第53話『予期せぬ出来事に乾杯を』
第53話『予期せぬ出来事に乾杯を』
「バウンティ・ハンターデス」
「えっ」
全く別のカクテルが出てくるとは思わず、アシカさんを凝視する。覇弦さんは横で笑っていた。
「飲ミタカッタノ?」
「え、まぁ・・・」
「妥協シテタヨウニ見エタカラ」
確かに・・・アシカさんが作りやすいものだからって理由で選ぼうとした。
「お前、幸生が豆乳好きなの知ってたのか」
「ウ・・・ソレハ、エット、イヅルガネ。ウン」
「・・・何か面白そうな話隠してるだろ。言えよ」
アシカさんが急に慌てだした。篠木伝で私が豆乳をよく飲むことを聞いたんだろうけど・・・何をそんなに焦っているんだろう。
――電気ケトルに牛乳入れて焦がした話かな・・・豆乳じゃないけど。
「いただきます」
軽く匂いを嗅いで、一口飲む。私は日本酒やウイスキーなど、アルコール臭がキツイお酒は匂いを嗅いだだけで「あ、コレ無理だな飲めない」というのが大体分かる。バウンティ・ハンターを味覚と嗅覚で存分に味わった結果――私は目を輝かせた。
「美味しい・・・!」
――コーヒー牛乳に似た味だけど、深みがあって・・・甘さも私好みだし。バーテンダーって凄い!
「凄い!これなら飲めそうです!度数高そうだけど、何杯でもいける気がします」
「お前が酔ってるところ見たことないな・・・アシカ、もう一杯頼む」
アシカさんは頷いて、先にスモークチキンを出した。今のところオーダーしてないやつばっか持ってくるけど大丈夫なんだろうか。
「人前では酔いませんけどね・・・というか、覇弦さんだってそんなに飲まないじゃないですか」
「ハヅルハ酔ウト色ンナ物買ッテクレルヨ。コレモソウ」
「・・・止めろ。俺は幸生の前では絶対に酔わない」
アシカさんは自分のマスクを指さすと、覇弦さんは耳を赤くしてそっぽを向いた。
「へー。私にも何か買ってくださいよー。えーと目薬とか」
「安ッ」
「・・・そんくらいいつでも買ってやる。つーか、お前貯金だけはある・・・」
そう言いかけて、覇弦さんは苦しげな表情で額を押さえた。私は丁度アシカさんが盛りつけた海鮮サラダを口に詰めこんでいたので、彼に声をかけることが出来ない。
「ん?」
「ドシタノ?」
「いや・・・何でもない。ただ・・・」
「!?」
――わっ!お、重・・・。
覇弦さんは私の肩に頭を乗せてきたので、反射的に身を固くした。アシカさんも表情は分からないが、多分驚いている。
「ちょっと疲れただけ」
「・・・お疲れ様です」
――うおおおお落ちない?大丈夫?
今覇弦さんを支えているのは私の肩のみだ。少しでも動けば彼はバランスを崩して床にダイブすることになるだろう。おまけに彼は右側――つまり私の右肩に肩ズンしているので、箸を持つことが出来ない。
私は栄養補給を中断し、バウンティ・ハンターを飲み干す。うん。最後まで美味しかった。空になったグラスを見つめながら、次のオーダーを考える。
「アシカさん。えっと炭酸と氷が入っていなくて、甘くて飲みやすいカクテルをお願いします」
「エ」
「ふっ、ははっ・・・何だその注文」
覇弦さんが笑うと、右肩が軽くなった。すぐに箸を握って食事を再開する。
「沖谷サン凄イネ」
「だろ。威弦が独り占めするのには惜しい生き物だ」
「?何ですか。私が珍獣って話ですか」
会話の流れが読めずにいると、覇弦さんは笑って私の頭を撫でた。今日はよく笑うな。酔ってる?笑い上戸?
