第7話『佐古学園、マジサイコー学園』
第7話『佐古学園、マジサイコー学園』
佐古学園大学。佐古市に本部を置く日本の私立大学である。理工系の大学であり、約5千人の学生が学ぶマンモス大学だ。男女比は8対2。キャッチコピーは『佐古学園、マジサイコー学園』結構気に入っているけど、他の生徒にはこの面白さが伝わらないようだ。
自転車を押して、えっちらおっちら坂を上る。山の上にさえなければ、休日でも入り浸っていたのに。
エスカレーターを上った先に見えるのは一昨年新設された11階建ての経営学部棟。私立大学らしい豪華なデザインの門を通過し、煉瓦舗装された道の端を歩く。
ショッピングモールと遜色ない女子トイレで身だしなみを整え、1限目の教室に入った。
「おはよ」
既に席を確保してくれた友達に挨拶すると、2人の視線が私に集中した。
「おっすー」
「おはよー」
「おはよう。高橋さんは?」
「余裕で遅れるって今LICH来た」
「いつも通りだね。まぁ今起きてるだけマシな方か」
「高橋にタニが『寝坊してんじゃねぇよカス』って言ってたって言っとくわ」
「わータニひどー。さいてー」
「こっちのセリフ!」
4人のグループLICH『保衣不』に新規メッセージが1個2個と増えていく。私もスタンプを一個送り、スマホをしまった。
(=^・・^=)
「はい。じゃあ今日は第2章をやっていきます」
毎週月曜日と水曜日の1限は『観光ジャーナリズム』から始まる。鷲木先生が教鞭に立つ授業は教科書なし、出欠なし、生徒の授業態度に言及なしの楽に単位が取れる条件全てを満たしている良授業らしい。実際この噂の通り、梅ちゃんは居眠り、由衣ちゃんはスマホ、高橋さんはたった今参上し、堂々とした足取りで席に着いた。
ちなみに授業開始から30分が経過している。先生によっては問答無用で遅刻欠席扱いになる時間だ。・・・もう少し申し訳なさそうに入りなよ。
スクリーンを見ると、レジュメには記載されていない補足情報が表示されていた。どうやら今やっている部分はテストに直接関係のないところのようだ。
なら――退屈だし、レジュメの穴埋めは小説片手にやろうかな。
リュックの中に手を伸ばすと、もふもふとした感触が左手全体を覆った。
「――!!」
肩がビクッと跳ねただけで驚きを抑えられた自分を褒めたい。タオルにはないこの生暖かさは・・・中を見ると、案の定ニャルラの背中が見えた。視線は前を向いたまま手で探ると、どうやら私のお目当てのものはニャルラが座布団代わりにしていたようだ。
めっちゃ言いたい。私をビビらせるなとかとっととどいてくれとか君がここにいてもあまり構えないからつまらないよとか。
慎重にニャルラのお腹と本の隙間に手を滑りこませ、指だけの力で引き寄せようとしたその時、手首に生暖かいザラザラしたものが這う。
「!」
小説から手を離し、一旦仕切り直しのためレジュメの空欄を埋める。本読んでないで真面目に授業受けろと運命様ニャルラ様が言っているのだろうか。
スマホは無線LANのWi-Cmが入っていないと容量食うからあまり使いたくないし、先生の授業は申し訳ないがつまらない。3人+その他大勢のように居眠りできる質でもないので、小説がないと残り60分暇をして過ごすことになる。今できる課題はPCがないと出来ないし・・・完全に積んだ。いっそのこと、楽に作業を進められるよう手書きで下書きしておこうか。
この授業では全く必要のないノートを開くと、プロフィールのテンプレートが描かれていた。何コレ。次のページを開くと、同じものが半ページだけ用意されていた。『おなまえ』の項目には爆睡している女子3人の氏名が記載されている。
リュックの中身が大きく動いたのでチャックを開けると、ニャルラがボールペンを銜えてこちらを見ていた。えぇ・・・。書けってこと?
