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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第55話『沖谷幸生の好物』

視点は幸生→覇弦→三人称→覇弦です。

第55話『沖谷幸生の好物』


エプロンを外してリビングに戻ると、ニャルラが最近購入した小型タブレット端末の前でエジプト座りをしていた。画面には近所にある飲食店の地図が表示されている。もうちょいマシなもん食えってこと?


「にー」


「嫌だよ。この前それ買ったばっかじゃん。学割でも7万したんだよそれ」


電子版の漫画や小説を大きい画面で見たい!という願望から購入を決めた小型タブレット。値段を浮かす為Wi-Cmが入っている場所でしか操作できない仕様のものを選んだけど、これでスマホの容量も浮くし一石二鳥だ。さっきもタブレット端末でレシピサイトを開き、それを見ながら調理した。


――高かったけど、良い買い物をしたな。重宝しそうだ。


「にー」


「だって外暑いし、着替えるの面倒くさいし」


減らない文句を言うと、タブレット端末に出前アプリがインストールされた。しかも3つ。


「特に食べたいものも無いんだよ・・・分かった黒豆乳飲むから!勝手にかつ丼大盛り注文しようとしないで!この間とんかつ食べに行って、2切れで腹破裂しそうになったんだよ!」


タブレット端末を掲げ、ニャルラに猫缶を与える。ご飯に夢中になっているニャルラを見て安堵の息を吐き、全部アンインストールした。



おまけ『甘ったるい』


「――で?幸生と威弦と豆乳に関する話は?」


幸生がトイレに行ったのを確認し、俺はアシカに全て話すよう命じた。


「ウ・・・途中デアノ子ガ帰ッテ来チャッタラドウスルノ」


「ならとっとと話すんだな」


「ハヅルが思ッテルヨウナ話ジャナカッタケドネ・・・」


アシカは嫌そうな声で、俺の前に3杯目のシングルモルトウイスキーを置いた。



(=^・・^=)

月冴ゆる午後7時、幸生はコンビニで週刊少年漫画雑誌『ジャンデー』を立ち読みしていた。他のサラリーマンに混ざって今週話の『TEN PIECE』を一コマ一コマ目に焼き付けるように読んでいると、両肩に大きな手が置かれた。


「――!!」


声が出ない程驚く。振り向くとそこには額に青筋を浮かべた篠木が、口角を上げて幸生を見下ろしていた。


「テメェ・・・買わねー癖にんな所で読んでんじゃねーよ」


「びいっくりしたぁ・・・肩バシッっていったんだけど。痛っ。肩、痛っ」


幸生は渋々ジャンデーを雑誌ラックに戻し、篠木の後に続く。すると彼は退店せずに栄養ドリンクコーナーからエナジードリンク『Red ZONe(レッドゾーン)』を手に取った。


「・・・幸生も何か選べば」


「え、いや。大丈夫」


「あ゙?」


「そうだよね!立ち読みしてそのまま帰るなんて有り得ないよねー!私も何か買おー!」


幸生は篠木の好意を、『立ち読みだけして何も買わず帰ろうとするなんて非常識だ』という威圧と捉え、早歩きで店内を巡り始めた。


――コイツ、俺に奢られる気ねぇのか。倹約家のくせに。


幸生が商品を手にした瞬間取り上げて一緒に会計することを決めた篠木は、紙パック飲料コーナーの前で棒立ちしている彼女の横に並んだ。


「何迷ってんだ」


「いや、プルーン豆乳が無いなって」


「は?」


「プルーン味の豆乳。プルーンって言うのはスモモの一種で・・・」


「んなこと聞いてねぇわ。早く選べ」


「わ、分かった。じゃあ・・・これでいいや」


幸生は黒糖味の豆乳に触れる。その途端、彼女の手から黒豆乳が消えた。


「え?あれ?いや、私が買う・・・」


「・・・外出てろ。言っとくが、俺が買いに行ってる間立ち読みしたら承知しねぇぞ」


「は、はい・・・」


――えっ何かめっちゃ怒ってるんだけど。


篠木から溢れ出る怒りのオーラに委縮した幸生は抗議を飲み込み、大人しく店の外に出た。


――幸生から、微かに煙草の臭いがする。


篠木は右手に持ったRed ZONeを握りしめた。


業務終了後、篠木は窓の外から幸生がビルの外に出たのを見つけ、すぐに荷物をまとめて追いかけた。運悪く見失い、諦めて戻ろうとした矢先、コンビニの外から呑気に立ち読みをしている幸生の姿を見つけた。


それも――他の男と彼女の肩が触れるほどの至近距離でだ。その位置に立ってページをめくる神経が理解できない。篠木の視界は嫉妬で真っ赤に染まった。彼女の隣に立つリーマンの肩を外したい衝動に駆られるが、まずは幸生を救出するのが先だ。篠木は大股で自動ドアをくぐった。


――おっさんに挟まれて立ち読みするってどういう神経してんだ。


「ほら」


「あ、ありがとう」


幸生は申し訳なさそうに受け取る。彼女はいつもそうだ。篠木の優しさを好意だと思っていない。ただの気まぐれ、貸しだという認識である。


「飯行くぞ」


「・・・はい」


幸生は彼にバレないようそっと諦めの溜息を吐く。数百円とはいえ奢られたのには変わらない。ここで先約も無いのに彼の誘いを断って帰宅するという行動は、変に律義なところがある幸生にはできなかった。