「左で食べればいいだろって話だ」
「ン?沖谷サンハ右利キジャナイノ?」
――やっぱり気づいてたか。
心に影が差す。折角良い気持ちだったのに。アシカさんは己の記憶を辿った上で小首をかしげていた。私は駄目元でとぼけてみせる。
「左・・・?私、左利きじゃないですよ。憧れはしますけど」
「1年以上の付き合いだ。お前みたいなクソガキが、俺の目を誤魔化せるなんて思っちゃいねぇよなァ・・・?」
凛とした態度を崩さずに真顔で答えると、彼は頬杖をつき上目使いで笑った。目は笑ってないけど。
「沖谷サン・・・」
「分かってますよ。でも別にいいじゃないですか。箸は元々右手でも左手でも使えるんです」
アシカさんが諦めろという風にこちらを見るので、つと視線を逸らす。この兄弟は隠し事があると分かれば何としてでも暴くタイプだ。よくいるよね。相手に話しかけて、「やっぱ何でもない」って答えた後、「何?教えてよ。言って!吐けや」って向こうが答えるまで詰め寄る人。
――私は「ならいいや」って答えるタイプだけど。
それは多分、相手にそこまでの興味を持っていないからだ。それでも私は嫌われたくないから――嘘に本音を混ぜて過剰に良い顔をするのを止められない。私にとってメリットのある人間だと判断した相手限定ではあるけれど。
「両利きか。でもほぼ左利きだろ。何で俺の前では右利きのフリをする」
「覇弦さんの前だけじゃないです。これは、癖みたいなもので。正直、覇弦さんとこんなに長い付き合いになるとは思っていなくて・・・今更言い出せず、ズルズルと・・・」
「だろうと思った」
「それに、見てて不快に思う人は一定数いるから、外では右利きでいた方がいいって教えられてきたもので」
不浄の手、身体障害、悪魔の利き手。普通じゃない。行儀が悪い。見てて気持ち悪い・・・。
幼少期から箸とペンの矯正レッスンを毎日泣きながら受けてきた。
――『あぁもう・・・何でアンタだけ左利き?パパもママも成愛も親戚も皆右利きなのに。ママの子じゃないって思われたらどうするの!アンタだってお友達に虐められたら嫌でしょ?分かったら箸を持って!』
それでもあれだけ泣いて会得した右利きは、小学校に入学した途端忘れてしまった。そのことが判明した時、あの人に初めて平手打ちされた痛みも、恐怖も、悲しみも、力の入らない手で再教育を施された記憶も――未だに私の心を抉っている。
「老害・・・おっと、この場合お前の親か。そんな古い考え方を真に受けなくていい。もうバレたんだから、俺の前ではやりやすい方でいけ」
「・・・ありがとうございます」
――覇弦さんとアシカさんにはバレちゃったし、2人の前では左利きでいくか。
「俺モ気ニシナイヨ。カッコイイジャン」
「そうでもないですけどね・・・わ、凄い。シェイカーを使わないカクテルもあるんですね」
これ以上この話で盛り上がりたくなかったので、私はアシカさんに興味を向けた。
「ソウダヨ」
アシカさんが滑らかな手捌きで材料をシェイカーに入れ、素早くシェイクする。
「ココニ来テクレタカラニハ」
スッ。と紫色のカクテルが出てきた。
「『コウイウノガ飲ミタカッタ』ッテ思ッテホシインダ」
「アシカさん・・・」
――そのマスク視界狭そうなのに凄いな。
「パープル・マスクデス」
「あ、ありがとうございます」
なんて零しそうなグラスなんだ。と思いながら手を伸ばすと、覇弦さんに「零すなよ」と心を読まれる。
「覇弦さんがガン見しなきゃ零しませんけど」
「どうした?惚れたか」
「エ」
アシカさんがスモークチーズを乗せたお皿を持ったまま固まる。やっぱこの人顔隠れてるのに分かりやすいな。
「確かに、カクテル作ってる時のアシカさんはカッコよかったです!裏声じゃなかったら最高・・・あ」
ヤバ口に出しちゃった。私もお酒の影響で口が回りやすくなっているみたいだ。まだ二杯しか飲んでないのに。
「・・・ソッチ?」
「・・・っ」
覇弦さんは手で口を隠して震えていた。私はすぐに謝罪と言い訳を並べる。
「ごっ、ごめんなさい口が滑りました。いや最初から気になってたんです。何で地声で話さないんだろうって。確かに裏声で話す方がアシカみありますけど」アシカみって何だ。
「はっ・・・まさかその声が地声だったんですか?」
「・・・っ!」
覇弦さんめっちゃ笑うじゃん。
「違ウヨ。コレ被ッテル時ハコノ声デ喋ルヨウニシテルノ。デナイト皆俺ヲ怖ガッチャウカラ」
「そうでしたか。ならアシカさんの出身が外国ってワケじゃなかったんですね」
「生マレモ育チモ日本ダヨ」
「はー。は・・・あまり笑わせるな」
覇弦さんがツボに入ってる隙にパープル・マスクを飲む。カカオの香りとグレープフルーツの味が口いっぱいに広がった。
「わ、これも美味しい・・・チョコの味がするのにくどくない」
「良カッタ」
アシカさんは他のお客さんに呼ばれて行ってしまった。ここ・・・そんなに人がいないっていうのもいいな。お店には悪いけど。
「アシカさんは、マスクを被っていない時はただの筋肉マンなんですか?」
「いや・・・まぁ、お前が知ることじゃない」
――アシカさんは篠木の友達なんだよね。ならつるんでるメンバーの中にアシカさんがいるってこと・・・?
「そうですか」
顔を隠して声を変えているのは、平穏な日常生活を送るため?格闘家並みに体格が良く――篠木と同じで暴力に慣れているアシカさん。それに、覇弦さんの言い方にも含みがあった。きっとあのマスクの下には・・・少数派の何かが隠されているのだろう。
幸生「お酒飲みながら電子タバコ吸わないんですか?」
覇弦「それはしない。俺が飲む酒と相性が悪いのか・・・するなら別々の方がいい」(ビールぐびっ)
幸生「へー。人によって合う合わないがあるんですね。私はそういうの無いかもです。煙草吸ったことないですけど」(カルーア豆乳ぐびっ。からの若鶏の唐揚げがぶっ)
覇弦「お前と一緒にすんじゃねぇ」(異常者を見る目)




