第63話『ちょっと待ってカロリーが高い』
第63話『ちょっと待ってカロリーが高い』
体温が下がったことで、幾分か冷静さを取り戻せた。とりあえず今は適当に言いくるめて帰ってもらおう。
「・・・シャワー浴びたいし着替えたい。今日はもう帰って。また今度ちゃんと話すから」
「話す。ね・・・・どーせのらりくらりかわすんだろ。適当にでっち上げて嘘の理由作るとか、俺には関係ない話だとか言って」
「・・・しないよ」
絶妙な間をとって嘘の否定が零れる。全然する気満々でいるけどね。
――だってそれ以外で自分を守る手段がない。
お礼は言わない。だって頼んでないから。それは・・・あの人も同じことだったのかな。
「・・・っ」
再び泣きだした私を見て、篠木はどう思っているんだろう。多分絶対呆れてドン引きしてる。
――このまま塵となって消えてしまえたら、どんなに楽だっただろう。
そう思うとまた、私は底のない悲しみの中へと深く沈んでゆくのだった。
――ピーンポーン。
篠木が私の手の届く範囲にゴミ箱を置いてくれたお陰で、これ以上テーブルの上に鼻をかんだティッシュを積まずに済んだ。また1つ、ティッシュを抜き取ったと同時にまた誰かが私の家にやってきた。
「!?」
鼻をかみながら硬直する。何で今日に限って来客が多いんだ。何も頼んでいないから宅急便ではないハズ・・・。
篠木は黙って立ち上がり、勝手知ったる様子でドアを開けた。私のアパートに設置されているインターホンは、テレビ機能の無い古いタイプのドアホンだ。したがって外にいる相手を確認するにはドアスコープを覗くのが1番早い。
――親機を使わずに開けたってことは、篠木が誰か呼んだのかな・・・家主に黙って。
「・・・」
傷心の心に恐怖が襲いかかる。心拍数が上昇し、体が動かない。必死に耳をそばたてていると、ガサガサとビニール袋がたてる音が次第に大きくなり、誰かがキッチンとリビングを繋ぐ室内引き戸を横に引いた。
「ほら。とにかく食え」
「・・・」
嗅いだことのある匂いが鼻腔を刺激した。色んな食材が混ざった、ファーストフードとはまた違った種類のジャンキーな香り。恐る恐る顔を上げると、篠木が段ボール製のピザ箱をテーブル一杯に広げ、蓋の部分をちぎっていた。
――何か勝手にピザ頼んでる・・・。しかも3箱も・・・。ってかこれ大きくない?絶対Lサイズだ・・・。
去年ななお病み体験の会で宅配ピザパーティした時、3人でMサイズのピザ2枚食べきれなかったんだけど。彼は1人で、というか私にどれだけ食べさせる気なのだろう。
泣きすぎて放心状態のまま、用意されたおしぼりで手を拭いてクリスピー生地のピザを一切れ取った。生地の好みまで私に合わせてくれた気の回しように涙が出そうだ。
――おいしい・・・。
牛肉がいっぱい乗ったピザは、もう凄く美味しかった。生地のサクサク食感も、チーズの塩味も、何よりメインのお肉が美味しくて、『炭火で焼かれているので香ばしいですね』みたいな粋な食リポをする余裕もないまま2口で食べきってしまう。
「こっちはトマトソースのやつな」
「えっ」
いつの間にか私の隣に寄ってきた篠木が、私の口元に新たなピザを持ってくる。両手で支え、一気に半分ほど食べた。トマトソースなのよく分かってるじゃん怖っ。エビやイカの食感を楽しみつつ一旦汚れた手を拭きとっていると、彼がまた次のピザを食べさせようとしてくる。
「さっきのピザの残りは・・・」
「もう食った」
――食べられた・・・具ちょっとしか残ってなかったんじゃ。
3枚目のピザはトマトソースにソーセージやマッシュルーム、ピーマンなどが乗っているオーソドックスなものだった。篠木とは前1回だけ私の家でピザを食べたことがあったけど・・・その時言った好みを未だに覚えているとは。
膝を抱え2回目の牛肉ピザを食べていると、フード越しに頭を優しく撫でられた。
「・・・元気出せ」
「・・・っ」
鳴りを潜めていた波が一気に大きくなる。私はピザをくわえたまま再び涙を流し始めた。
「何でだよ!またか!」
――五月蠅い。篠木が優しくするからじゃん。
泣きながらご飯を食べることは今に始まったことじゃない。それなのに・・・。
「あの時・・・俺は泣かなかったぞ」
かろうじて聞こえたその言葉を聞いた刹那、過去の記憶がフラッシュバックする。
去年の10月頃、正確な日は覚えていないが、その日の夜は冬並みに冷え込んだということだけははっきりと覚えている。
