第67話『決して虚言癖じゃない』
第67話『決して虚言癖じゃない』
私の実家から自転車で5分程の位置にある佐古神社の境内社『想宮』
一人で思う存分泣きたい時は決まってここに来ていた。私は階に座り、ぼーっと晴れ渡る空の中に浮かぶ月を眺めていた。そのことを自覚してすぐ、隣に誰かが座る。
「はーーあ」
「何でむくれてるの」
私は高校の夏服を着ている『私』に問いかけた。『私』は不機嫌さを隠そうともせずに、小さく舌打ちをする。
「まだ私はここにしかいられない。力が足りないんだ」
「力?元から私に力なんてないよ」
「あるよ。普通の人間が持っていない特性が」
『私』は胸に手を当て、悪意たっぷりな笑みを浮かべた。私の顔で中2病みたいなこと言わないで。
「私の力?特性?を使えば、君は力をつけられるってこと?というか足りないって何に使っちゃったの」
事情が理解できずに連続で質問すると、『私』は顔をしかめてそっぽを向いた。
「願わないからじゃん。もう無理だよ。沖谷智子も沖谷成愛も。どうしようもできないよ。早く諦めたら?アナタは既に2回願った。あと1回、心から同じことを願えば・・・締結される。正位置の未来が確定するんだ。アイツからしてみれば、私とアナタは逆位置になってくれた方が都合いいみたいだけど・・・そんな未来、私は望まない。断ち切られてなるものか」
『私』の影が蠢き、胴体だけが膨らむ。私はツチノコのような形の影から、『私』の意味不明な発言から目を逸らす。
「・・・いや、この件は私も悪かったから・・・もう1回、頑張ってみる」
「いつまで続ける気?」
私はその言葉に沈黙で返す。すると、思いつめた顔をしている私とは反対に、『私』は笑みを深めた。
やっぱりこの『私』はもう一人の私なんかじゃない。ただ私の姿をしているだけの別物だ。
「頑張るっていう気持ちはどこで作ってるの?」
「それは・・・ニャルラが。ニャルラが、私をネガティブから救ってくれるから」
「そのニャルラは、本当に味方なの?」
「・・・今の所、私に害を及ぼ、し・・・」ていないとは言い難いな。
「毎日毎日100万円受け取ってるけど、そろそろ不可解さに不快を感じてきたんじゃない?
おお。ナイス駄洒落。
「それ上手い。でも、教えてくれないんじゃどうしようもできないよ」
「教えたよ」
「え?」
「もう何回も、ここで話した。けど、アイツが消しちゃうんだ。どうせ今回だって、忘れちゃうんでしょ」
アイツとは誰のことだろう。考えるより先に、私は『私』に背を向けた。自分が悲しい気持ちになった時、私はその姿を誰にも見られたくない。きっと『私』も同じ考えを持っているハズだ。
「・・・忘れないよ。多分。記憶は簡単に消せないから。きっと脳みそのどこかに残ってる」
「それでも・・・この『私』を捨てたくせに」
『私』は涙声で背中越しに訴えかける。私は振り向かずに空を見上げた。
「そうだね・・・救いの手を待つだけの『私』はもう捨てた。今の私は1人で何とかやっていけるんだ」
空には、写真を切り取ったような大空が広がっている。これはきっと、以前私がこの目で見たどこかの空だ。
「捨てたけど、最近ようやく落ち着いてきたんだ。過去の私と向き合えるくらいには、心の余裕が出来たんだよ。だから、話くらいなら何回でも聞くよ」
「・・・なら、根気強く話そうかな。話したあと、決まってアナタは正気を保っていなかったけど」
振り向くと、『私』の瞳孔は縦に細長く開き、ギザギザ歯を見せて笑っている。
「え?」
「教えてあげる。アイツが毎日置いている100万円は――」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・何だ。全部、全部・・・・・・私が、悪かったんだ」
(=^・・^=)
「にー!」
ニャルラの鳴き声で目を覚ます。体をよじると、頬を水がつたう。指で拭うとそれは私の目から零れ落ちた涙だった。
――あれ?私、何で泣いて・・・?
