第71話『感情シャットダウン』
第71話『感情シャットダウン』
浦本先輩は私の言葉に目を丸くする。が、すぐに調子を取り戻した。その証拠に、袋が破られたキットクリスプの個包装袋――所謂ゴミを押しつけてきたからだ。
「・・・」
反射的に受け取ってしまったが、私の心模様は大荒れである。やっぱ無視して帰ればよかった。
――私が捨てろってことかよ!この人ホットgroovy!?assholeだろ絶対!
空の個包装袋は私の分もまとめて、エスカレーター傍に設置されてあるゴミ箱に捨てた。
「――そうだ。あの、店行く前に寄りたいところがあるんですけど」
「どこ」
その用事は、エスカレーターで1階に降りる途中で思い出した。
「百貨店です。商品の受け取りだけなのですぐ済みます。あと、今日私自転車で来てるのでこっちの出口に行きたいです」
「は?何で自転車で来るん」
「それはお金渡して少し世間話して解散の流れだと予想していたからですね」
「これだから思い込みの激しい女は・・・」
腕を組んで頷くと、浦本先輩は軽蔑の眼差しを送ってきおった。おまけにクソでか舌打ちを添えて。
「いやその解釈はおかしいでしょ!片井先輩も何も言ってこなかったし・・・」
「ああ言えばこう言うな」
「それはお互い様で・・・あーホラまた凄む!自分が苦しくなったらすぐそーやってオラつく癖直した方がいいですよーだ」
「・・・」
「さー1階に着きましたねー私は自転車回収しに行かなくちゃあぁー」
浦本先輩の鉄拳が繰り出される前に、小走りで料金所へと向かった。この人めっちゃ短気だ。あまり調子に乗るのは止めておこう・・・。
(=^・・^=)
浦本先輩について行ったお店はまさかの――私と篠木御用達の居酒屋『まろらいおん』だった。戸惑いを隠せないまま自転車を邪魔にならないところに停めて鍵をかける。浦本先輩は私を待たずして先に入ってしまった。
――この人絶対モテない・・・いや、私だからあえてこの態度なのか。
私も店に入り、鬱屈した心のまま靴を脱いで浦本先輩の後に続く。こんな野郎と居酒屋でしかも個室なんて超嫌・・・というか嫌って思ったの浦本先輩が初めてだ。そのことに内心感動し目の前にいるクズ先輩を見ると、クズ野郎は私の要望を聞かず店員さんに『生2つ』と答えた。
「むぁっ!待ってください。生1つとカシスウーロン1つ氷抜きでお願いします!」
顔見知りの店員さんは私の噛み具合に苦笑して去っていった。キッと先輩を睨むと、ビールくらい飲めないと飲みの場でやっていけないと言われた。
「それも一理あるかもですけど、最近はそういう考え自体が非常識って流れになっているんじゃないんですか。お酒飲めない人だっているのに」
「でも楽じゃろ」
「それは・・・まぁ。でも、私炭酸と苦い味のものが苦手なんですよ。お酒は飲めても、ビールの類は一生美味しく飲めそうにないです」
私が肩を落としたタイミングで酒とお通しが来た。ついでに店員さんにいくつか料理を注文し、乾杯は・・・しなくていいわ。浦本先輩もう勝手に飲んじゃってるもん。
「・・・かわいそ。ってか何それ。あと聞き流したけどさっきの注文何?」
「カシスウーロンの氷抜きですけど何か。あとこれどうぞ。私辛いの食べれません」
「・・・」
浦本先輩は珍獣を見ているような顔で私の分のもやしのピリ辛ナムルを食べだした。この人は口に出さない分顔に出やすいな・・・。
「・・・」
「・・・」
暫くの間無言で出された料理を食べ、合間にお酒を飲み、追加を注文する。私は浦本先輩の後ろに貼られている『今月のおすすめ一品』のポスターをぼーっと眺めながら冷やしトマトを頬張った。
「・・・おい」
「はい。あ、メニューですか?どうぞ」
思考を先回りしてメニューを手渡すが、先輩の眉間のシワは消えなかった。正直、私は今回どういったスタンスでいこうか測りかねている。
私は初対面の人や先生といった目上の相手には基本的に媚モード100%で振る舞っている。声の高さをワントーン上げ、笑みを混ぜ、常に会話の流れを途切れさせないよう心掛けているのだ。
年上でも篠木兄弟やSIGリーダーといった慣れ親しんだ相手だと60%前後まで落とす。同い年でも相手によって媚の数値を変えており、何なら後輩の方が高いまである。わざとそうしている理由は沢山あるが、要するに――私は、相手に嫌われるのが怖い。だから今でも、私が気を遣わない相手は存在しない。はるまやシーバーにだってそうだ。親しき仲にも礼儀ありをモットーにして生きている。
