第75話『良い根性してる』
第75話『良い根性してる』
膝の上で爆睡しているニャルラを起こし、私のリュックの中に入れる。その間、先輩はしおさんに会いたいけど場所すら教えてもらえないだとか、片井先輩だって辛いハズなのに笑ってばかりでムカつくだとか、周囲の好機に満ちた視線に殺意が湧くだとか、自分の将来が不安で病みそうだとか色々なことをぶっちゃけてくれた。
――もう飲み放題の時間終わったのに・・・早く帰らないとお店の人に迷惑なのに・・・。
先輩の話を熱心に聞く裏で、いつ店員さんに出ていけと言われるか内心冷や汗だらだらである。
「・・・それでも、浦本先輩には片井先輩としおさんがいるじゃないですか。先輩は決して孤独じゃないと思います」
「お前と違ってな」
「励ましてるんですけど・・・!突き放した方が良かったですか」
もっと病んでしまえばいいのに。私は店員さんが片付けやすいようにテーブルの上を整理し始めると、先輩も緩慢な動作でお皿を重ねる。
「あの、いくら払えば・・・」
「いい」
「ほぁっ!?」
てっきり割り勘かと思ったら、先輩が全部出してくれた。今日一驚いたのが先輩に気づかれ、肩甲骨のあたりをパーで叩かれる。
「痛ぁっ!」
「しばくぞ」
「もうしばいてます・・・!」
――めっちゃいい音した・・・痛っ!背中痛っ!!
痛む背中を抑えて店の外に出ようとする寸前、先輩の左耳に黒色の小型イヤホンがささっているのが見えた。
――あぁ。やっぱりか。最悪の想定が当たっちゃったな・・・。
外に出て、軽く伸びをする。たった今、疑問が確信に変わった。どうりでちょいちょい怯えだしたり、言動がおかしいところがあったりしたなと思った。誰かと食事をする時、断りもなしにイヤホンをつける人はそうそういない。しかも目立たない超小型タイプのものを、だ。
何故、私に嫌悪を抱いている先輩が片井先輩抜きだとしてもここに誘ったのか。何故、嫌いな相手に対して質問を重ねたのか。普通なら興味も湧かないハズだ。今日でなくてはならなかった理由は――先輩とイヤホンで繋がっている、第三者がいたからだ。
この会話を聞いて得するような人間なんて篠木しかいない。先輩方を使って私の気持ちを聞き出そうとするなんて篠木らしくない。けれど、そのらしくなさが私にとっては非常に有難かった。
ガラッと音を立てて会計を終えた先輩が赤ら顔で出てくる。この状況でよくあれだけ酔えたな。いや、逆に素面じゃ会話することすら難しかったか・・・。
「今日はありがとうございました。ご馳走様です」
「・・・」
頬と耳が赤い状態で睨まれても可愛げしかない。私は口角が上がるのをグッと我慢して軽く会釈した。
「あと、色々お疲れ様でした。多分ですけど、もしこの場に片井先輩がいたら――私は片井先輩の優しさに甘えて、何も喋らなかったと思います。だって片井先輩は浦本先輩と違って優しいから」
「殺すぞ」
予想通りの悪態に苦笑して続ける。今の先輩の『殺すぞ』は常時戦闘力皆無のシーバーがたまに言う『殺すぞ』にかなり似てる。私はこれが大のお気に入りだ。
「――片井先輩は私に絶対同情して、寄り添うような言葉しか選ばない。気を遣わせて・・・私が話すだけでそうさせてしまうのが分かっているから・・・言い淀んでしまう。でも浦本先輩はそうじゃないから、話しやすかったです。否定されるのは辛いけど・・・慣れてるんです。逆に優しくされ慣れてないから、私にとっては今日この場に片井先輩がいない方が良かった。お陰で浦本先輩が聞きたかったことを、しっかり話せたような気がします」
「お前、まさか・・・!」
自転車の鍵を開け、リュックをカゴの中にそっと入れる。先輩の目の届くところまでは押して歩こう。自転車を先輩の横につけると、肩をグッと掴まれた。
「・・・気づくか。そりゃ気づくわな。あの時俺等を出し抜いたお前が――察せん訳ないか」
「痛たたたた当たり前でしょ不自然すぎますって!まぁあまり片井先輩を責めないでやってください。多分あの先輩もそれが分かってて由衣ちゃんとこに言ったんだと思いますよ」
「チッ」
大きな舌打ちと同時に肩の負荷がなくなった。いつか絶対やり返してやる。
「うぅ・・・肩が、背中が・・・酔っぱらいの癖に」
「俺今酔っとるけん力加減出来んわ。うっかり殴るかもしれん」
「おおぉお疲れ様でしたぁー。それではまた!」
自転車に乗って爆走したい気持ちを抑え、速足で飲み屋街を後にした。
(=^・・^=)
