的に読んでるからな・・・胸キュンフィルターがかかりかけた。やっぱ私は内面重視だわ。
「・・・お前、誕生日いつ」
「え・・・」
先輩に言ったらブン殴られそうなことを考えていたら、急に真剣な表情でそんなことを聞かれて面食らってしまう。即答しようと口を開くが、私はそこで初めて自分の生年月日を思い出せないという事実に気がついた。
「それもこの前の吞みで話しましたよね。えっと・・・」
「またさっきみたく嘘でとぼけとるんか」
「いやこれは違うんですよ・・・私、私の」
――誕生日、誕生日・・・私の誕生日は。そんなの、もう・・・。
私が無意識に頭頂部と後頭部の間を手で抑えた刹那、脳裏にとある情景が流れ出した。
SIG部屋解説
SIG部屋は両端にガラス窓付きのドアがあります。中にある机と椅子はすべてキャスター付き。
椅子はミーティングチェアが殆ど。幸生は座面がフカフカのデスクチェアを別の場所からいくつか引っ張って、(ほぼ)自分専用にしています。
両端の壁面にはホワイトボードが埋め込まれています。正面にも足付きのホワイトボードが1つ。
そしてテレビ(65インチ)とプロジェクターがあります。




