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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第68話『良かれと思ってやっただけ』

第68話『良かれと思ってやっただけ』


――その時は・・・その時また、新しい嘘を考えるよ。


エレベーターの扉が開くと、外にはずっと会いたかった人がいた。


「・・・げ」


「沖谷さんじゃが・・・久しぶり」


「片井先輩・・・とうわぁ・・・本先輩」


「・・・」


「すみません。その髪色素敵ですね」


「・・・沖谷さんのその1ミリも思ってないお世辞、俺は好きよ?」


片井先輩には笑われ、浦本先輩には無言で睨まれる。変なリアクションを取ってしまったのは許して欲しい。何故なら、浦本先輩の髪色が黒からブルーアッシュに変わっていたからだ。


――服も派手めなやつじゃなくてシンプルというか・・・ベーシックなやつだ。最初に会った時と比べて篠木っぽさはすっかりなくなったな。


アシカさんにやられた怪我も大したことなさそうで何よりである。私は浦本先輩の変化は夏に向けてのイメチェンだと片付けた。


「お二方どうもお久しぶりです。片井先輩、妹さんから渡されたお金返したいんですけど次いつ大学来ますか?」


「えっ。待って待っていきなり自分の要件言うが」


「こっちのことはお構いなしかよ」


「・・・」


浦本先輩の物言いに苛立ちを感じるが、深呼吸で吹き飛ばす。ちょっと性急すぎたか。


「・・・すみません。一刻も早く返したくて・・・」


「別に返さんでええよ。慰謝料だと思い?」


「おい・・・!」「いやそういうわけには」


浦本先輩と喋るタイミングが被ってしまった。普段なら気にせず会話を続けるが、今回は浦本先輩の焦ったような「おい」に思考が持っていかれた。


――浦本先輩は返してほしそうだな・・・本当はお金が必要だとか?片井先輩は強がってるだけ?


「それで来週のこの時間、ここでお会いできませんか」


私は半歩後ろに下がり、右腕を小さく開いて『ここ』がS1号館8階エレベーターホールであることを伝える。すると片井先輩は険しい顔の浦本先輩をチラッと見て困ったように笑った。


「――今日はたまたま8階に用があって来ただけなんよな。それに来週からテスト期間入るで」


「そうでした・・・なら今週中の方が良いですね。明日は私の方が都合悪いので、明日か明後日だったら!」


「明後日じゃったらワンチャンいけるかもな・・・18時以降になってもええ?」


大丈夫の意を込めて頷くと、片井先輩は花が咲くような笑顔を浮かべた。この人安井君並みによく笑うな。


「ほんま?ありがとう。ならRICH交換する?」


「うぁー。はい」


――口頭の約束でいいのでは。先輩と関わるのはこれで最後になるだろうし、用がない人の連絡先なんて別に要らないんだけど・・・しょうがない。


少し悩んだ末、連絡先を交換した。先輩がドタキャンしたくなる可能性だってあるしね。


「嫌ならすんなよ」


「嫌とかじゃなくて・・・ビックリしただけです。私友達少ないんで」


――一々人の心読みおって・・・だっる!


舌打ちする代わりに唇を噛む。すると片井先輩は私のスマホを覗きこもうとしていた。


「言うてそうでもないじゃろ。SIG入っとるんじゃし。何人なん?」


「えーと・・・」


「俊二。あんま聞ーちゃるな。どーせ20人もおらんじゃろ」


「それは浦本先輩も同じでは?」


「は?おめーと一緒にすんな」


ホーム画面に戻ると、『幸生 友だち 10人』の表示が。


「・・・」


私は無言でRICHを閉じる。顔を上げると、2人の表情は驚愕から憐憫へと変わっていった。


「何ですか。私は交友関係は狭くて深いんです」


「俺入れてやっと2桁・・・沖谷さん本当に19歳?」


「家族込みでも少なすぎるじゃろ」


「・・・グループRICHで済むことが多いんですよ」


私はぎこちなく目を逸らす。家族の連絡先は電話番号とメールアドレスしか持っていないことは黙っておこう。


(=^・・^=)

SIG部屋までの廊下を、暗い思いのまま進む。無事後回しにしていた厄介事が片付く良い日のハズだったのに、私の表情は晴れなかった。それも全部、浦本先輩の所為だ。


――善意だと思うなよ。


別れ際に浦本先輩が放った一言が、私の心を押し潰した。私は言葉の意味が分からなくて、咄嗟に何も言い返すことが出来なかった。


――念書が破棄された以上、お金は返さなくてはいけないもので・・・当然の行為だと思っていたけれど・・・。


というかケースが特殊すぎて、この場合の正しい選択が分からない。しかし先輩達にとって私がしようとしていたことは――偽善なのだろうか。


――ネガティブなこと考えてもしょうがない。さっさとお金を返して、今後一切関わらなければそれでいいじゃないか。片井先輩LOVEの由衣ちゃんには悪いけど。


SIG部屋に入ると、珍しく1年生しかいなかった。私は荷物を置かないで立ち止まる。


――しかも6人全員揃ってるな。今日なんかあったっけ。


「好意が無駄になることって、あるよね・・・」


開口一番、ぽつりと呟いた言葉に島永君は同意するように頷く。


「分かります。良かれと思ってやったことが、実は全然相手が望んでいなかったことで、自分は的外れなことしたんだって、死ぬほど後悔しました。もっと相手のことを理解していれば・・・自分の思い込みで勝手に行動しなければ、また未来は違ってたのかもしれない。相手を不幸にさせなかったのかもしれない。って」


