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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第62話『求めていたものと、お呼びでないもの』

第62話『求めていたものと、お呼びでないもの』


「で、でも、別に食費ケチってプレゼント代捻出してるワケじゃなくて、本当に、ただ純粋に感謝したくて・・・あと流石にもうシャワーは毎日浴びてます」


「ママにとっては、アンタが成愛と仲良くして、ママを苛つかせないで、家族4人揃ってご飯を食べるのが一番なんだけど?」


心の堤防が決壊し、頬をつたう。もう駄目だ。それができないから、せめて思いを形に残そうとしたのに。


「こんな高いもの・・・迷惑だから。もう送ってこないで。分かった?」


「・・・・・・はい」


「に・・・」


――迷惑、迷惑・・・。私の贈り物は、迷惑・・・。全部無駄で、余計なことで・・・意味なんてなくて・・・。


ホーム画面に戻ったスマホをそのままに、私は眼鏡を外してランドリーラックからフェイスタオルを掴んだ。


オイルタイプのクレンジングで化粧を落とす。タオルで顔の水分を拭き取っても、目からとめどなく零れ落ちる。私は歯を食いしばり、強引に堰き止めた。化粧水と乳液をつけても、どうせすぐ落ちるのに。頭では分かっていても、肌のつっぱりを不快に思うので仕方なくつける。


――未成年時代は化粧なんてしてなかったから遠慮せず泣けたのに。


「にー」


足元に黒い塊がいた。私はニャルラを見下ろして顔を歪める。私は本当に・・・。


「変わらないのは、愚かなのは・・・私も同じだったよ」


夏の日差しが温めたこの部屋で、私は冷房をつけないまま1人、ビーズクッションの上に体を丸めて座る。


ニャルラが足元をうろついているが、気にかける余裕なんてなかった。


「うぅ・・・うえっ、えっ、うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ・・・」


タオルで顔を覆い――思いっきり泣いた。時に激しくタオル越しに声を出して、時に静かに涙だけを外に出して。心が落ち着くとティッシュで鼻をかみ、涙を拭き取ろうとするとまたあの人の声がリフレインして涙腺が刺激される。


「にー」


ニャルラが私を慰めるように頬ずりしてくるのがまた心に染みて、涙が溢れて止まらない。


――優しくしないで。猫の癖に気遣わないで。こんな、こんな私なんかに。


「同情なんて、っ、しないでよ・・・」


「にー」


――全部、全部全部全部私が悪いんだ。私が今更何したって、あの人は喜ばないし、感謝もされない・・・。そういえば、私・・・。


「一回も、お礼、っズズッ。お、お礼・・・ありがとうって、言われなかった・・・」


「に・・・」


――本当に、迷惑だったんだ。嫌だったんだ。


「う、っううううっ、んぐっ、う・・・・・・」


――別にあの人に感謝されたいから贈ったんじゃない。してほしくはあったけど・・・私の想いは、伝わらないどころか・・・いや、親の立場からすれば、子供に大枚をはたかせたくないよね。分かるよ。私だってもう、大人なんだから。


泣けば泣く程、黒い何かが積もっては溢れ、零れる。


――分かるよ。分かってる。大丈夫。大丈夫なのに・・・どうしてこんなに悲しいの?


「にゃー」


遠くから猫の鳴き声が聞こえる。まるで人間が猫の鳴き声を真似たような。限りなく本物に近づけた、作り物の鳴き声が。


「本物の猫はにゃーって鳴かないんじゃないかな。見た目は猫なのに、まるで君の鳴き声は頑張って猫のフリをしているような声だ・・・ってこれ、前にも言ったような」


黒猫が平机の上に現れ、光る文字が出現する。0.02の滲んだ視界の中でもはっきりと読み取れたそれに、思わず乾いた笑いが零れた。


(にゃん)んでも一つ、願いを(かにゃ)えるにゃー』


「・・・はは。またか。また、なんだね。また君は、私が自分と誰かを酷く憎んでいる時に現れる」


「ー!ー!」


また近くではニャルラが焦った様子で何かを訴えている。この至近距離で、どうして鳴き声が聞こえないんだろう。どうして、ニャルラは私に触れてこないんだ?