アパートの隣にある広めの駐車場のど真ん中で1人、石でできた車止めの上で蹲っていた篠木。
傷だらけで満身創痍だった彼に、はるまのお母さんお手製のお弁当を差し出す私。
――そうだ。あの時私「救急車呼ばれたくなかったら、これを食べてさっさと回復してください」って軽く脅したんだっけ・・・。
彼が夢中で私のお弁当をがっついているのを、横で座って見ていた。当時金髪だった彼が今だけ、私より不幸に見えて。思わず頭を撫でたんだった。
私達の本当の出会いは、猫の引き取り話より前である。しかし篠木本人はあの夜の出来事を汚点だと思っているのか、そんなことは無かったかのように振る舞う。
――私もはるまみたいに人の顔を覚えるのが得意だったら・・・。また違った未来が待っていたのかな。
猫の件で話しかけられた時、以前弁当をあげた彼と結びつかなかなかった。後にいち早く事情を理解した覇弦さんが笑いながら教えてくれた。
彼があの夜と今を重ねているのなら――私が篠木にしなかったことを、篠木も私にしないでほしい。
私は何故、彼が他者から与えられたものによる怪我をして寒空の下、たった1人で駐車場にいたのかを聞いてない。
私と篠木は住んでいる世界が違う。しかし種類は違えど、お互い暗い過去を持っていることだけは何となく分かる。
――どうかこのまま詮索されませんように。
そう月に祈り、また涙をそっと落とした。
「ありがとう・・・もうお腹いっぱいだから、残り食べていいよ」
「はぁ?まだお前4切れしか食ってねーだろ。ポテトも食えおらっ」
半ギレ篠木が次々と皮つきフライドポテトを私の口の中に突っこんでくる。
「んぐっ。ん・・・んぐんぐ」
私はケチャップを指さして、食べるのはいいけどケチャップをつけろというジェスチャーをする。というかサイドメニューもあったんかい。
「べそかいたまま我儘言いやがって・・・」
篠木はぶつくさ言いながらもケチャップの封を開けてくれる。そんな彼は裸眼でも分かるくらい機嫌がよさそうに見えた。
(=^・・^=)
私が泣いている間、篠木は空になったピザの箱をゴミ袋にまとめて入れてくれた。
ニャルラは私がシャワーを浴びている間、窓を開けて喚起してくれた。
――私、お世話になりっぱなしだな。
「にー?」
髪を乾かしてリビングに戻ってきた私に向かって、ニャルラが不安げに近寄ってきた。
「うん。ちゃんと立ち直るよ。ありがとう」
私は眼鏡をかけ、テーブルの上に置いてあるメモを見る。篠木のRICH IDが書かれたそれをスマホに入力し、『追加』をタップした。
「にー!」
篠木へ簡単にお礼のメッセージを送ると、ニャルラがクローゼットに向かって鳴きだした。何だどうしたとクローゼットを開けると、中にはトイレベッドとフードボウルが入っていた。ニャルラが機転を利かして動かしてくれていたのか。
「ごめんごめんありがとう」
すぐに定位置に戻すと、ニャルラはベッドに入っていった。
――まだ21時だけど、泣き疲れたしもう寝ようかな・・・。
まだ少し頭がぼーっとするし目も腫れている。本を読む気にもなれず、私は歯磨きして寝ることにした。
そしてその時まですっかり忘れていた。篠木がまとめてくれたゴミ袋のすぐ横に500万円が入ったトートバッグがあったことを。
(=^・・^=)
後日、私は篠木をハンバーグやステーキ等のグリルメニューを中心としたレストランチェーン店『Big Donkey』に誘った。ここはななちゃん曰く『あたし等のたまり場』らしい。ななお病み体験の会メンバーでは一回も行ったことないけど、ななちゃんの中ではそういうことになっている。多分卒業までこの店に足を運ぶことなはいんだろうな・・・。抜け駆けしてゴメン。
「何頼んでもいいよ!ピザのお礼だからね」
「・・・」
普段よりテンションを上げて話す私に、彼は頬杖をついて胡乱気な視線を送る。
――どういう風の吹き回しだとか、無理してそーだなとか思ってるんだろうな・・・。よし!
「私はこれにする!」
私は腹を決めて、一番高い『サーロインステーキ&リブロースステーキ』の200gに指を置いた。正直リブだのロースだのサーロインだのヒレだのの違いが全く分からないので、今回は値段重視で選ぶ。まぁいつも値段で決めてるけど。安い方の意味で。
――ふっふっふ。私が高い料理を頼むことによって、篠木の遠慮をなくす作戦!完璧だ・・・。
にやつく口元をメニュー表で隠す。すると気だるげにメニュー表を眺めていた篠木は無言で店員を呼ぶボタンを押した。




