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100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


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 第52話『モテるって大変ですね』

第52話『モテるって大変ですね』


覇弦さんは空になった烏龍茶をテーブルの端に置いた。私のお酒はまだ8割程残っている。ご飯に夢中になりすぎて全然吞めてない・・・。


「久しぶりに行きたい店があるんだ」


「はぁ。何屋さんですか?」


「それは秘密」


――道理でいつもより注文数が少ないと思った。それに個室に入ってすぐジャケットを脱がないのも、あれ?偽物?って思ってたんだよね。


覇弦さんは篠木そっくりの悪い笑みをするばかりで、大事なことは何も話してくれない。


「2件目・・・私オールは」


「分かってる。俺だって無理だ」


――この流れは初めてだ。一体どこに連れていかれるんだろう。


私がトイレに行っている隙にチェックしないようくぎを刺したお陰で、覇弦さんはあっさり奢られてくれた。予想より少額で済んでしまったことに歯噛みする。


――この店は私持ちだから、わざとセーブしたんだ・・・。これじゃお礼した感ない・・・・。


失敗したな。と私は軽くへこむ。覇弦さんには後日、何か・・・何にしよう。喜びそうなものを調べて贈ろう。


「あの」


「っはいっ!」


考え事をしている中、会計をした店員さんに急に話しかけられ声が裏返る。それがいつも話しかけてこない――見知った女性店員さんであれば尚更だ。


「・・・またお越しください」


「あ、はい。ご馳走さまでした」


私は咄嗟に横を見る。ガラス扉の向こうでは、覇弦さんが壁に寄りかかって電子タバコを吸っていた。


「お連れの方にもそう伝えてくれませんか」


「えーと、そうですね・・・」


――やっぱりさっきの話聞いてたんだな。


覇弦さんはモテる。私と一緒にいても、すれ違う女性は覇弦さんに恋に落ちたような目を向けるし、何ならさりげなく後をつけてくる人もいた。私が席を外した隙に、彼が知らない女性にアプローチされている現場やガチ告白されている現場も何十回と見てきた。この店の前に通っていた居酒屋では覇弦さんの接客兼を巡り、女性店員の間で熾烈な争いが繰り広げられていたとかいないとか。そして私に毒牙かかかる前に、別のお店へと移る・・・この流れはこれで4回目である。


このお姉さんが覇弦さんに気があるということは薄々感づいていた。当然覇弦さん本人も察していて、釘を刺すなりなんなりして私に迷惑をかけないよう取り計らってくれたんだと思う・・・多分。


覇弦さんはいつも、私に何も言わないし見せない。この人が裏で何をしていて、どんな思いで動いているのかも分からないし、正直大して興味がない。


「・・・伝えてはみます」


「お願いします」


――このお姉さんが私に敵意を抱いていないのはきっと、覇弦さんのお陰・・・。


特定の女性と付き合うのも、付き合わないのも覇弦さんの自由だ。私がしゃしゃり出ることなんてしちゃいけない。


お姉さんは私が最後の頼みの綱であるかのように接してきた。しかし、次の瞬間憎悪に満ちた眼差しで私――の横にある出口を睨む。


「!?」


驚いて一歩後ろに下がるが、すぐに私を見ていないことに気づいた。


「――私達、友達にドタキャンされちゃって・・・1人分空いてるんですよね」


「お兄さん一緒に吞みませんか?スーツも暑そうだしー。早く脱いで涼んだ方が絶対イイですよ!」


「お誘いは大変嬉しいのですが・・・生憎食後でして」


「ならお話だけでも!」


――Oh・・・。


唇が引きつってしまうのを隠さずに、お姉さんと覇弦さんを交互に見る。


「あ、ありがとうございました」


私は気まずそうに礼を述べ、店を出る。覇弦さんの救出役に買って出るのも大部慣れてきた。今回は少しタイミングが遅かったけど。


「・・・すみませんでした」


「・・・あの店員と何を話した」


「別に・・・また来て欲しいとだけ。本当に、それだけでした」


本当の部分を強調して言う。彼女のような健気さは貴重ではないだろうか。嫉妬も全然するタイプっていうのはさっき見て分かったけど。


覇弦さんは小さく息を吐き、そうか。とだけ答えた。


(=^・・^=)

この展開は想定してなかった私は過剰に狼狽えてしまう。


――ここって・・・。


2件目はここから少し歩いたところにあるBar『Ermite(エーミット)』だった。スポーツバーでもシーシャバーでもない。普通のBar。


「・・・・・・・・・・・・」


思わずガシッと覇弦さんの腕を掴む。


「ふ。すげー顔」


「――!!」


そのまま引きずられるようにしてカウンター席に座らされた。リュックを下に置いてある籠に置き、キョロキョロと周りを見渡す。ドラマで見るような内装にバーテンダー。椅子から他のお客さんに至るまでお洒落じゃないところが見当たらない。きっとトイレもお洒落だ絶対。


「・・・っ。クク・・・」


「何笑ってんですか」


「はーーーやっぱお前面白いわ」


「いらっしゃいませ」


覇弦さんをジト目で見ていたら、白シャツにグレーのジレベスト、グレーの蝶ネクタイを身につけたおじいちゃんが声をかけてきた。あれ、この恰好って・・・・。


「コイツが店長な」


「え!?あ・・・あぁ!」あのアシカ店長か!!


