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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第70話『浦本淳は無理をする』

第70話『浦本淳は無理をする』


フードコートに到着しキョロキョロと目を動かすと、あるテーブルに秋楽園(しゅうらっかん)高校の制服を着た女子数人が取り囲んでいた。凄く嫌な予感がするぞ。


「・・・由衣ちゃんって元秋楽園生だったよね」


「そうじゃけど」


「なら・・・やっぱり。片井先輩いたよ」


「・・・!」


私が小さく指を差した方を見た由衣ちゃんの顔が強張る。推しを前にした時の反応って本当三者三様だな・・・。視界の先には、片井先輩と浦本先輩がテーブルに座り、女子高生数人と話していた。恐らく、私達を待っていたところを部活の後輩に見つかったってところだろうか。何人かはバドミントンのラケットケースを肩にかけている。


女子高生はみな一様に頬を染め、瞳を輝かせているように見える。私は無礼を承知で女子高生と由衣ちゃんを見比べた。


「私を運動部の陽キャと一緒にせんでくれん!?」


「私も元テニス部だったよ由衣ちゃん」


「タニは亜種じゃから例外よ」


「誰が珍獣だ!」


「――あれ?2人一緒に来たん?待っとったよ!」


「わぁー見つかった・・・」


「!!!!」


片井先輩を見るや否や、由衣ちゃんは即座に私の後ろに隠れる。ヒール履いてこなきゃ完璧に身を隠せたのに。


「お疲れ様です。お話し中にすみません」


「お前が来んの遅ぇーけぇ絡まれたじゃろーが」


え。と一瞬思考が停止し、慌ててスマホの時間を確認すると、待ち合わせ時刻4分前だった。10分前行動ってことか・・・。


「淳・・・お前あの子達ガン無視しとった癖にどの口が言うん。大丈夫よ俺等もさっき着いたところじゃし」


先輩の背中越しに女子高生達を見ると、驚愕、嫉妬、戸惑い、嘲笑と様々な感情が顔に出ていた。しかも何人かは私達にスマホのカメラを向けてひそひそと小声で話している。


――おい写真!多分撮られてるよな・・・一刻も早くここから立ち去りたい。


「沖谷さん。それで――」


「タニ、わ、私・・・トイレ行ってくる!」


片井先輩が由衣ちゃんに視線を向けると同時に、彼女は背を向けて走り出した。


「・・・トイレそっちになくね?」


「・・・ですね」


――由衣ちゃん・・・そっち逆方向だよ。


私と浦本先輩は由衣ちゃんが行った道と反対にある通路を眺める。その通路の天井にはお手洗いの方向を示すマークがかかっていた。


「ちょっと私追いかけてきます。確か少し歩くけど、由衣ちゃんが走ってった先にもお手洗いあったと思うので」


お金を返してから追ってもいいが、流石にこんな衆目の前で大金を渡すのは憚られる。2人もそれを察したのか、黙ってついてきた。


「はぁ・・・」


「俺等の顔見てそんな露骨に失望されたの初めてなんじゃけど」


「いや違くてですね・・・さっきの女子高生、明らかに私とお2人がいるところ盗撮してましたし、今も尾行しているのでだるいなって」


顔だけ後ろを向くと、後ろを歩いている女子高生グループと目が合い、さっと逸らされる。


「あーごめんな。あの子ら部活の後輩で・・・俺等は慣れとるけど、沖谷さん写すと後が怖いな。ちょっと話してくる。先行っとって」


そう言って片井先輩は女子高生達の方へと行ってしまった。残されたのは、私のことを異常に嫌っている浦本先輩で。とりあえずお互い口を利かずに歩き始めた。


「・・・」


「・・・」


――何この状況。


お腹が痛くなってきた。何か話題あるかな・・・。というか私が気を回す必要なくない?