「もう、無理なのかな・・・諦めた方がいいのかな。っ、んぐっ、それとも・・・っ、折れるには、まだ早い?」


「にゃー」


黒猫は〇でも×でもない返答をして、私の回答を待つだけだった。私はふらふらと立ち上がって黒猫を見下ろす。涙が顎に溜まってくすぐったい。一粒一粒が集まり、重さに耐えられなくなった雫が玉となってチェアマットに濃い染みを作る。


「私は、どうしたら・・・どうすればいいの。本当は、何がしたいんだろう」


――ピーンポーン・・・。


「え」


玄関のチャイムが鼓膜を刺激し、体を硬直させる。このタイミングは・・・いくらなんでもナシだって。


――ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン・・・。


「うるさ・・・もう最悪」


こんな非常識な鳴らし方をする人物は1人しかいない。私は腕で涙を拭い、扉へと歩いた。


「にー」


この部屋にいるのは私とニャルラだけ。黒猫も文字も、意識を逸らした途端消えてしまった。もうニャルラの声はしっかりと聞こえている。


ドアスコープを覗くと、私が用意していた答えは――残念ながら正解だった。チャイムの音に合わせて、スマホも音を奏でる。考える暇も与えてくれない・・・何て忙しない協奏曲なんだろう。


声を出すのも、ドアを開けるのも億劫だったので、私は黙ってサムターンを左に回した。途端、チャイムが止む。ふらつく足取りでスマホの着信を拒否したところである違和感に気づく。


――私、篠木の連絡先着信拒否にしたままだ。RICHも消しちゃったし・・・。じゃあ、この連絡先はなんだろう。篠木の2台目のスマホから?


――ガチャ。ゆっくりドアが開く。私はすぐにクローゼットから『佐古経営 SIG』とプリントされたジップパーカーを取り出し、フードを被って顔を隠す。ここで初めて、大きめのサイズを選んでよかったと過去の自分に感謝した。


「・・・おい」


肩が小さく跳ねる。私は篠木に背を向けたまま、クローゼットを閉めた。


「何でクーラーつけてねーんだよ。外より暑くね?」


「・・・ごめん」


発言したと同時に鼻水が出る。篠木も私の声で理解したようだった――私が今、泣いているということを。


俯いたままティッシュを引き寄せ、鼻をかむ。ゴミ箱は篠木の足元にあるので、一旦捨てずにテーブルの上に置いた。


「・・・何で泣いてんだよ。何があった?」


「篠木のことじゃないから・・・関係ない。見ての通り、今話せる状況じゃないから。できれば帰ってほしい」


努めて普通に喋ると普段より低い声になった。私がその場で蹲ると、篠木が近寄ってくる気配がする。


「何が原因でこうなってる。俺じゃないんなら・・・誰だ?」


「来ないで。触れないで。お願いだから何もしないで・・・怖いの」


言葉にした途端体が冷え、手に力が入らなくなる。今だけは何もしたくないし、何もされたくない。本当は・・・。


「篠木が、開けないと乗りこんでくると思って・・・文面だって電話だって対話だって、今は出来る状態じゃないのに。簡単な説明じゃ絶対放っておいてくれないでしょ。だからこの状況を見せるのが一番早いと思って開けたの。本当はこんな姿、見せるの滅茶苦茶嫌だったのに・・・!」


「にー」


――ニャルラは、別だけどさ・・・良かったね猫で。


言葉がエネルギーとなり、膝を濡らす。手探りでタオルを探しても、それらしき感触はなかった。すると頭に軽いものが被さる。


「・・・タイミングが悪かったのは謝る」


私は篠木が投げてくれたタオルで涙と鼻水を拭う。目からは涙が、鼻からは透明な鼻水が、それ以外の部位からは汗が――静かに上から下へと流れる。体液と一緒にこの感情を外へ出すには、私はあとどれだけ泣けばいいのだろう。


「いつもいつも私が気を使って・・・私ばっか我慢して・・・相手のことを立てて・・・私の気持ちを、汲み取ろっ、ズズッ、ともしないで・・・っうえっ、自分の、っ言いたいことだけ言って満足して・・・もう、嫌だ・・・嫌だよぉぉ・・・」


泣いて、泣いて、時々体をビクッと震わせて、自分を守るよう更に縮こまって。もはや身体のどこを触っても湿っている状態までなった時、ようやく部屋に冷気が充満していることに気がついた。


――篠木かニャルラがつけてくれたのかな。ニャルラと言えば、トイレベッドとフードボウル片付けてない。それに今日もらった100万円、トートバッグの中にいれたままだ。


今、スチールラックに引っ掛けているはるま作のトートバッグの中に、現金500万円が眠っている。


家主が行動不能な状態の中、彼が勝手に部屋の中を物色するという非常識な行為をしない人間だと信じたいが・・・例によって信用できない。それにこの部屋には秘密が多すぎる。やっぱり何の準備もないまま鍵を開けるのは早計すぎたか。


「――落ち着いたか」


「・・・何で帰ってないの」


タオルとフードで顔を隠したまま片目だけ覗くと、篠木が水置いてるから飲めと言ってテーブルの方を顎でしゃくったように見えた。


「・・・」


極力顔を見られないよう水を飲み、床の上にコップを置く。出来ればもう――1ミリも動きたくなかった。

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