第61話『同じことは連続で来がち』
第61話『同じことは連続で来がち』
今ははるまがいるので思う存分思考を口に出すことが出来る。私は自分に言い聞かせるように、整列した掃除機に向かって己の見解を述べまくった。
「・・・めっちゃ詳しいが。店員さん呼べばええじゃろ。あそこおるで・・・あ、来てくれた」
私のでも発言に限界を迎えたはるまが、店員さんを視線だけで召喚した。その目力便利過ぎない?
店員と値引き交渉をし、購入に至るまでの時間――僅か10分少々。端数は全てポイントで賄えたので、支払いも札を出すだけで楽だった。はるまが私のポイント残高を見て私に耳打ちする。
「何でそんなポイント貯まっとん!」
「あれ、言ってなかったっけ。私この前ここでプロジェクターとチューナー買ったから」
「知らん知らん!ならさっちんの家でテレビ見れるってこと?」
「Nico・Tubeだって、Nile Primeだって観れます」
「行きたい行きたいめっちゃ行きたい・・・!」
「えーどうしよっかなぁ・・・」
――超気持ちイイ・・・!
金にモノを言わせて得た羨望を思う存分浴びて悦に浸る。今日は遅いからまた今度ねとはるまを宥め、私ははるまを改札口まで見送った。
――あーあ。覇弦さんのプレゼントどうしようか・・・。
篠木に香りを覚えられてしまったので、お兄さんに渡すと後々厄介なことになりそうだ。安井の誕生日は2月だし、もういっそのこと本当にお父さんにあげてしまおうか。でも使ってくれるか微妙だ。
――買い直そう。はるまの誕プレで思い出した。今の季節、日焼け止めもあったら使ってくれるんじゃないか?
私は溜息を吐き、階段を降りた。面倒臭いけど、不安の種は植えてはならない。
(=^・・^=)
あれは高校2年、秋の出来事だった。部活の帰り、私は何でもない風を装って、はるまに聞きたかったことを訊ねた。
『はるまはって、嫌いな人いっぱいいるじゃん。私も結構性格悪いけど、何で?』
『どしたん急に。またさっちんのお母さんに暴言吐かれたん』
『・・・・・・・。
『やっぱり。今度は何言われたん』
『それは後で話すから、まずは最初の質問を・・・』
『だってさっちんは、ウチの嫌がることせんが。昔から、そこだけは変わらんよね』
『いや、それは当たり前じゃん』
『ウチの家は駄目って言ったら怒らずにさっちんの家で遊ばせてくれるし』
『文句は言ってるけどね。私だってたまには猫触りたいし』
『他の友達はウチと彼氏の話めっちゃ聞いてくるけど、さっちんはあまり深く聞いてこんが』
『だって話したくなさそうなんだもん。はるま惚気話するの苦手でしょ。嫌じゃなかったら全然話して欲しいけどね』
『ウチが何やってもさっちんは怒らんし、いつも気遣ってくれるし』
『許容範囲内だからだよ。あと私が気遣わない人はいないよ』
『とにかく!さっちんはいくら性格がクズで狡くてゲスでも、一緒にいて楽なんよ。全然ストレス感じない。じゃからさっちんはずっと、ウチの親友なんよ』
『私の方は今絶賛ストレス浴びてるんですけど。でもまぁ、ありがとう』
はるまから聞いた本音で、ようやく私達の関係はそういうものなのかと合点がいった。少女漫画の様な綺麗なものじゃない、メリットだけを掬った関係。私は自分がされて嫌なことはしないだけで、深入りしないのは、私も同じところまで触れられたくないからだ。
相手を心配させたくない。同情されるのも辛くなるだけ。だから私は嘘に本音を混ぜて全てを隠す。それははるまに対しても同じだった。相手を不快な気持ちにさせたくなくて、いつも私が合わせる。場の空気を読んで流されるまま、常に相手を優先するばかりで――『自分』が無い私を、何ではるまは好きなんだろう。とずっと疑問に思っていた。
だからこそ、私は彼女を大切にしなければならない。利点と義務で作られた友情は、他人から見れば紛い物かもしれない。だって高校でクラスが離れても、大学が違っても、私達は何の問題もなくコミュニティを築けているじゃないか。
彼女は、私の全てを見通した気になっている。私がすぐ嘘をついて本当のことを隠すのが上手いと知っているくせに。
はるまには、私が何回も自殺しようとしたが、それらが全て失敗に終わったことは言ってない。篠木には、親との仲が上手くいってないことすら話してない。シーバーには、はるまに言ったものほどキツイエピソードは話してないけど、私が家族のことをどう思っているのかは何となく理解してくれている。
