第74話『今は何も分からない』
第74話『今は何も分からない』
チキン南蛮を1個だけ私の取り皿の上に乗っけて、残りは先輩が食べていいという意味を込めて皿を先輩の方に寄せる。
「――でも中学2年から劇的に変わりました。大切なモノは作る度、全部お母さんに捨てられました。だから私が大切にしている人やモノはもういないんです。作っても、消えるって分かったから」
最近の私は同じようなことを考えたり口にしたりしてばかりだなと内心苦笑していると、先輩は不満げに眉をひそめる。
「それは、お前にも原因があるんじゃねぇん」
「・・・そうですね。事あるごとに母と約束して、それが守れなかった時の罰としてモノを捨てられたり、友達と縁を切ったり、コミュニティを奪われたりしました。もうあんな身を引き裂かれるような思いは・・・絶望は、味わいたくないです。思い出すだけであの時泣いた涙が再発しそう」
本当に泣く前にチキン南蛮を半分かじる。思いのほか熱くて、別の涙が出そうだった。
「なら、お前の家族や友達がおらんくても問題ないってことか」
「極論、そうなります。逆に彼らを残してこの世を去ることに何の未練もありません」
「威弦さんは?」
「へ」
「威弦さんはどうなるん。お前にとって、あの人は何」
予想外の質問に目を見開く。ずっと過去の話をしていた所為で、篠木のことをすっかり忘れていた。
「篠木は・・・」
――しおさんに篠木のことをどう思っているのか聞かれた時、『住む世界が違う人』って答えたんだっけ。
それも嘘ではない。ただ、他にも答えがあるだけだ。この会話はほぼ確定で篠木に流れるだろう。最悪、篠木がこの会話をリアルタイムで聞いている可能性だってある。
――浦本先輩は篠木側の人間だもんね。だったら・・・いずれ篠木の耳に入ることを前提に、間接的にぶっちゃけてしまおう。浦本先輩には悪いけど、いいよね。
「私のこと、一人の女として好きなんだなーって思ってます」
「ごフッ・・・っ、ゴホッ。っ凄いこと言うが・・・っ!」
先輩が水を飲む時を狙って発言すると、期待通り盛大にむせてくれた。私はしてやったりの表情を隠すためにお酒を飲む。
「告白はまだされてないんですけど、何となくそうなんじゃないかなって。私なんかのことを好きになってくれるのは嬉しいんですけど・・・私は『なんか』を付けるくらい、自分のことが嫌いです。って、これは前にしおさんといる時に話しましたよね」
「げほっ、げほ・・・あぁ」
「また両親に愛されたかったけど、そう思えば思うほど遠ざかるばかりで。幸せだった過去がどんどん美化されていきました。前を見て進んでも暗いままで、一瞬明るくなったこともあったけどすぐその光は消えて。一向に照らされるどころか・・・次第に自分が闇に慣れてしまって、終いには光に焦がれることすらしなくなりました」
「・・・つまりどういうこと」
「う・・・えーつまりですね・・・」
言いながら、少し抽象的すぎると反省する。小説の読みすぎだ。国語は得意だったけど、こんな調子だからあの人に伝えたい気持ちを正しく言い表せられないんだ。
「死にたいと思い始めてから、自分の中にある『好き』が分からなくなって・・・特別生きる理由もない状態なので困ってるんですよね。あ、でも今は違いますよ?やっとあの人から離れられたので、毎日生きてて楽しいです」
『死』という言葉にニャルラが顔を上げ、浦本先輩が瞠目したので慌ててフォローを入れる。とは言っても2月頃まであの人のお節介がしつこくて精神的に辛かったけど。
「・・・・・・いつから?」
「えーっと・・・でも最近ですよ?今年入ってからです。最初は新しい玩具見つけたみたいな感覚で私に構うのかなって思ってたんですけど、日に日に距離が近くなってスキンシップが増えたり、私の交友関係に口出すようになったり、頻繁に連絡が来たりするようになって・・・。このまま『篠木は私のことを反応が面白い玩具として見ているだけであって、恋愛的な意味で好きなワケがない』ってスタンスで無神経に行動すると身の危険を感じたので、嫌々認めました。正直納得はいってませんけど」
時たま私の推理が本当に正しいのかが不安になる時がある。彼が私に執着し、特別扱いする理由が恋であると断言することは――まだできない。答え合わせをしていないからだ。
「お前は威弦さんのこと好きなん」