彼は自分がそんな心理的駆け引きを無意識で行っていたとは露知らず、Red ZONeのステイオンタブを引いた。


――他の女みたく、俺に甘えろよ。幸生にだったら、別に・・・。


横目で見ると、珍しく幸生と目が合った。彼女はいつも通りの素っ気ない真顔で篠木――が飲もうとしているRed ZONeを見つめていた。


「ん」


篠木は幸生の眼前で缶を軽く横に振った。意図を理解した幸生は両手でRed ZONeを持つ。


「・・・私エナジードリンク飲んだことない」


「試しに飲んでみろよ」


幸生にとって、カクテルと果実酒以外のお酒と、珈琲とエナジードリンクと栄養ドリンクは『大人の飲み物』だった。つまり匂いからして美味しく飲める気がしないのだ。それでも、そんな『大人の飲み物』を何でもないような顔して飲む篠木に憧憬の念を抱いてしまい――幸生はちびっとほんの少しだけ飲んだ。そして、その一口で全てを理解する。


「ううううええええまずいぃぃぃ」


「だろうな」


「そもそも炭酸飲料じゃんこれ。分かってて飲まさないでよ」


「ならなんで飲んだんだよ。俺がステイオンタブ引いたの見てただろ」


「何事も1度はチャレンジしとかないと」


「出た。幸生の初回だけ警戒心のハードルが異常に低いやつ」


幸生は篠木に勧められるままもう一口飲むが、不味さは変わらなかったようだった。当然Red ZONe自体が美味しくない商品ではなく、幸生の味覚に合わないだけである。


「ありがとう・・・これでこの先どんなに疲弊しててもエナジードリンクの類は飲まない方が良いってことが分かった」


幸生はリュックから黒糖乳を出してストローをさし、口内に残る人工的な甘味をまろやかな黒糖の甘さで上書きする。


「ん!これ美味しい!今までプルーン豆乳しか飲まなかったけど、こっちの方が好きかも・・・!」


眼鏡の奥にある瞳を輝かせ、幸生は黒豆乳のパックを見つめた。彼女の『好き』が豆乳に向けられていることが気に食わず、篠木は彼女から紙パックを奪った。


「ん?篠木も飲む?でも大分甘いよそれ。Red ZONeとは違う甘さ」


「・・・いいのかよ」


「うん。私も飲んじゃったし」


以外にもあっさり許可が下りた。彼は一瞬目を見開くが、すぐに余裕たっぷりの表情に戻りニヤッと笑う。


「間接キスになるけど?」


「は?いいよ。篠木が良ければ。私は気にしないから」


――小学生か。その程度で騒ぎ立てるほど異性の耐性は低くない。嫌ならティッシュか何かで拭けばいいしね。


動揺すらしない幸生の態度に、篠木の血が再び沸騰する。


「テメェ・・・他の野郎にもやってんだろ」


「えぇー!シェアくらい男女関係なくするじゃん!」


――めんどくせー!!


幸生が呆れたように息を吐くのも束の間、篠木はストローを噛み、中の液体を一気に吸い上げた。


「えっ?ちょっちょっと飲みすぎ飲みすぎ!」


「あっま」


ようやく幸生の手元に帰って来た紙パックは、吸っても空気に交じった数滴しか残っていなかった。


「あ、あぁ・・・黒豆乳が・・・私の好物で賞を受賞した逸品がぁ・・・」


幸生は自分が潰したストローを口にくわえ、一生懸命吸う様子を見た篠木は、自然と喉を鳴らした。傍から見れば貧乏臭く見られるであろうそれは、壊れてしまった彼にとっては情欲を煽られているようにしか見えなかった。


「・・・いつノミネートしたんだよそれ」


篠木は薄く笑い、飯食った後買ってやると宥め、幸生の腕を引っ張った。しょうがないなーと頬を膨らませる幸生を見下ろして、掴んだ幸生の腕を指で撫でた。


――ほの暗い熱情を瞳に隠して。


(=^・・^=)

「――珍シクイヅルガ酔ッタト思ッタラ、急ニコノ話ヲシダシテ。俺ハ今マデ沖谷サンノコト『イヅルが執着シテルアノ子』ッテ認識ダッタカラ。正直沖谷サンヲ見テルトイタタマレナイ」


弟視点でこの話を聞いた俺は、砂以外のものを口から吐きそうになった。片手で眼鏡を外し、目を押さえる。


「沖谷サンガ馬鹿デ可愛クテエロイッテ話は他ニモウンザリスルホドアルヨ。俺ニハチョット理解出来ナイシドン引キモノだけど」


「もういい・・・聞いた俺が馬鹿だった」


怪訝そうな顔で席に戻る幸生の顔が見れず、俺はトイレに逃げた。

アシカはべろべろに酔った篠木からこの話を聞いているので、篠木視点の『甘ったるい』はこの話に惚気とNGワードを混ぜたものだと思ってください。

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