私が住んでいるアパートは閑静な住宅街の中にあるため、夜になると人通りはほぼなく、車も通らない。そんな夜道を一人で歩くのは怖い・・・こともない。いや本当に。鈴虫か蟋蟀の鳴き声に耳を傾けていると、一定の間隔を空けて蛙も鳴き出す。そんな夏の風物詩を肌に感じながらでも、考えることはいつも通り暗い内容だった。
私が浦本先輩に言ったことは、全部本音だ。一度近い内に死ぬことを前提に生きてしまえば――友達も、青春も、小説や漫画の続きも、あんなにやりこんでいたソシャゲもどうでもよくなってしまった。奪われても、無くなっても、自ら手放しても悲しみが湧かなくなった。
――いなくなっても、私は生きていける。はるまも、シーバーも、保衣不もSIGも大切だけど、『一番』じゃないことだけは分かる。悲しくはなるかもしれないけど・・・本当のところはどうなんだろう。
『自分にとって一番大切な人』その席は未だ空白のままだ。その席が座れる状態であるのかさえ分からない。
「勢いでああ言っちゃったけど・・・『今は何も分からない』が正解なんだよなぁ。他の人達は、ここまで深く考えて生きているものなのかな・・・」
自分が納得するような正解に辿り着ける日はいつか来るのだろうか。私は星1つない夜空を見上げ、白い月を瞳に焼きつけた。
(=^・・^=)
7月20日午後19時。残業を終えた私は、バイト先のビルのエレベーターの中で篠木にメッセージを送った。するとすぐに既読がつき、背筋に緊張が走る。
――私は今から、私のことが好きな相手の誕生日にわざわざ時間合わせて会って、そこそこ高価なプレゼントを渡すんだよなぁ・・・。
思わせぶりにもほどがある行為に溜息が止まらない。これを安井君や沖谷君にするように友達感覚でできたらどんなに楽なことか。
紙袋の持ち手が汗で湿らないよう触れる部分を減らす。深呼吸をして開いた扉から1、2歩前に進むと、突然後ろから肩を組まれ、グイッと引き寄せられた。
「ヒィッ!ヒョウワァァー!あぁぁ・・・・・・篠木・・・」
「何て?ひぃひょわー?」
口に手を当てて笑い出す彼に対して、羞恥心が込み上げてくる。何故後ろから来るんだ!驚いた時、無意識に変なリアクションを取ってしまう自分が恨めしい・・・。
再び深呼吸をして肩の力を抜き、私の肩に乗っかっている腕を剥がそうとするが、彼はそのまま歩き出した。私も転ばないよう慌てて足を動かす。
「篠木、お誕生日おめでとう。これプレゼント」
「幸生・・・」
そう言って百貨店の紙袋を持った手を掲げると、彼は私の耳に顔を近づけて低めの声で囁く。耳が弱いタイプじゃなくて本当に良かった。今読んでる少女漫画のヒロインだったらここで腰が砕けていただろう。
「・・・なぁ。今日お前の家言っていい?」
「え゛・・・・・・いや、それは・・・」
「あ?」
いつもより甘い声に絆されかける。今日篠木は誕生日で・・・おめでたい日で・・・でもそんな日に家に入れるなんてもはや恋人のそれではないか。しかし、そんな特別な日に『他人を家に入れるのはあまり好きじゃない』とは言えない私は、諦めて今の家の状態を思い出し始めた。
「う・・・・・・わ、分か」「幸生」
「え?何?」
まず洗面所とトイレの状態をチェックし、部屋干ししている下着を取り込んで、家に何の飲み物があるのか・・・などを考えていると、顎を掴まれて強制的に上を向かされる。私はいつになく真面目な顔をした彼に目を丸くした。
「・・・もう我慢すんな。言いたいことがあるならちゃんと言え。これからは俺が、その立場に回ってやるから」
――な、何だって!?何ですって!?
「・・・え。えぇ!?人のことなんてお構いな篠木が!?まさか篠木も年を取ったことで意識の変化がぐうっ」
「だ、れ、が、おっさんだって?あと人の苗字で遊ぶんじゃねぇ」
「言ってないってー絞まる絞まる絞まってるううぅ・・・」
血管が浮き出ている腕を叩き、私は彼に正直な気持ちを伝える。すると篠木は首を絞めるのを止め、髪がぼさぼさになるまで私の頭を撫でた。
幸生「飲酒した状態で自転車を運転するのはこの世界でも犯罪です。だから乗ってません。私は誓って浦本先輩と別れてすぐ自転車に乗ってませんからねー!」
浦本「ぜってー嘘じゃろ。裏付けする描写も抜かれとったし」
幸生「何てこと言うんですか!いくら私がカクテルと果実酒計6杯飲んでも酔ってないからって、運転するワケないじゃないですか。素面だから大丈夫っていう意識は危険ですからねっ!」
浦本「・・・(無言でスマホを取り出してダイヤル画面を開く)」
幸生「何処にかける気ですか!?本当に乗ってないですって!信じてくださーい!」