はるまが深く干渉しないよう、私は少しだけ濁りを混ぜて話す。底を明かしたのは、ニャルラだけだ。
――ふー。終わった終わった。
無事返品と交換を済ませ、帰路につく。同じ店で買ったけど、ラッピングと中身は替えたし・・・大丈夫なハズ。
――プレゼントを選ぶのって難しいな。
次は篠木の誕生日が待っている。最近、本当に考えることが多くて困るな。
まだ落ちぬ日を一瞥し、私は折り畳みの日傘を広げた。
(=^・・^=)
その日のうちに、結婚記念日のお祝いを郵送したとお父さんにメールを送った。すると数日後、届いたからまた電話するとメールが来ていた。てっきりお父さんがかけると思っていた私は、完全に油断していたのだ。
「ただいまぁ。おかえ」
「にー」
午後16時51分。私とニャルラは、西日の熱波を十分すぎる程浴びて帰宅した。
――やっぱ日が落ちるまで涼しいSIG部屋にいたら良かったかな・・・でも明日の経営戦略、小テストあるのに教材家に置いてきちゃったし。
持ってきた小説は読んでいる途中で私の好みに合わないと判断し、途中で読むのを止めてしまった。こういうことって偶にあるよね。
今日はあまりよろしくない日だった。通学中、他の自転車と出合い頭事故しかけたり、中国語の授業で当てられたりと、細かな不運が連発した。
「財布も忘れてきたし・・・いや、それはいつものことか」
『〇』
「あっつー。冷房・・・いや、シャワー浴びてからつけるべきか、今つけて私がシャワーを浴びている間部屋を涼しくしておくか。どっちがいいか・・・」
「にー」
いいからさっさと冷房をつけろと言わんばかりの勢いで、ニャルラが尻尾をリモコンに叩きつける。
「分かった分かった今・・・」
――テンテテテン、テッテッテテッテンテン、テンテテテン・・・。
つけるからの言葉は、スマホの着信音によってかき消されてしまう。恐る恐る画面を見ると――息が止まった。
『話が通じない人』
――!!
「にー」
――大丈夫、大丈夫だ・・・。
一気に体温が下がった。ニャルラは不安げに私を見つめてきたので、硬い表情のままぎこちなく頭を撫でる。手の震えを必死に宥め、私は画面を指でスライドして通話を開始した。すぐにスミックマのぬいぐるみを抱きしめる。
「・・・もしもし」
「あ、サチ?ママだけど。掃除機届いたよ」
駆け出しは柔らかい、かつてのあの人の口調だった。久しぶりに怒気がこもっていない声を聞き、私の精神は少しだけ弛緩する。
「・・・ぁ、そう、ですか。あの、結婚記念日の祝いというか、父の日と母の日まとめてというか・・・」
「こんな高いもの買って・・・そういうのしなくていいから。プレゼントの為に食費と生活費切り詰められても、困るのは相手だって分かるでしょ?」
二言目であの人の声に苛立ちが混ざる。もうか・・・もうなのか。
「え・・・切り詰めてるって、何で」
「はるまちゃんのお母さんから聞いた。はるまちゃんに割引シール貼ってるものしか買わないとか、70円以下の菓子パンじゃないと買わないとか自慢げに言ったんだって?あとシャワーは2日にいっぺんとか・・・みっともないから二度としないで」
――はるま?はるまがお母さんに話して、はるまのお母さんがあの人に?自慢げ?私、そんなつもりじゃ・・・。
はるまには私の家族の仲については誰にも公言しないと約束しているので、はるまのお母さんは何も知らない。何故実家から通える距離なのに一人暮らしを始めたのかという問いについて、私が用意した『自立心を高めるために一人暮らしをした』という答えを、はるまのお母さんは今でも素直に信じてくれている。
幸生ちゃんはしっかりもので、親思いの立派な娘だと。
そんなはるまのお母さんがどこかで偶然あの人と鉢合わせて、2人の共通の話題である同い年の娘について話すのは――何もおかしいことじゃない。悪いのは、爪が甘かった私だ。言いたいことはいっぱいあるが、上手く伝えられそうにない。私はやっとのことで了解の意を絞り出した。
「・・・ぅ、あ、はい」
「成愛も、自分の誕生日には何もしなくていいって」
――成愛・・・確か9月の22日だっけ。
「再来月・・・でも、成人祝いくらいは」
「やめなさい。いらないって言ってるの」
――いら、ない・・・。
強めの口調で返され、視界が濁ってゆく。それでも私はギリギリのところで踏み止まり、あの人に説明した。