寝ている間に欠伸をしたなんてことは有り得ない。悪い夢でも見たのだろうか。泣いたといえば・・・。
『アンタが成愛と仲良くして、ママを苛つかせないで、家族4人揃ってご飯を食べるのが一番なんだけど?』
『怒られんのを怖がるのは幸生らしいけどよ・・・実家帰って親に顔見せて、何なら一緒に飯食うのが一番いいんじゃね?』
――家まで送ってもらう途中、篠木にも言われたんだっけ・・・本当、簡単に言うよね。私のこと何も知らないから。
言葉のナイフが胸に深く突き刺さる。やっぱりまだ、完全に立ち直れていないみたいだ。
「にー」
「・・・心配させてごめん。泣きたくなるほど悲しい夢を見たのかな――覚えてないけど」
時計を見ると、朝の8時を回っていた。少し寝過ぎてしまったと独りごちる。今日の授業は11時から。カーテンを開けずとも、今日が猛暑日だということが分かる。もう少し梅雨や台風が粘ってくれると思ったのに。本格的に佐古の夏が始まってしまった。
――今日はバスで行こうかな。
金銭的余裕ができたことによる心のゆとりに感謝して、私は猫缶を開けた。
(=^・・^=)
『お前のことなんて誰も見ていない』この言葉は割とよく耳にする。頭では分かっていても、ついつい己のコンプレックスを過剰に気にしてしまう人は少なくない。これは私達大日本帝国人――通称日本人の性だ。なのにどうして――
「タニ、最近可愛くなったよな」
「それアタシも思った!」
「んぐうっ!」
――私の周りにいる人は、私の変化に目ざといのだろう。コンタクトに変えた時もめっちゃ言われたし。
「彼氏できたん?」
「いや。ただ化粧変えただけだと思うけど・・・そんなに違う?」
水筒をテーブルの上に置き、服にお茶が零れていないか確認する。人が飲んでる時に爆弾発言しないでほしい。
昼休み、私は保衣不と経営学部棟――正式名称『S1号館』地下1階にあるカフェテリアで昼食をとっていた。私だけ持参したお弁当だけど、他3人は定食を注文しているのでここでご飯を食べるのは見逃してほしい。
「初めて会った頃は病人みたいな感じじゃったのに」
「梅ちゃん?」
「ほんまそれ。血通ってなさそうな顔色で・・・それで寝坊はせんって何なん」
「低血圧ではないと思うけどな。朝普通に起きれるしご飯食べれるし。高橋さんとは違うのだよ」
「彼氏じゃないってことは・・・好きな人出来たん!?いや、タニに好きな人・・・タニが片想い・・・ヤバい待って全然しっくりこん」
「付き合ってた時も元カレの話全然せんかったしな」
私って・・・。
由衣ちゃんがネギ塩豚カルビ丼を食べる手を止め、真剣に考えだす一方で、梅ちゃんは唐揚げ定食を平らげソシャゲの周回を始めた。高橋さんはアジフライ定食と格闘中である。授業中に焼きそばパン食べるから・・・。
「きっつい・・・タニ残り食ってええよ。食べかけでよけ」「いやっふーい!!」
高橋さんが言い終わる前に2口だけ齧られたアジフライを弁当箱の上に乗っける。べ、別にその言葉を待ってなんてないから!梅ちゃんと由衣ちゃんの『コイツやってんな』という視線を知らんふりしてアジフライを食す。揚げ物最高!
「アタシが言い終わる前に食いやがった・・・」
「ずっとスタンバっとったじゃろ」
「何のことだか・・・ほら、アジってヘム鉄多いし。血色良くしていかないと」
どうやら去年の私は病人のような顔つきだったらしい。自覚なかったし誰にも言われなかったから気づかなかった・・・。保衣不曰く今の私は血色も良く、雰囲気も明るくなったらしい。それは多分・・・。
――一人暮らしを始めたのがきっかけなのかな・・・。
4限の授業が終わり、保衣不と別れる。今日ニャルラは大学に来なかった。ようやく一人になった時、私は自分がついた嘘について考えていた。
――私が貯金しているのは、いつか親に学費を返すため。本当は自分で払うつもりだったんだけど、父さんが出してくれた。
これは最後以外真っ赤な嘘だ。私は父の親切心を遠慮なく受け取って、自分で稼いだ金の全てを一人で幸せに暮らしていくための費用に充てている。
――今まで節制してきたのは、その目標があったから。
これも嘘。私が今もせこく生きているのは、お金が大事だからだ。お金は私を裏切らない。あればあるほど安心し、満たされる。私の強い味方になってくれる。
ただそれだけの為に節制してきた。安井君やななちゃんとは正反対の考え方だ。
それでもこれからはこの嘘を真実にしなければならない。そう振る舞わなければ。こうしてまた、自分に嘘をついていく。嘘の設定を重ねて、重ねて、重ねすぎて・・・本当の自分が分からなくなったとしても、信じられなくなったとしても――私には嘘が必要だ。
――その嘘で誰かが傷ついたら?
8階へと上昇するエレベーターの中、バリアフリーの観点から設置されている鏡越しに『私』が囁く。私は薄く笑って鏡にそっと手を触れた。