「先輩、ちょっとこちらへ」


「は?」


「これ、浦本先輩に渡しておきますね」


「・・・!」


浦本先輩を通路の端に誘導し、リュックから30万円が入った封筒を取り出す。すると先輩は焦った様子で左右を見渡しだした。


「は・・・!?俊二は!?」


「え・・・?あれ。いませんね。JK達と場所移動したのかな」


「・・・っ!」


浦本先輩は自分のスマホを見て更に狼狽えだした。私のことそっちのけで電話をかけ始める。


――一体何が起きたんだ?でも、これはチャンスだ。


私は浦本先輩の背後に回り、彼が肩にかけている黒のレザートートバックに封筒を突っ込んだ。


「あっ!おい!テメェ!!」


「確かに返しました!では私はこれで」


「――待てや」


「んぐえっ」


お役御免とばかりに退散しようとした次の瞬間、浦本先輩が私のリュックを掴んで強く引っ張った。


「何ですか!」


「・・・」


先輩は手に持ったスマホと私を射殺すような目で睨む。ヤバい。いよいよ先輩の内情が分からなくなってきたぞ。


「お前の方からも俊二にRICH電話かけろ」


「はい?」


「アイツ・・・女連れて逃げやがった」


浦本先輩がスマホを持つ手に力を込める。良かった今掴まれてるのが肩とかじゃなくて。いや、リュックも乱暴に触れられるの嫌なんだけど。


逃げないことを条件に手を離してもらい、RICHを開くと由衣ちゃんから久しぶりに個人RICHが来ていた。私が保衣不で一番頻繁にRICHのやり取りをしているのは梅ちゃんだけだ。由衣ちゃんと高橋さんのRICHアカウントは追加こそしているが殆ど使わないので『友だち』の欄には表示しないようにしている。嫌いだからとかでは決してない。整理整頓が好きなだけである。


――『片井先輩と合流したからそのままご飯行ってくる。途中まで付き添ってくれてありがとう』・・・か。頑張れ由衣ちゃん。他所の事情には口出ししないよ。


「今すぐその女に連絡しろ!あの野郎全然電話出ねぇ!」


「ひっ!あ、あ、わ、電話。電話・・・」


急に後ろから怒りを含んだ声を浴びせられ、思考がパニックに陥る。浦本先輩の命令に素直に従うが、私の方も通話が繋がる気配がない。


「駄目です・・・片井先輩が上手い事言って電話に出ないよう誘導してるんじゃないんですか?」


「くっそ・・・追うぞ!」


「了解しました。では私は向こうの出口に行ってみますね!先輩は正面出入口へ」


「逃げんなって言ったじゃろ」


「チッ!」


スムーズな流れで逃亡を図ろうとしたが駄目だった。またもや強くリュックを引っ張られる。


「はぁ・・・」


「いや、こっちが溜息つきたいんですけど。片井先輩と私がいないといけない理由があるんですか」


「殺す・・・ぜってーぶん殴る・・・」


「・・・」


この先輩ヤバすぎる。彼の剣幕に流石の私でも震え上がった。一刻も早くここかた立ち去りたいアゲインだ。早く家に帰ってニャルラと『100万円で金の生る木生成計画』について話し合いたいのに。


――最終手段でリュックを身代わりに逃げるか・・・?いやこの至近距離だと秒で捕まるな。


私は色々諦めて左の肩紐を外し、前を向く。リュックの中をまさぐってランチバックのチャックを開け、中からキットクリスプを取り出した。


「これでも食べて落ち着いてください。保冷バックの中に入れてたから溶けてはないハズです」


浦本先輩は嫌そうな顔をしつつも受け取ってくれた。私も封を開けて一口で食べる。チョコ菓子の中ではキットクリスプが一番好きだ。シーバーの言葉を借りるとまさに『この世で一番うまいもの。全員食え』である。家だとニャルラが誤食してしまいそうなので、最近は外出時の小腹が空いた時用に何個か持ち歩いている。


「ぬっる」


「んん。ふぁへやすくていいじゃないですか」


ギリギリ溶けていないキットクリスプは口内に入れた瞬間、コーティングされたミルクチョコレートが舌に馴染んだ。キットクリスプを食べて落ち着きを見せた浦本先輩が、私のリュックから手を離して壁に背中を預ける。本当にキットクリスプ様様だな。これからもストックを絶やしません。


「私に何か用事があったんですか?引き留める理由として、さっき言った『私と片井先輩が揃ってないといけないから』か、『私に用事があったけど、片井先輩に任せっきりにしていたから』のどちらか・・・」


「っ!」


浦本先輩の反応を見るに、どうやら後者のようだった。しかし、肝心の用事の部分は――思い当たる節が多すぎる。私が推理できるのはここまでだ。


「また日を改めるんじゃ駄目ですか?明日朝イチでS1号館集合とか」


「いや・・・おい」


「はい」


浦本先輩は眉間に深いシワを刻み、何かに耐えるような顔で私を見る。人が苦痛に歪む表情は見てて全く不快じゃない。ましてや私を嫌っている人であれば尚更だ。先輩は大きな舌打ちをして一言。


「・・・俺らも飯行くぞ」


「え゛」


「あ゙ぁ?」


高揚していた気持ちが一気に急降下する。私の心情を察したのか、浦本先輩に凄まれた。


「いやだってめっちゃ嫌そうじゃないですか!無理しないで別日にしましょうよ。というか何で急に夜ご飯?」


「・・・じゃ・・・よ」


「ん?すみませんもう一回お願いします」


「俺だって――!」


「・・・」


「っ!くっそ・・・」


先輩は台詞を出しかけては呑みこんでいく作業を繰り返す。


――全容は見えないけど、嫌々でも飯の場に誘おうとしてるっていうのは凄く伝わった。絶対今日じゃないといけないってことも。


浦本先輩の必死さを気の毒に感じた私は、ご飯の誘いを渋々ながら承諾した。

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