「先日はお見苦しいところを・・・店長の九岡(くおか)と申します」


「いえいえこちらこそ・・・ありがとうございました。沖谷と申します」


互いに平身低頭の構えを崩さずにいると、覇弦さんが小馬鹿にしたように笑う。


「見ての通り、カクテルが作れないのに店長をやっている風変りなジジィだ」


――おーーい!


「っ・・・うぅ・・・コイツって・・・奇妙って・・・」


「何席について数秒で店長泣かせてるんですか!」


白いお髭を贅沢に生やした九岡店長は、しわくちゃの手で顔を覆った。ホラ泣いちゃったじゃん!


店長は涙声でどうぞごゆっくりと一礼し、杖をついて店の裏へと行ってしまった。か、可哀想・・・。


「いつものことだ。店に出てもすぐ泣くから滅多に姿を見せない」


何で接客業やってんだ。


「さいですか・・・でも、マスターに相応しい貫禄を感じた気がしましたよ」


――Barの店長というよりは、道化師っぽい顔だったな・・・赤い鼻とか似合いそう。


表ではお世辞を言っておく。覇弦さんが言うに、店長の基本スタイルであるグレーのエルフニット帽は禿げ隠しで、グレーのカーディガンは寒いからだそう。灰色が好きなのかな。


「あの・・・ここってメニューあるんですか」


既に私の興味は店長からBarへと移っていた。


――それにタッチパネルがない。ピンポンもない。なんて恐ろしい店なんだろう。陰キャには辛いぞ。絶対一人じゃいけないな。


「ん?聞いてみればいいだろ・・・今日アイリスさんいないな」


「アシカさんもここで働いてるんですよね」


「そうだな。今日出勤かどうかは知らないが」


ぼーっとバックバーを眺めていると、誰かがメニュー表のようなものを置いてくれた。


「あ、すみませ・・・ひょっ!?」


「イラッシャイ。来テタノ」


すぐに気づいて振り返ると、背後にでかいアシカが立っていた。噂をすればご本人の登場である。


「あははははははは!」


横で覇弦さんの笑い声が聞こえる。この人絶対私がこういう反応取るって分かってて黙ってたな。全然気づかなかった私も私だけど。


「気づいてたんなら言ってくださいよ・・・こんばんはアシカさん。その節はお世話になりました」


「気ニシナイデ」


アシカさんは琥珀色の液体をコースターの上に置いた。あれ!?覇弦さん何も頼んでなかったよね!?いつの間に!?


「・・・お前も何か頼めば」


「え゛」


「何デモ作ルヨ」


「えーとえーと。覇弦さんが飲んでいるのは・・・ウイスキーですか?」


「あぁ」


「キープスルンナラモット来テヨ」


「せーな。忙しかったんだよ」


ボトルキープしてるんだ・・・Bar上級者すぎ。


――っていけない!二人が談笑している間にどれ飲むか決めないと・・・。


必死にメニューに書かれてある横文字を最初から最後まで読むが、いつも飲んでいるカクテルはおろか、知っているお酒が全くない。知っていても飲めないお酒ばかりとも言える。


――どどどどうしよう・・・そうだ。前にアシカさんが言ってた・・・!


候補を絞り、会話が途切れたタイミングを見計らって顔を上げた。


「決マッタ?」


「あ・・・その、この前アシカさんが言ってたマリン・デライト?をお願いします」


「カシコマリマシタ」


バーテンダーのユニフォームに身を包んだアシカさんは、無言でカクテルを作り始めた。


「あともう一人、女性のバーテンダーがいるんだが・・・」


「アイリスさんって人ですか。外国の方?」


「多分な。出身国は不明だが・・・彼女も奇特で面白い」


「良い意味で。ですよね?」


「勿論」


――おぉ。覇弦さんが女性を褒めるなんて。


内心はしゃぐ。でもからかったら駄目だ。倍返しされる。


アシカさんは慣れた手つきで液体を注いでスイスイっとステアして、あっという間に――


「これが、マリン・デライト・・・?」


「違うだろ」


――乳白色に濁ったカクテルができた。マリンの部分はどこ行った?

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