第72話『沖谷幸生は聞いてない?』
本編でも触れましたが、幸生がいる世界は『大日本帝国』です。略して日本。
第72話『沖谷幸生は聞いてない?』
「私がそんな希少な血液型・・・」
「ほんまに知らんかったん?有り得んじゃろ」
「う・・・」
私は顎に手を当て、『考え事しているから邪魔しないで』のポーズをとった。
――父がB型で母がA型。なら2人共Rh-?そんな話聞いた覚えないな・・・ただ忘れているだけ?
これも小説から得たうろ覚えの知識だが、親のどちらかがRh+であっても、Rh-の子供が生まれることがあるらしい。しかしその場合、血液型不適合となり貧血や黄疸を抱えたまま生まれてくることになるそうだ。正確な病名は忘れた。後でちゃんと調べなきゃ。
――そうだ、血液型不適合といっても、最初の産児はほぼ影響を受けないんだったっけ。危険度は第二子以降上がるとも。
「浦本先輩はご兄弟とか・・・」
「一人っ子。俺の場合は叔父さん・・・俊二としおの親父さんが俺の母さんにちゃんと予防するよう言っとったから、新生児溶血症は防げたらしい。俺の親父がRh-で、母さんがRh+じゃって・・・アイツは母さんを孕ませるだけ孕まして他の女と」
「あ、すみませんそこまでで。ちょっとその話後回しにさせてください重たそうなんで」
先輩は私の質問を先回りして答える。これは聞かれ慣れてるな。と思ったのも束の間、話の流れがヘヴィになってきたので慌てて止める。まだ私のターンでいさせてくれ。
――というか急に自分語り始めるとか、ひょっとして先輩酔ってきたな?
店員さんがグラスを回収する時、お冷を2つ頼む。そして、私は心の中である仮説を否定した。
――私も成愛も健康優良児だ。強いてあげるとするならどちらも視力が悪いくらいで・・・子供の頃、2人して蜜柑をお母さんに怒られるまで食べ続けても、皮膚が黄色くなんてならなかった。
「そういえば、先輩は何でこの前の追いかけっこで私の血のことを心配して・・・」
「大体お前みたいなしょうもない奴が威弦さんに気に入られとるのも解せん。お前に会う前のあの人はもっと乱暴で最高にかっけくて・・・いや今も十分強いんじゃけど――」
言っている内に自分は今凄いことを言っていると自覚して言い淀む。すると浦本先輩は脈絡のないことを急にペラペラと話し始めた。
――駄目だコイツ酔ってる。ピッチ早かったもんな。
先輩の話に相槌を打ちつつ、再び自らの思考にふける。私自身、貧血の自覚は全くない。しかし、成愛が友達と人生初献血に行こうとした時、成愛だけ献血基準を満たせずに受けられなかったらしい。
――お母さんが、『成愛が無理ならアンタも無理かもね。誘われても断りなさい』って言ってたような・・・。あれ?なら私は血液型を教えてもらっている?
お冷がきたので先輩に渡すと、小さな声でお礼を言われた。後輩より先にお酒に飲まれるとか何事だ。私は絶対ああはなりたくない。
「とにかく、そんなしょうもない私に色々教えて下さりありがとうございます」
「いやまだ聞かんといけんことが・・・」
浦本先輩が何やらブツブツ呟いているが、今はこっちのことで手一杯である。そこそこ衝撃の事実に酔いが完全に冷めてしまった。と言っても食事に夢中で2杯目まだ飲みきっていないけど。
「――調査結果と共に同封されてたお前の写真見た途端、しおと俊二が勝手にはしゃぎだしてガチうざかったわ。しおが言うに、俺と沖谷は――」
佐古の人口はおよそ71万人。その母数で利き手と視力とまぶたと誕生月と星座と血液型が同じ人を2人見つけるなんて・・・どれほどの確立なのだろう。
「――運命以外何があるん。じゃって」
「そんなことより、私がこの事実を知らないことに驚きです」
しおさんのロマンスを一蹴した直後、頭に鋭い痛みが走った。思わず頭頂部と後頭部の間を手で抑える。
――誕生日と血液型と、それらに関する記憶・・・その時々で思い出しても、次の日には忘れている。忘れて思い出したことすら忘れている・・・。
まるで何かの影響を受けて、記憶が都合よく改竄されているかのようだ。
「どこ抑えとん。頭痛ってここが痛むくね?」
「・・・それは偏頭痛ですね。それとは別に頭頂部や後頭部の頭痛だってありますよ」
先輩は髪をくしゃっとかき上げて、頭部の片側を抑える。なお痛む頭は、私がお手洗いに行くと治った。
――そうだ、思い出した。私は・・・。でも、今思い出してもどうせまたすぐに忘れちゃうのかな。