「恋愛感情は持っていません。たまに湧くこともありますけど、ほんの一瞬です。このままの関係が良いと願う程、彼に好意を向けられることが怖くて・・・私は篠木の、恋の告白に怖気づいている」
「・・・なら、もし威弦さんがお前に告白しても断るんか」
「そうですね・・・って、先輩も篠木が私のこと好きなの知ってるんですね」
無言の肯定がこの場を支配する。店員さんが飲み放題のラストオーダーを聞いてきたので私は桃の果実酒のお湯割り、先輩は水を注文した。
きっと篠木が私に告白したら――持ち前の強引さで私を無理矢理引っ張っていくだろう。そしてなぁなぁな気持ちのまま体から堕とされて、半同棲状態になって、ワンチャン人生の墓場へ・・・なんて未来が荒唐無稽だと思えないのがとても怖い。はるまから借りたTLコミックの読みすぎだろうか。
「私は今・・・彼氏を作るより、親との関係を修復したい。これからを生きるために自分を見つめ直したい。彼氏がいる中でもそれは出来ますけど・・・もう少しだけ、一人の時間が欲しいんです」
「つまり、このまま威弦さんをキープするってことかよ」
「キッ!?違う・・・違います!」
「ムキになるってことは図星」「じゃない、ですっ」
新しいお酒を一口飲み、こっちだって好きでこんなことになっているんじゃないと噛みつく。
「重いの差が違いすぎるというか・・・このまま曖昧な態度をとり続けるのは違うと思って。とにかく篠木に申し訳なくて距離を置こうというか、離れようとしたんです。でも私って友達少ない平和主義者じゃないですか」
「友達ゼロの利己主義者が何ほざいとん」
「ぐ・・・だから浦本先輩と違って人の誘いを断ったり、避けたりすることに不慣れで。特に1回断っちゃうと次は行こうって気になっちゃうんですよ。それに嘘の理由も考えるの苦手で・・・私も冷酷無比な浦本先輩みたいに非道にいけたら」
「よし。これから港行くぞ。沈めちゃるわ」
「すみませんでした」
浦本先輩の目が据わったのを見て秒で頭を下げる。ちょっと皮肉言っただけなのに報復がエグすぎるんだけどマジ何この人。
「でも良い意味で言ったんですよ?私先輩と違って悪口のボキャブラリー少ないんで」
「俺非道じゃけん沈めた後引き上げて冷凍庫にぶちこんだるわ」
「あーそういえばしおさんは今何されているんですか?お元気ですか?」
慌てて会話を明後日の方向に逸らす。これは片井先輩にしたかった質問だけど・・・今の酔ってる浦本先輩なら答えてくれるかな。そう期待を込めて先輩を見ると、彼は手にミニジョッキを持ち、中身を一気に飲み干した。それはさっきまで飲んでいたお冷ではなく――私がラストオーダーした桃の果実酒のお湯割り(飲みかけ)だった。
「あぁーっ!」
――それ私の!いつの間に!って一気飲みして大丈夫なの!?
「・・・甘っ。しかもお湯割りとか・・・嫌がらせか」
「だってあったかいのが飲みたかったんですよ!」
慌てて私の分の水を先輩に勧める。これは口をつけていなくて良かった。酒は冷たいものより温かいもののほうが体内に消化吸収されやすいため、早く酔いが回る。とはいっても果実酒だから焼酎よりはアルコール度数が少ないハズだけど・・・頼むから潰れるなら私と別れた後にしてほしい。
「平気ですか?ちゃんとお家帰れますか?吐くならトイレでしてくださいね」
「殺すぞ。しおは今厚生施設におるらしい・・・熊本先生の紹介で、刑務所より相応しい所じゃって。熊本先生は片井グループの経営コンサルタントもやっとるらしくて・・・今こうして俺と俊二が普通に大学通えとるのも、片井家が路頭に迷わんでいるのも全部あの人のお陰ってことになっとるらしい」
「へぇーあの先生教師だけじゃなくて副業?でそんなこともしてたんですね。良かったじゃないですか」
私が明るい声で言うと、反対に先輩は頬を上気させて浮かない表情だった。何か納得いってないことでもあるんだろうか。まぁ確かにあの先生は謎に包まれているけど。
「色々納得いかんところもあるけどな。コンサルタントのこととか俊二も知らんかったらしいし、しおと一緒に捕まった奴等もその厚生施設って所に行ったらしい。いつ帰ってくるのかは、本人次第じゃって・・・分からんことが多すぎて・・・何が嘘で、何が本当で・・・もう俺は、誰を信じて生きたらいいか分からん。俊二だって今日裏切りやがったし・・・」
しまった。勝手に変なスイッチが入ってしまったみたいだ。年上の男性が落ち込んでいる時の対処法なんて知らない私は、暫くわたわたと狼狽えていた。