「島永君・・・」


「――って、昨日彼氏と別れた芝崎が言ってました」


「穂奈美ちゃん・・・」


だから彼女はふさぎこんでいるのか。私はSIGメンバーの1人である芝崎(しばざき)穂奈美(ほなみ)ちゃんに同情のまなざしを向けた。穂奈美ちゃんの近くには、同じ女子メンバーの弥恵(やえ)ちゃんと智夏(ちなつ)ちゃんがいるからわざわざ私が駆け寄らなくても大丈夫だろう。


デスクチェアに座って島永君に事情を聞くと、穂奈美ちゃんは先日彼の大学まで迎えに行く途中、彼が別の女性と恋人つなぎで歩いているところを目撃したらしい。


「恋人つなぎは・・・アウトだなぁ」


「らしいっすね。浮気されたことないから分かんねーっすけど」


「・・・で、あの2人は何であんな肩身狭そうにしてるの」


「あーそれは・・・」


林君は『芝崎って割と束縛重めじゃったから愛想つかされたんじゃね』、野田君は『手ぇつなぐくらいで浮気は厳しくね?』と軽々しい発言をしたため女子3人からの猛攻撃を喰らったらしい。今は離れた位置で傷を舐め合っている。さっさと帰ればいいのに・・・。


「芝崎が復活したら、全員で傷心会という名目で吞みに行くんです」


「仲良っ!それはいいね」


彼が気を遣って私のことも誘ってくれたが丁重に断る。今回は同期で行った方が絶対いいだろう。4月の頃は9人いた後輩は色々あって6人になってしまった。それでも残った6人は精鋭で、活動に対する熱意も出席率も悪くない。私達より優秀だと何度思ったことか。


――これはもう彼女に一声かけて、早々に退散した方が良さそうだな・・・。


そう考え、私はデスクチェアごと移動して女子メンバーに近寄る。穂奈美ちゃんに声をかけると、彼女は充血した目をこちらに向けた。


「穂奈美ちゃんが楽しそうにしている姿は好きだけど、すぐに元気を出さなくていい。時間をかけて、ゆっくり傷を癒すのが一番だよ。先輩として何かできることがあれば、何でも協力するから。大事なのは、穂奈美ちゃんが今後どうしていきたいかだよ」


「どうしていきたいか・・・ですか」


「うん。それも今すぐ決めていいことじゃないからね。ゆっくりでいいんだよ」


私なりに励ますと、島永君が無言で私を見ていた。彼を見るとさっと目を逸らされる。


「島永君どうかした?」


「いえ・・・特に何でも」


――ひょっとして、島永君も悩みを抱えているんだろうか。また後でそれとなく聞いてみよう。


そう結論付け元の場所に戻ろうとした時、穂奈美ちゃんがゆっくり体を起こした。


「・・・新しい男紹介してください。アイツよりスペック高いイケメンを!」


「思ったより強かで安心したよ。そうだな・・・安井君はどう?」


「先輩としては尊敬してますけど、ギャンブル狂いは論外です」


穂奈美ちゃんは真顔で一刀両断した。ごめん安井君。私の所為で飛び火が・・・。


「で、でも安井君は多分相手がやめてって言ったら止めるんじゃないかな?真面目だし」


「元カレより直して欲しいところ多いかもしれません」


「それな。あの先輩酒癖悪すぎ。酔うの早い癖に酒強いから酔ってからが長いんよね」


「しょっちゅう奢ってくれるのは嬉しいけど、金遣い荒そうですよね。貯金できなさそう」


「わあああ」


智夏ちゃんがうんざりした顔で言うと、便乗して弥恵ちゃんまで安井君の印象を述べた。


「草。あーあ幸生さんやっちゃいましたね。安井さん可哀想」


「これ私が悪いの!?悲しいけど全部事実だし」


「幸生さんが一番ひでぇ」

幸生の友だち・・・はるま、シーバー、梅ちゃん、ななお、沖谷君、安井君、島永君、篠木、川田さん、片井先輩(NEW)


保衣不や他のSIGメンバーはグループRICHでどうにかなっているそうです。他にもRICHを交換している人はいますが、頻繁に連絡しない人は全員非表示にしています。だから少ない。

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