トイレで手を洗っている時、ようやっと自分の事を思い出した。すぐに席に戻ってそれを先輩に伝える。
「私は・・・11月15日生まれのさそり座で、Rh-のB型だったんですね」
「・・・まだその話続けるん」
先輩は手羽先のから揚げにかぶりつきながら私を睨むが、構わず続ける。父はRh-のB型で、母がRh-のA型であること、その間に生まれた私と成愛は問題なくRh陰性を受け継いだということ。
「成愛はRh-のA型・・・は、へー400人に1人なんだ。私よりは分子が大きいみたいですね」
「血液型の内訳に比例しとると思う。A型が最も多くて、AB型が最も少ないのは+も-も変わらん」
「というか・・・なんか思っていた反応と違うんですけど。さてはご存知でしたね?私の家族のこと」
ジト目で先輩を見ると、彼はフンと鼻を鳴らした。何でそんな自慢げなんだ。
「あの後調べた。お前が・・・大事なものは安全な所にあるかなんてほざくけぇ、だったらお前が大事にしとるものは何かって思って」
「私そんなこと言いましたっけ」
「言ったわ!確か・・・無くなったり、壊れるのが嫌じゃから、大事なものは作らんって言っとった」
いかにも私が言いそうな言葉だ。目を閉じて集中すると、浦本先輩を挑発するために行ったような記憶がうっすらと蘇ってきた。
「はぁ。それで分かりましたか?」
「お前。何で1年の9月から一人暮らししとん。こんな中途半端な時期に、実家から通える距離のくせして」
「・・・どうせ、知ってるんでしょう」
「お前の口から、正直に話せ」
確信をこめた目で見つめられる。この質問に対する答えは『親に自立しろって言われたから。変な時期に引っ越したのは、いい物件があくまで待っていたから』だ。いつも通り用意した答えを話せばいい。バイト先の人達や篠木にだってそうした。それが聞いてきた相手も私も傷つかない、一番平和な流れだったのに。
「・・・」
右手でグラスに触れようとした手を止め、左手でグラスを持ち、ゆっくりとカシスウーロンを飲む。半分ほど残った液体を最後まで、一気に。
先程の一人語りで、片井先輩と浦本先輩は2人が高校生の頃から篠木を知っていて、憧れの存在であることが判明した。薄々気づいていたけど、2人は篠木側の人間だ。
この前篠木とご飯に行ったとき、近々groovyに会ってお金を返すことを彼に話した。もし私が彼なら絶対に、どんなことを話したのか聞くだろう。そして篠木を慕っている浦本先輩ならきっと、今日のことを篠木に伝える。
だったら・・・。飲み干したグラスをテーブルの端に置いた。
「親が・・・特にお母さんが怖くて。『お母さん』って単語を口に出すことすら不快で、ずっとずっと、あの人がいないところに行きたくて――一人暮らしは・・・本当は入学と同時にしたかったんですけど、母に妨害されて後に伸びちゃいました」
正直に話してしまおう。間接的ではあるけど――これで1つ、篠木についていた嘘が消えることを信じて。
「・・・それ、威弦さんは知っとん」
「言ってません。篠木には大学入学してから始めたって言ってます。親に自立しろっって言われたからだって」
「あの人に嘘つくとか馬鹿じゃろ」
自殺行為だと、呆れたように溜息をつかれた。だってそう言った時は大して仲良くなかったし・・・。私は目線と話題を逸らす。
「先輩は、お父さんのこと嫌いなんですか?」
「嫌いなんてもんじゃねぇ。心の底から憎んどる。俺が調べられたのはあくまで経歴であって、お前と母親の間に何があったのかは分からん。けどな、お前のその『自分が一番不幸です』アピールが一番腹立つ。不幸なのはお前だけだと思うなよ」
お前はまだマシじゃろ。と先輩は舌打ちしてそう吐き捨てた。ここの学費だって出してもらえとるくせに。とも。急にぶつけられた悪意に私は何も言い返せなかった。ショートした思考の中で、視覚と聴覚は正確に先輩の心を捉える。
「実親が2人ちゃんと揃ってて、仲も良好で、しかも専業主婦じゃから家に帰っても母さんが出迎えてくれるんじゃろ。三食作ってもらって、長女じゃから新しい服も沢山着れて、毎月貰えるお小遣いを好きに使えて・・・どーせ高校では弁当も作ってもらって、塾行かさせてもらって、風邪引いた時にはずっとつきっきりで看病してもらえたんじゃろ。羨ましいわ」
「・・・」
私の何を知っているんだという怒り、主観で好き勝手語りやがってという憎しみ、先輩が言ったことがほぼ事実であるという悲しみが、私の中で渦巻いていた。