――今後先輩に関わることはそうないし、謎に嫌われているから媚0%でいってみてもいいな。同じ学部の先輩なんて知ったことか。
「威弦さんと飯行くときもそんな感じなん」
「なワケないじゃないですか」
「・・・」
「・・・」
「・・・何怒っとるん」
「え?怒ってないですよ。ただ・・・私は、最初から私を嫌っている人に無理に好かれようとは思いません。その労力は私を好きでいてくれる人に対して割きます。だから今は――装わないでいいかなって」
真顔で淡々と話す。多分目も死んでいるかもしれない。媚0%は完全に一人でいる時の私だ。真顔で何も喋らず、マイペースにやりたいことをする。人付き合いなんて知ったことかの姿勢。それは、今の浦本先輩と似ていると思う。先輩がこの状況に気まずさを感じていることは薄々でなくとも理解している。しかし、私は全然平気だ。このまま一言も喋らなくても問題ない。
――問題はない。けど・・・流石にアレか?。
「嫌いとか・・・言ったことないじゃろ」
「初めて会った時からあまり私に対して良い印象抱いていませんでしたよね。嫌いなら嫌いで構いません。理由も・・・知らないでいい」
――知らない方が幸せなのかもしれない。無駄に傷つかずに済むから。
わざと先輩に焦点を合わせず、自らの視界をぼかして見つめる。仕組みは分からないが、意図的に視界をぼかすと『無の自分』になれる。どれだけ感情が高ぶっていても、今のように視覚の機能を停止すれば、落ち着くを通り越して無の境地に近い場所に立つことができた。
「ただ、気に入らんかっただけ。しおも俊二も・・・挙句威弦さんまで、俺とお前を重ねようとするけぇ」
「重ねる?」
「・・・っ!お、お前を調べた時にちょっとな」
瞬きして焦点を合わせると先輩は一瞬目を丸くし、それを誤魔化すように本日3杯目の生ビールに口をつけた。
「見りゃ分かるけど、俺も左利き。お前と違って矯正されとらんから、純粋な左利き」
「はぁ」
私の分まで食べられないよう先に自分の分の焼き鳥を取り皿に避難させる。そのまま焼き鳥のハツを串に刺した状態のまま食べた。
「目も悪い。普段はコンタクトつけとるけど、裸眼じゃと両目0.02。あと俺も奥二重」
先輩は左のこめかみに指で触れ、軽く引っ張る。ぶっちゃけよく見えなかったが本人が言うならそうなんだろう。
――私と一緒だ。これで共通点3つ目。
「星座と誕生月も一緒。お前の丁度10日前」
「誕生日・・・?10日・・・」
「は・・・?お前自分の誕生日知らんのん」
思わず疑問形で返してしまった。しかし、いくら記憶を辿っても自分の星座おろか誕生月でさえ思い出せない。
「すみません・・・祝われた記憶も遠い昔で、それが何日に行われていたのかが曖昧で」
浦本先輩は顔をしかめるも、一旦話を最後まで進めてくれる。自分の誕生日思い出せない問題は大学に入学してからちょいちょい浮上した。その度に身分証見て確認するのだが、いつの間にか忘れてしまっている。私の中では勝手に、自分の誕生日に興味がないからと結論づけていた。
「・・・一番ビビったのは血液型。まさか人生で俺と同じ血液型の奴に会うなんて思わんかったわ」
「血液型?私知らないんですよね。教えられてなくて」
「は?お前の親正気か?何かあったらタダじゃすまんくね?だって俺ら――」
――そういえば、自然公園で浦本先輩と対峙した時、『自分の血は大切にしろ』的なこと言ってたっけ・・・。親も何で教えてくれなかったんだろう。確か成愛も私と同じで自分の血液型把握していないような・・・。
「――Rh-のB型やぞ」
その言葉を聞いた途端、私は咀嚼途中の焼き鳥を飲み込んだ。
「あーるえいちマイナス・・・?」
「何で俺のがお前より詳しいん」
Rh抗原――何かの小説で出てきたうろ覚えの情報だが、人間の血液にはRh抗原というものが存在する。確か複数ある抗原のうち、C抗原というものがある場合Rh陽性(+)。ない場合Rh陰性(-)とされていた・・・ハズだ多分。私達日本人は外国人よりRh-の出現率が格段に低いらしい。
「――って感じで合ってます?」
「大分ざっくりじゃけど、まぁ合っとる」
スマホで調べた結果、Rh-のB型は3000人に2人。4種類ある血液型の中で2番目に低い確率だった。