スライドを見ると鷲木先生は今日の朝刊の記事を写して訥々と語っている。完全に雑談だな。失礼だけど。先生は90分間フルで授業をしないのであと約40分、半分半分の集中力でニャルラに付き合ってあげるとしよう。私は知っている範囲で3人の情報を書きつけていった。
(=^・・^=)
梅田ふうこ――いつも苗字をとって『梅ちゃん』と読んでいるため、名前の漢字はド忘れしてしまった。経営学部で初めてできた友達第1号。2次元3次元関係なく自分好みの可愛い少年少女を見つけてはママ化して愛を捧げる癖がある。
「あ~よちよちサクラ君ちゃんと自主練出来て偉いでちゅね~はぁ可愛い~」
「・・・・・」
「タニ」
高橋さんに軽く肩を叩かれる。
「タニ。梅ちゃんは今ママになっているの。推しに愛を注ぐということは即ち我が子『フル君今日も疲れたね~頑張ったね~偉い偉い』を見守るということ。タニは赤ん坊を育てる母に対『レントきゅん最後まで試合できたね~ラケット持てたね~よくできまちた~』してもそんな目を向ける・・・いやうるせえな!」
「無理だ・・・社交辞令は得意だけど、これだけは・・・気持ち悪、いや、見苦し、いや、異性に対して『可愛い』という感情が持てない私が悪いんだ」
「殺すぞ」
現実から戻って来た梅ちゃんに殺意を向けられる。ヤベぶっちゃけすぎた。
「タニ謝って!」
「すんません・・・」
「あ?」
「はぁ?」
「申し訳ございません・・・って由衣ちゃんが凄むのは違うでしょ!」
赤ちゃん言葉で褒め倒す。その姿勢は1年たった今でもドン引きであるが、それ以外は良い人だ。成績優秀で空気を読むのが上手い。実家をこよなく愛し、お菓子も作れちゃうのだそうだ。私の次に常識人である。最年少アイドルと天才肌の魔法使いとバトミントンに打ち込む17歳を育てているらしい。最近はボート選手も応援し始めたのだとか。熱中できる推しがいるなんて羨ましい。
『にがおえ』のスペースには黒髪天パで目が死んでいる女の子を書いた。服は今日も来ている黒のパーカーにして終わり。よし次。
(=^・・^=)
大杉由衣――由衣ちゃんは、私達4人の友達グループ通称『保衣不』のリーダーであり自称妖精界のアイドル。近いうちに白馬に乗った王子様が迎えに来るという占い師の言葉を胸に、休日は天井を見つめて時間を潰す。顔面偏差値が高く、来ている服や持ち物はみんなオシャレ。流石名門私立高校出身。高校ではバチバチに生物を勉強していたのに何故か経営学部をAO入試で受験したクレージーなお方だ。生物学部に嫌いな人でもいるのだろうか。
発言の9割が毒舌の彼女とは一緒にいて楽しいが、勿論直してほしいところもある。
「あ、由衣ちゃんだ。おはよう」
1限が始まる前、教室近くのトイレから出ると由衣ちゃんが手を洗っていた。
「タニ」
「?」
「タニ」
「・・・ハイ」
「タニはどうしてタニなの」
朝からド面倒臭っ!
「沖谷家に生まれたとしか・・・」
「タニはどうして沖谷なの?」
「早くトイレ行きなよ!」
ウザいなホット何が言いたいのそれ。
「まーたやってる」
梅ちゃんに任せて私は逃げるようにトイレから出た。
人をイジるのが壊滅的に下手なので、由衣ちゃんが複数人と話している時には会話に混ざりたくない。2人っきりだとほぼイジってこないのでそこは問題ない。
艶々の黒髪ロングヘアにマスカラをしっかり塗った瞳。今日はネックレス・・・じゃなくてペンダントか。首につけておこう。香水の良い匂いもするから花も散らした。コスプレイヤーの推しが愛用している香水を真似て使用しているとしか聞いていないから本当に花系の香りかは定かではない。
(=^・・^=)
高橋保乃歌――高橋さんとは由衣ちゃんつながりで知り合った。最寄り駅が同じなんだそう。グループ名の名付け親でもある。大学に入学したと同時に個性が爆発したヲタクギャルだ。寝坊、遅刻、課題忘れ、代返の常習犯であり、他のメンバーが真面目なだけに不真面目さが際立っていて不憫である。
高橋さんとはあまり2人では行動しない。生活リズムやお互いのタイミングが綺麗に噛み合わないためである。
「おはよー」
2限終わり、40分前に『今起きた。マスターいつもの(代返)』とLICHを送ってきた高橋さんが颯爽とやってきた。
「今昼休みやで」
梅ちゃんがやんわりとツッコむ。
「あれ?タニ帰るの?」
「これからバイトだから」
そう言いながら一人分しかない幅の通路を横歩きで進む。
「タニは昼食べんのー?」
「朝食べた!」
「タニ知ってる?それは朝ご飯って言うんよ」
「あ、じゃあこれあげる。アタシさっき家で朝ご飯食べてきたから」
「高橋も間違っとるんよ」
「朝飯食ってフルメイクする余裕があるなら出席しろよ」
由衣ちゃんのツッコみはいつも辛辣である。
「いいの!?高橋さんありがとう!これ、さっきの授業ノート」
「やったーありがとー」
「買収されとる!」
高橋さんはよく菓子パンやお菓子をノートや代返と引き換えに奢ってくれる。これぞギブアンドテイク。彼女に対する不満は一切ない。この前もらったチョコデニッシュめっちゃ美味しかった。